第158話




 今日は晴天。お洗濯日和で、お散歩日和。


「ミヒェル! ユーリウス少年! 見て見て! ディルクさんの村の入口ってアレかな?」


 ユーリウス少年に結ってもらった二本の三つ編みをプランプランと揺らし、首から垂れる黄金の鎖をジャラリと鳴らして、私は舗装がされていない道の両脇に立っている背の高めな二本の木を指さした。

 今、私達御一行はヴィルフリートさんの指揮の下、ディルクさんの故郷の村を目指して移動している。

 そんなヴィルフリートさんもディルクさんもラードルフさんもホルガーさんも、また彼らの配下の騎士さん達もエインズワースさんも、なんとロマンスグレー執事のヘロルドさんもが馬に騎乗しての移動だ。

 じゃあ、私はというと、私はミヒェルの家が所有している荷物運搬用の幌馬車に乗っていた。

 御者は持ち主のミヒェル。同乗者はユーリウス少年一人。それとパピヨンのジャムが数ケース。陛下とお城の皆へのお土産だ。

 ウオちゃんは幌馬車には乗らなかった。ディルクさんの頭上かホルガーさんの馬の頭上が気に入っているらしく、大抵はどちらかに居る。

 幌馬車は騎士さん達にガッチリ囲まれていた。前方に騎乗した騎士さん達の行列。両側面にも騎士さん達の列が。後方にも長い騎士さん達の行列と彼らの荷物運搬用馬車が多数。どんなに目を凝らしても、最後尾は幌馬車からは見えなかった。

 私は村の入口だと思われる景色をもっと見ようと、荷台からミヒェルの居る御者台へ移動する事にした。

 ちなみに私は村人女子仕様の恰好をしている為にスカートが長い。つまり邪魔で、私は高校の制服のスカート丈くらいまで捲り上げた。太腿の半ばちょい上くらいだ。

 すると直ぐさま私の捲り上げたスカートを重力に逆らわずに下ろそうとする両手が現れる。

 ユーリウス少年だ。


「珍獣様っ、トリエスの習慣では其処まで足を曝け出すのは有り得ません!」

「だって邪魔じゃん」

「そうであってもです!」

「それにさぁ、両足に包帯巻いてるし、別に素足じゃなくない? 大丈夫大丈夫!」

「大丈夫ではありません! そういう問題でもありません! とにかく下ろして下さい! 御者台に行きたいのでしたら、私がお運びしますから!」

「えー…じゃあ、男装がいいなぁ」

「それも駄目です!」


 そんな遣り取りをユーリウス少年としていると、御者台に居るミヒェルに「そろそろ村に入るから二人とも荷台に居たままでいて」と言われてしまった。








 村の入口付近に到着すると、私達三人は暫く幌馬車から降りる事を許されなかった。

 私的には早く馬車から降りて、長閑で自然溢れる村の新鮮な空気を思いっきり吸いたかったのだけれど、なんでも私達御一行が大所帯過ぎて全員が村に入る事が出来ないのだとか。

 なので、ディルクさんが大半の軍の人達が待機できる村の外の区域をラードルフさんに教えていた。

 ラードルフさんが村外待機組を一手に引き受け、暫しの離脱をするらしい。

 ちなみに村の滞在は珍味を食べる時間のみで、食べたら此処には泊まらずに先へ進むとのことだ。ディルクさん曰く、パピヨンの村よりも小規模過ぎる此の村には、大所帯の軍は迷惑でしかないらしい。

 結局、村に入るメンバーは案内役のディルクさん、私、ミヒェル、ユーリウス少年、ヴィルフリートさん、ホルガーさん、ヘロルドさんにウオちゃんで、後は数人の騎士さん達が警備の為に村内を等間隔に立つのだとか。

 私は生パピヨンを食べた事が無いと言っていたエインズワースさんにも声を掛けたのだけれど、「両生類はご遠慮致します」と首を振られた。

 そんなこんながあって、ようやく村に入る事が出来たのは、私の体内時計で一時間近くが経過してからだった。

 村に入って私がまずした事は当然思いっきりの深呼吸だ。


「空気が美味しい! 葉っぱの匂いがする!」

「田舎ですからね。草以外に何も無いですよ、本当に」


 ジャラリと手に数回巻いて持つ黄金の鎖を鳴らしながら、頭上にウオちゃんを乗せたディルクさんは色々と諦めたような様子で言った。

 今の私はディルクさんの左腕にお尻を支えられるような形で抱っこされている。

 自分で歩けますよ、と言ったのだけれど、捻挫も擦り傷も気になるし、城に着くまでは少しも目を離さない事に決めましたと言われた。

 山で遭難したせいで、私はディルクさんの信用を一気に無くしたらしい。ヴィルフリートさんに付けられた黄金の鎖も、お願いしてもディルクさんは外してくれなかった。

 皆で村に入ってまず思ったのが、ミヒェルのパピヨンの村とは違うなという事だった。

 お店が一店舗しかなかった。日本でいう田舎のお婆ちゃんがのんびりと営業しているこじんまりとした何でも屋さんの小さな小さなお店だ。

 覗いてみるか、とホルガーさんが言ってくれたのでお店に入ってみると、生活必需品のような物が少し、服が少し、食料品が少し、医薬品のような物が極少量あるだけだった。

 とはいえ他にお客さんが居ないのに、店に入って何も買わないのは何だか気が引けた私は、店の端に陳列してあった素朴で可愛らしい感じのドングリみたいな木の実のブレスレットを見つける。

 でも見つけたはいいけれど、そういえばお金を持っていなかったなと思いながらブレスレットを見つめていると、ヴィルフリートさんが気づいてくれた。


「気になるのでしたら買って差し上げますよ」

「いいんですか?」

「ええ。店ごと購入しても私の懐は全く痛みませんから遠慮は要りません」

「おおぅ、じゃあ、お店は要らないんですけど、あの木の実のやつが欲しいです。ありがとうございます」


 ディルクさんに抱っこ状態の私は商品のどんぐりブレスレットが取れないので、ヴィルフリートさんが其れを手に取り、私の腕に通してくれた。


「店主、これを一つ貰おう、代金だ」


 そう言って、特に値段も聞かずにヴィルフリートさんがご年配な女性にお金を手渡す。

 手渡したお金は金貨十枚だ。

 え、どんぐりブレスレット、そんなにするの?! 日本価格で三百円しないくらいだと思ってた! 百均に売っていても違和感が全く無い仕様の商品なのに! と私がトリエスの物価に驚愕していると、私とヴィルフリートさん以外の全員が溜息をついた。

 店主のご年配な女性は金貨を手にしながら固まっている。


「おいおい」

 とホルガーさん。


「いい加減に程度を知れよ、ヴィルフリート」

 とディルクさん。


「店主、この干物は幾らですかな?」

 とはヘロルドさんで、


「こういう事は逆にご迷惑なのでは」

 と眉を下げながら言うのはユーリウス少年。


「この店に釣りが用意出来るとは思えませんが。僕が代わりに出しましょうか?」

 とミヒェルが言うのに、ヴィルフリートさんが片眉を上げた。


「釣りは求めていないよ。珍獣様がご来店されたんだ。その記念にね。まあ、店主の老後の足しにでもして欲しい」


 何やら腹の底で悪だくみをしていそうな微笑みを見せて、ヴィルフリートさんは店の壁に吊るされていた干物を手に取り、ヘロルドさんに手渡した。








 何もないと言っていたディルクさんの村は、本当に何もなかった。

 良く言えば自然豊かで長閑な景色の中に、ポツリポツリと小さく古めかしい家が建っている感じだ。

 パッと見た感じでは、村の人達が何で生計を経てているのか私には分からない。

 店を出て、両生類が生息しているというディルクさんの実家裏の洞窟を目指して、私達はのんびりと歩いていた。

 ディルクさんが「もう少しで俺の家です」と教えてくれた時だ。

 少し離れた所から此方に向かって手を振りながら走り寄ってくる人が居た。

 その人物を目にして、私も声を上げて手を振り返す。


「フリッツさんだ!」

「珍獣様、御無事で!」


 そう言いながら私達の許にやってきたのは、お菓子作りで陛下のお城で火災を起こした時にお世話になった、厨房の料理人でディルクさんの同郷のフリッツさんだ。

 ウオちゃんにタレを付けて焼いた人でもある。

 ディルクさんの頭上に居るウオちゃんが「きゅっ!(アイツ!)」と鳴いた。

 同郷のお友達同士のディルクさんとフリッツさんが話し出した。


「フリッツ、帰ってきていたのか。城の仕事は?」

「辞めてないよ。一番下の妹の結婚式があったから休暇を取って帰省しただけ。やっぱり田舎の結婚は早いよ。妹に王都に来るよう声を掛けていたんだけどね」

「妹さん、おめでとう」

「ありがとう」

「王都に戻ったら、何か祝いの品をお前経由で送るよ」

「いいのか? 遠慮なく貰っちゃうよ、俺」

「ああ、貰ってくれ。ところで、かなり久しぶりに村に来たが、前よりも随分と閑散としているな」

「過疎ってるんだよ。この村はもう殆ど年寄りしか居ない。若いのは隣町か王都を目指して出ていってるからさ」


 だから王都に来いと言っていたんだけどな、とフリッツさんは続けて、ディルクさんの後ろに居るヴィルフリートさん達に会釈をした。


「それよりディルクは何で此処に?」

「あー…村の珍味を珍獣様達と食べに帰城する途中で寄った」

「そっか。じゃあ、王城料理人である俺が村の珍味を皆様にご提供するよ。開発した秘伝のタレを持ってくるから洞窟で待っててくれ」

「助かる。ありがとう」

「ディルク、親父さんには会っていくんだろう?」

「どうかな」

「親父さん、相変わらずだが、お前の立派になった姿は見せてやれ。じゃ、また後で!」


 片腕を上げながら爽やかにそう言って、フリッツさんは小走りで去っていった。








 ディルクさんの実家が見えてきた。

 両生類が生息しているのは其の家の裏の洞窟らしい。

 ディルクさんの実家は、一言で言うなら荒んでいた。

 家は村の他の家と一緒で小さく古い木造で、でも他の家と違うのは、経年劣化への修繕を全くしていないというのが一目で分かるのと、周囲に雑草が生い茂っている点だ。

 そんな彼の生家の玄関扉の脇に今にも壊れそうな小さなテーブルと薄汚れた椅子が置いてあって、そこで一人の中年男性がだらしない姿勢で何かを飲んでいた。

 その男の人の髪はボサボサで、髭は伸び放題という訳ではなかったけれど不精髭を生やしている。

 足を止めずに歩きながらだけれどディルクさんが其の男の人を横目で見ていた。

 私も見ていたし、ヴィルフリートさんを始めとした皆も見ている。

 ディルクさんのお父さんなんだろうなと思われる男の人は、人が家の前を通ったのに気づいたのだろう。

 チラリと此方に視線を向けたけれど、それだけで、自分の息子のディルクさんに気づいた様子は見られなかった。

 それに私は悲しくなってしまう。でもだからっといって私には何も口出しは出来ない。

 ディルクさんの家の前を通りすぎ、裏へまわろうとした時だった。

 ヴィルフリートさんが口を開いた。


「珍獣様、所用を思い出しましたので、私は此処で一旦失礼致します。珍獣様は皆さんと珍味の両生類を味わってきて下さい」


 ニコリと微笑んで、そんな離脱宣言をしたヴィルフリートさんは進行方向を突然変えた。

 早歩きな速度でディルクさんの実家へと彼は向かっていく。

 そして家の前まで辿り着くと、ディルクさんのお父さんの腕を鷲掴みして引っ張り上げ、お父さんを引きずりながら一緒に家の中へと消えていった。

 それに慌てたのはホルガーさんだ。


「悪い、俺も珍味の食事会は遠慮する。ちょっと腹の調子が」


 取って付けたような言い訳をホルガーさんは口にして、小走りでヴィルフリートさんの後を追う。

 結局、ホルガーさんも家の中に消えて、それを見ていたディルクさんは溜息をついた。


「……行きましょうか」


 二人が消えたけれど、私達は予定通りに珍味の生息する洞窟へと向かった。



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