第116話
■ 前話115で押さえて頂きたい事について ■
・逆ハー構成団・団員番号三番 ユーリウス・ベルクヴァイン(侯爵家の嫡子・珍獣はユーリウス少年と呼んでいる)と、第二騎士団団長 フェリクス・ブランシュ(珍獣曰く、イケオジ路線っぽい中年な男の人)が、トリエス王城ヴィネリンスのとある控室内にある重量感のある円卓の上で性交をしていた。
それを扉の隙間から、上から陛下・ヴィルフリート・ディルク・珍獣の四人で覗き見。
「あのオヤジ、侯爵家の人間に何をやらかしているんだよ。ユーリウスって子、性格がやや控えめだからと宰相預りで鍛えられているだけで、文武両道な嫡子で侯爵の自慢の御子息だろ?」
「ただ互いの趣味嗜好が合致しただけだよ。まあ、私としては、フェリクスはさておき、ベルクヴァイン家の醜聞を握れたのは嬉しい事だね」
と、覗き見をしながら、ディルクとヴィルフリートが会話。
************** 【 116話 】 ************** ************* *************
とてもとても華やかな場。
向こうの世界と似たような楽器を奏でる楽団が演奏をし続けていて。
ひとつひとつはきっと凄く良い匂いなのだろうと思うけれど、それが雑多に混ざり合うと些かウンザリできる香水や化粧品の香りが漂う。
国の威信と国王の権威、その盤石さを誇示する会場は目も眩む程に豪華絢爛で。
大勢いる来場者は皆、己が持てる贅を凝らした装いなのだろう。
何故なら今日のこの場は、大国であるトリエス王国国王陛下の誕生日をお祝いする場だからだ。
カレンダー的な感覚が段々と無くなってきているのだけれど、ポムシュを食べてから数ヶ月は経っていた。
特に代り映えの無い毎日を王城で過ごしていた。
決められた日課をこなし、ディルクさんと散歩して、陛下にちょいちょい怒られて。
お城から出る事は許されず、散歩や日課以外はほぼリーザ達と陛下のお部屋の住人な日々だった。
「珍獣様、此方の料理もなかなか美味しいですよ? 取り分けますか?」
立食形式に並べられている様々な料理から、私の横に居るバルツァーさんがパイ生地に何かが包まれている料理を指し示めす。
彼の黒い髪がサラリと揺れた。
「あ、それも美味しそうですね! 食べてみようかな!」
「では、皿に取りますね」
私の返事に、黒い瞳を持つ目尻を下げてニコリとほほ笑んだバルツァーさんは、パイ料理を器用に新しいお皿に取ってくれた。
陛下の誕生日は数日に渡り様々なイベントがあるようだった。
どういう流れで、どういう意味で、どういう内容なのか。一応、リーザやディルクさん、時折会うヴィルフリートさん、そして就寝前に陛下が簡単に教えてくれてはいたのだけれど、日本じゃない国のイベントの事なんて頭に入るはずも無く。
けれども、なんとなく大半が堅苦しそうなものばかりだという事は理解できた。
数ある中で唯一私が出席を認められた陛下の誕生日イベント、それが、今現在の立食形式な舞踏会だ。
これならそう悪目立ちもしないだろうから、端の方で料理でも食べていろ、小娘希望のシュイネブーテンは必ず出すよう指示しておく、勿論、食べた分だけ運動はさせる、目標値に達していないのに今回許可を出すのだからな? と陛下に言われつつの参加だ。
シュイネブーテン、そう、念願の向こうの世界でいう高級ローストビーフである!
それを咀嚼し、飲み込んで、その美味しさに感動で一人打ち震えている時に、バルツァーさんに声をかけられた次第だ。
ああ、トリエスのローストビーフ、本気で美味しい!
幸せ過ぎるって、この事だよね!
ちなみに珍獣三号であるウオちゃんの参加は陛下に認められなかった。けれど、ウオちゃん飼育担当グイードさんが、陛下の誕生日イベント期間中はいつも以上に忙しそうだったから、今、ウオちゃんは内緒で私の服の大きめにリメイクしてもらった懐のポケットに潜ませている。
ウオちゃんは寝ているのか、モゾリともせずに静かにしていた。
「珍獣様は今日は踊らないのですか?」
パイ料理の乗ったお皿を此方に差し出したバルツァーさんは、私の服装を見て不思議そうに言った。
渡された料理を私は一口食べて、またもや美味しさに震えた後、彼の疑問に答える。
「踊りませんよ! というか習った事も無いので全く踊れないんですよね」
「そうですか。―――しかし、珍獣様も年頃のお嬢さんです、華やかで美しいドレスをお召しになれば宜しかったのに。貴女が希望すれば、この会場の誰よりも素敵なものが用意されたでしょう。なにも舞踏会にまで男装を続けなくても……」
「あー…私ってば、ドレスは二度と着ない宣言をしているんですよねぇ」
「え? 誰にですか?」
「勿論、陛下に。体形が悪いから似合わないって以前に言われたので」
「…………」
バルツァーさんが額に手を当てた。
そういえば私って、品性下劣の、貧乳、寸胴、ケツデカ、胴長の短足って陛下に言われたんだっけなー。
腹立つ事を思い出しちゃったよ!
本当、最初から陛下は無礼千万失礼無神経男だよね!
そんなムカつく仕様の陛下といえば―――。
「陛下、見事にたくさんの女の人に囲まれていますね。侍らせているとも言うかもですけど」
私の言葉にバルツァーさんは陛下へと視線を向けた。
その先には、色とりどりなドレスに囲まれている、ちっとも楽しそうではない無表情な陛下が居る。
私達が立っている場所からそこそこ離れていて、数段高い位置にある玉座に頬杖をついて座り続けたままの陛下は、その足元や玉座の直ぐ横にフワリとしたドレスを広げ座る多くの女の人達がいた。
その光景はある意味異質で、会場中の人達の注意をかなり引いているようだった。
「国王、独身、美貌、権勢、財力などなど揃っておられますからね、あの方は」
「あー…でも、もう少し愛想良くしたってよくないですか? 折角、綺麗に着飾った女の人たちに囲まれているんだし」
「愛想を良くする必要性が全く有りませんしね。それに幾ら必死だとはいえ、玉座におられる陛下にあそこまで近づく彼女達は非常識極まりない。座り込むなど論外です。摘まみだされ処罰されても文句は言えません」
「そうなんですか?」
「ええ。随分耐えておられると思いますよ?」
バルツァーさんがクスクスといった感じで笑った。
「えー…私には直ぐ怒るのに全く納得がいかないんですけど」
「そこは珍獣様ですからね。まあどちらにせよ、貴女の存在に焦るのは分かりますが、彼女達が根底であの方を恐怖し続けている限りは無理でしょう」
「恐怖?」
「ええ。―――ああ、流石にクリスティーヌ王女はあの中には加わらなかったようですね」
バルツァーさんが私達の対称側に視線を移した。
つられて私も其方を見遣ると、キラキラとした長い銀髪の一部を緩く結い、会場に居る女の人達とは違った系統の美しいドレスを身に纏っている女性が立っている。
彼女はただずっと陛下の方を見つめていた。
「あの人は、えっと、あー…ガルなんとか国の王女様でしたよね? 青薔薇庭園でパピヨンのお菓子を一緒に食べた事があります」
「ガルダトイア神王国ですよ、珍獣様。―――さて、私はそろそろ挨拶まわりのような事をしないといけないのですが、珍獣様は此処にお一人でお過ごしになられるのですか?」
「はい! あ、でも、ディルクさんが私からは分からない所で見ているって言ってました!」
「そうですか。では大丈夫でしょうか」
「大丈夫ですよ! バルツァーさん、法務長官ですもんね! 陛下がバルツァーさんは忙しいって言ってました! お仕事頑張って下さいね!」
「ありがとうございます。なにやら私が懸念している方向に着々と進んでいそうな気配で頭が痛いところですが、己の職務にただ忠実に励みたいと思います。―――では珍獣様、私はこれで失礼致します。今夜を楽しまれますよう」
バルツァーさんはそう言って、私に丁寧な礼をしてくれて離れていった。
という事で私は、美味しい料理を堪能するのを再開する事にする。
念願の高級ローストビーフを食べて、パイ料理も食べたので、次はガッツリお肉料理でいこうかな!
肉、炭水化物、肉、肉、魚、肉、野菜、肉、デザート、肉、肉、デザートの順で是非ともいきたい。
その考えを直ぐさま実現すべく、私は濃厚ソースで煮込まれている柔らかそうなお肉料理に手を伸ばした。
そんな時だ。
お肉へと伸ばした私の手が軽く掴まれ、「俺が取ってやろう」と先程までバルツァーさんが立っていた位置に新たな人物が現れる。
「え? ありがとうございます?」
ちょっぴり驚きつつ疑問符を浮かべながら横を見ると、トリエスの人ではない様相の男の人が此方を見ていた。
神の領域の美貌の持ち主の陛下には負けるけれど、オリエンタルな感じの美形な人で、向こうの世界でいうとインドとか中東あたりの人をミックスした容貌と恰好だ。
宝石がたくさんついたターバンっぽいものを頭に巻き、そこから覗く髪の色は漆黒。
瞳の色は琥珀色なんだろうけれど、角度と光の当たり方で黄金に見えなくもない。
肌の色は褐色で、年齢は私とそう変わらないくらいに見えた。
「其方が、あの冷酷非道なトリエス王を独占し、その寵愛を一身に受けているという女だろう?」
「え」
「その肉を食べたいのだろう? 盛ってやる。皿を此方に渡せ」
そう言って、掴んでいた私の手を離したオリエンタルな彼は、バルツァーさんとは全く違う酷く雑な手つきで大きいままの塊のお肉を皿に載せた。
「食え」
「えっと、はい食べます」
状況がよく分かっていないままだけれど、とりあえずは仕方がないので塊肉にフォークを刺し、齧ってみる。
美味しい!
しっかり煮込まれているから、小分けにカットしなくても、ホロホロと口の中で崩れてくれるお肉料理だった。
しばし夢中になってモクモクと食べていると、そんな私を眺めていたオリエンタルな彼が話し出す。
「美味しそうに食べるな、其方は。見ていて気持ちがいい」
口に入っているお肉をゴクリと私は喉に流した。
「そうですか? というか、このお肉、本当に美味しいですからね、そう見えるのは当然かも。あのあの、ところで一つお聞きしても?」
「許す」
「えっと、貴方はどちら様で?」
「知らぬのか、と言いたいところだが、其方に関しては仕方がないな」
オリエンタルな彼が訳知り顔でニヤリと笑った。
「俺の名はサイード。ダルスアーダの王をやっている」
「だるすあーだ」
「ああ、そうだ。国について簡単に説明すると、トリエスの南東にある国でな。国土こそ広いが生活するには厳しい土地が多い。また、海に面してもいる。トリエスとは間に幾つか国を挟んでいるから、両国間の距離がそれなりにあってな。その事に非常に助かっているのが我が国の現状だな」
「助かっている?」
「ああ」
ダルスアーダ王のサイードさんが何かを含むような様子でニヤリとした笑みを深めた。
「其方が何処まで知っているのかは分からんが、トリエスと国境を接している国々は、なかなかに苦労しているぞ? そして対応を誤ると容易く亡国とされる。サデヴァのように」
そこまで言って、「向こうを見ろ」とダルスアーダ王のサイードさんは顎で私に視線を遣る方向を示した。
「その最たる苦労人が、あそこにいる二人、レネヴィアとラガリネの王だ。来賓王族席で偉そうな態度で澄ましているが、心中は屈辱に震え、腸が煮えくり返っているだろうよ。歴史の浅い国の若造の機嫌なぞ何故取らねばならぬのか、それも若造に合わせてトリエス語を話してまで、とな」
琥珀の瞳をキラリと金色に煌めかせて、ダルスアーダ王のサイードさんが私に視線を戻した。
「そもそも不思議に思わぬか? 王の誕生祝いとはいえ、何人もの他国の王が此の場に集まっている事に」
「えっと、」
なんだかもう彼の話が段々難しくなってきて、私は言葉に詰まった。
異世界の世界情勢まで把握は出来ないよ、私。
地球の世界情勢どころか、住んでいた茨城県の知事の名前さえ知らないのに。
私は小さく溜め息をついた。
いつまで続くのだろう、この話。
「―――まあ、あれらが内心でトリエス王を格下に思うのは、なにも歴史が浅い事だけが理由では無いがな」
そこで一旦話すのを止め、ダルスアーダ王のサイードさんは近くの給仕の人から飲み物を受け取った。
グラスを何回か揺らした後、喉を潤わせている。
空になったそれを、その場に留まっていた給仕に戻すと、再び私に話しかけてきた。
「向こうで熱心にトリエス王を見つめ続けているガルダトイアの王女が居るが、あの王女の国とトリエスは、今は表面上、友好をうたってはいる。が、実情は何かの切っ掛けさえあれば直ぐさま衝突するくらいには仲が悪い」
「難しいお話しは私ってばよく理解出来ないですけど、王女様、陛下の、えっと、トリエスの陛下の事が大好きみたいですよ?」
ダルスアーダ王のサイードさんが鼻で嗤った。
「長くトリエスに居座るのに目的があるのか、それともトリエス王に会い、心を持っていかれたのか」
なんにせよ愚かしい事だ、と言葉を続けて、ダルスアーダ王のサイードさんは直ぐ傍にある料理達の方を見た。
「腹が減った」
「あ、何か食べます? 私もまだまだオナカがペッコペコで! なんだかダルスアーダ王のサイードさんを……あ、えっと」
「サイードで構わん。この場には何人も王がいる故、紛らわしい」
「ではお言葉に甘えて! えとえと、サイードさんを見ているとですね、私ってば、カレーとかケバブっていう料理を思い出しちゃうんですよね!」
「かれー? けばぶ?」
先程の世界情勢の話とは全く違う雰囲気で、サイードさんが不思議そうに首を傾げた。
その様子はなんだか幼く見えて、ちょっぴっとだけ感じていた緊張感が私から消える。
オナカが減ったらしい彼に、私お勧めのトリエス産高級ローストビーフを皿に取ってあげる事にした。
「はい、これ、私的にすんごく美味しいので是非食べてみて下さい! ―――で、カレーなんですけど、カレーはですね、多種類の香辛料を併用して、お肉や野菜、お豆とかの食材に味をつけている料理なんですよ! 香辛料が効いて辛みもあって、種類も豊富で美味しいんです! 私ってば凄く大好き! ケバブは、お肉や野菜や魚を炙り焼きにした料理というか、そんな感じ?」
うまく説明できてるかなぁ、と続けながら私もサイードさんと同じように首を傾げてみると、彼は暫し考えた様子を見せた。
「其方の言うものと同じかは今の説明では何とも言えないが、香辛料を多種類使う料理ならある。むしろ我が国ではよく出される料理だな。炙り焼きにしてもそうだ」
その言葉に私は勿論大興奮してしまう。
「ややややややっ、食べてみたい! ダルスアーダのお料理! あ、でも難しいですよね、遠い国みたいだし」
物凄く残念、と私が諦めると、サイードさんがニヤリとした笑みを再び見せた。
「両国間の距離があろうが、我が国から多種の香辛料と腕の良い料理人を提供する事は全くもって可能だぞ?」
「そうなんですか?」
「問題はない。―――それを望むか?」
黄金に瞳を煌めかせながらサイードさんが目を細める。
そんな彼に私はパチクリと瞬きしながら、己の欲望に忠実な言葉を口にする事にした。
「私ってば望みたいです! すっごくカレーが食べたい!―――あ、でも、こういうのって、国同士の遣り取りになるんですか? サイードさん王様だし。あのあの、だったら陛下に、こういう時のお金とかどうすればいいのか聞かないと!」
「いや、金銭や物は要らない。俺の要求はひとつ。なに、些細な事だ」
サイードさんは此方の身長に合うよう身を屈め、私の耳元に口を寄せた。
「其方にそう多くは期待してはいない。少しでも保険をかけておきたいだけでな? ―――トリエス王に、ただ囁いて欲しい。会話の流れでそれとなく。食事の時、散歩の時、休憩のひと時、閨の時、いつでもいい。ただ、ダルスアーダという国の有用性を」
「有用性?」
「分かりやすく言えば、ダルスアーダはトリエスにとって役に立つと其方の口から言ってくれればいいだけだ」
「あ、それくらいなら、お安い御用ですよ! 私にも出来そうです! え、本当にそれだけでいいんですか?」
「十分だ」
「了解です! 私ってば頑張りますね!」
「交渉成立だな」
フッと私の耳元で笑ったサイードさんが身を起こし、此方に手を差し出した。
どうやら交渉成立の握手をしたいみたいだ。
私は幾つもの指輪や腕輪を纏っているサイードさんの手を握る。
とりあえず数度ブンブンと振って彼の手を離すと、琥珀にも黄金にも見えるサイードさんの瞳が、握手をしていた己の手に向いた。
「其方は下々の者が親しい間柄にするような手の握り方をするのだな」
「え、そうなんですか? まあ、私ってば庶民ですしね。お友達とは、いつもこういう握手かも」
「―――友人、か」
「はい」
特に千夏ちゃんとかとは、ずっとブンブン手を繋いで歩いていたりするしね?
ちょっぴり久しぶりに千夏ちゃんの事を思い出していると、サイードさんが何処か力の抜けた表情を見せた。
「友人というのもいいな」
「そうですね?」
「では、俺と其方は友人関係という事にしよう」
「おおおぅ、宜しくお願い致します?」
「立場上、互いに移動が難しいから、文の遣り取りになるが」
「え、文通っていう事ですか? ややっ、私ってば、多分トリエス語しか書けません!」
前に城下へ陛下と御飯を食べに行った時に、異世界便利翻訳機能が全言語対応万能型じゃなかった事が発覚しているんだよね!
その事に私はどうしようとサイードさんを見つめてみると、彼は問題ないといった様子で肩を僅かに上下させた。
「俺がトリエス語で遣り取りをすればいいだけだ」
「お、あのあの、ありがとうございます? うーん、でも、サイードさんとのお手紙って、何を書けばいいんだろう? ―――ダルスアーダ。……ダルスアーダ、ダルスアーダ、うーん、ダルスアーダ…………あ、思い出した!」
「どうした?」
「ペルシーちゃん! ダルスアーダといえば、ペルシーちゃんじゃないですか!」
私ってば、思い出しちゃったよ!
両目に針を刺されて舌もダラリと垂れ下がって、首も切られて血みどろ猫ちゃんな可哀想すぎるペルシーちゃんの姿を!
後宮方面からの嫌がらせで贈られて、リーザやアニ達の反応にも衝撃を受けたあの時の事だよ!
猫ちゃんの頭を摘んでゴミのように水槽にポチャンと入れたんだよね、妖精が!
あの時の悍ましさと切なさが同時に私の身に襲って、思わずプルリと震えてしまう。
そんな私の様子には気づかないのか、気にならないだけなのか、これまでの雰囲気を一変させて、サイードさんが少年のように目を輝かせた。
「其方、ペルシーの事を知っているのか!」
「はい、知ってます。サイードさん、確か百匹くらい陛下に贈ったんですよね?」
その話をした時、ヴィルフリートさんが噴き出したのも覚えているよ、私ってば。
「贈った。では、それについてのトリエス王の反応なども知っているか?」
「陛下のですか?」
「ああ、トリエス王のだ」
「うーん、あの話をしていた時、陛下、ふざけた話だって言ってました。百匹も贈られたら一体どうすればいいんだ、ダルスアーダ王に一度聞いてみたい的な事を言ってもいたかな? あ、何度考えても嫌がらせではないかという結論にしか辿りつかないとも言ってました!」
突然、サイードさんが噴き出した。
しばし待ってみたけれど、何故か笑いが止まらないみたいで、上品にだけど、ケラケラとした感じで笑い続けている。
目尻に涙も滲み出してくる程に何かにウケているみたいなので、とりあえず私は聞いてみる事にした。
「どうしたんですか?」
「そういうのが聞きたかった! 勿論、嫌がらせだ!」
「え」
「其方と友人になれて良かった! 今後の文の遣り取りを楽しみにしている!」
「えっと、私も楽しみにしています?」
笑い続けていたサイードさんが、それを少し収め、涙の滲んでいた目尻を指で拭う。
そして、楽しそうな様子で玉座に座る陛下の方をチラリと見て、私に視線を戻した。
黄金に見える瞳が物凄くキラキラしている。
「―――トリエス王が此方をさり気ない様子で気にしている。きっと俺と其方が何を話しているのか、だ。ああ、見ているぞ、笑える! 癖になるな! 関係悪化しない程度の腹いせでしかない地味な嫌がらせが!」
国の存続の為に在位の浅い俺が奔走させられているんだ、褒美として地味な嫌がらせくらいしてもよいよな? と続けて、サイードさんは再びケラケラと楽しそうに笑いだした。
まあね? よく分からないけれど、楽しい事は良い事だからね?
でも、それにずっと付き合ってあげる義理は無いと思うので、笑い続ける彼を放置して、私は食事を再開する事にする。
何を食べようかなぁ?
次もお肉にしようと思ったけれど、あそこにある海老っぽいのも美味しそう。
そう思い、様々な料理が並べられている長いテーブルの方を向きながら手を彷徨わせた、そんな時だった。
広い会場の出入口付近が騒めき始めた。
そしてその騒めきが次第に豪華絢爛な会場全体を包み込む。
会場の中心に背を向けている私の背後が段々と騒がしくなってくるのを、ちょっぴり疑問に思いつつも、美味しそうなソースがかかっているプリプリの海老が第一優先の私は、構わず其れに手を伸ばした。
新たな来場者の名前が、係の人によって会場に居る人々に告げられる。
私の横で笑い続けていたサイードさんが、会場後方へと振り向いたのが気配で分かった。
「―――来たのか。これは驚いたな」
美味しいプリプリ海老を咀嚼している私の肩に、彼は意外そうな声と共に手を置いた。
「おい、ガルダトイアの王太子クラウディウスが来たぞ」
「うーん、私ってば特に興味無いです。どうでもいいというか。それより、この海老がプリプリで美味し過ぎて、もう大感動してます!」
「いや、海老こそどうでもよいだろう? トリエスと、それはもう仲が悪いガルダトイアの王太子だぞ? ガルダトイア神王国のこの大陸での立ち位置……は、其方は知らなそうだな。ガルダトイアはこの大陸中の国々から一線を画していてな? その存在が、格が最上位とされている。神代から連綿と続く歴史の最も長い神の国、と」
「ふーん。そうですかぁ。―――あ、あそこの貝も美味しそう!」
サイードさんの溜息が聞こえた。
「しかし、クリスティーヌでこの場は十分であろうに。わざわざ来る理由が分からんな。ガルダトイアの王太子はクラウディウスだが、あれは第二王子でな? 兄王子を押し退けるくらいには力が強いのだろうが、その存在を外に、それもトリエスに寄越すのは―――何を探している?」
「どうしたんですか?」
先程からブツブツと独り言なのか、もしかして私に話しているのかは分からないけれど、訝しそうな声音を出したサイードさんがほんの少しだけ気になって、私は一旦、食べるのを止めた。
お肉も海老も貝も本当に美味しい。
陛下のお部屋にお持ち帰り出来ないかなぁ?
「クラウディウスが此方を見ている。―――其方も見てみろ。あの長い髪の男だ」
クイッとサイードさんに肩を引かれたので、私は仕方なく後ろを振り向いた。
たくさんの人が居る会場の中で、私達の方を見ているであろう長い髪の男の人を言われた通りに探す。
直ぐに見つかった。
陛下とサイードさんの間くらいの年齢かなと思われる二十代の男の人。
髪が長くて、陛下と争えるくらいな超絶美形で。
そんな彼が私と目が合うと、柔らかい微笑みを見せる。
瞬間、悲鳴とも雄叫びともつかない叫び声を私は上げた。
「ぅきゃあぁぁぁぁ!」
もうもうもう大興奮だよ!
興奮で血が一気に体を駆け巡り、全身が震える。
私の渾身の叫び声に、騒めいていた会場の全ての音が消えた。
流れていた楽団による音楽、人々の騒めき、行動音、グラスの音、それら全てだ。
横のサイードさんが驚いたように目を見開いて私を見て、奥まった柱の陰からディルクさんが厳しい表情で姿を現し、玉座に座る陛下が立ち上がる。
そんな一連の光景が私の目の端に映るけれど、今の私には気にする余裕は全く無くて。
だって、だってだってだってだよ⁈
手に持っていた海老と貝が盛られているお皿をサイードさんに押し付けて、私は走り出した。
全力で。
彼の方へ。
人生で初めてというくらいな速さで。
早く。
少しでも早く、あの人の元へ。
彼が腕を広げた。
それに私は遠慮なく飛び込む。
私が突撃した衝撃で、彼の長いサラサラな銀髪がふわりと揺れ舞う。
動脈を切って噴き出した血のような真紅の瞳が優し気に細められる。
「パーシヴァル様っ!」
喜びに震えながら懐に入った私を、彼は両腕で包んで抱きしめてくれる。
『―――やっと、君に逢えた』
言葉は分からなかったけれど、彼はそう言って、私の旋毛にそっと口づけた。
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