花子さんは真夜中のトイレで待っている

国見 紀行

前編

「ねえ、知ってる? うちの学校にある旧校舎の噂」

「もしかして、三階の女子トイレの花子さん?」

「あるある、聞いたことある! でも、花子さんって普通小学校の噂でしょう? ここ高校だよ?」

「ううん、実際に花子さんに会ったことある人いるんだって。部活の先輩の友達がお迎えの儀式をやってみて、上手く行ったから話したことあるって」

「え、結構マジなやつじゃない? 大丈夫だったの?」

「うん。実はよくある『遊びましょ』だと死ぬまで付き合わされるけど、『教えてください』って言って探し物とか悩み事を言うと、解決した時点で帰っていくんだって」

「なにそれチョー有能なやつじゃん!」

「だけど、真夜中の二時に儀式をする必要もあるし、ウソの悩みとかだとそのまま行方不明になるみたいだから、中途半端なことを頼んだりすると危ないって」

「そういえばお迎えの儀式って、確か『一番手前の個室に三回ノック』だっけ」

「うん。で、返事がなかったらそのまま次の個室、で最後の個室で返事があるから『教えてください』って言って続けるの」


「……ふーん」

 私は放課後になったばかりの教室で、クラスメイトの何気ない噂話になんとなく耳を傾けていた。

 いつもならこんな都市伝説なんて、と子供じみた会話なんか気にしなかったけれど、探し物や悩み事を解決してくれる都市伝説にちょっとした親近感を感じたのも事実。

「ねえ、優子ゆうこも会いに行かない? 真夜中の花子さんに」

 不意に話しかけてきたのはさっきまで都市伝説の噂話に夢中になっていた友人の斎藤早織さおりだ。

「えぇ…… いいよ別に怖いし。それに、そこまで信用できないし」

 最近私は別の事で頭がいっぱいでそれどころではない。

「それならまず一緒に行こうよ。私、聞いてもらいたいことがあるんだ」

 早織とその他の友人たちはそれぞれ聞きたいことがあるらしい。既に明後日の夜に集まることが決まっていたようだ。

「……まあ、行くだけならいいよ」

 私は少ない言葉で了承し、片付いた机から立ち上がって学校を後にした。

「あ、今日も行くの? 警察」

 早織は私の帰り支度を察して声をかけてきた。『待って待って』と彼女も帰り支度をして私の隣を歩き出す。

「まだ感じるの? 人の気配」

「うん、ちょっと遠くなったけどまだいるみたい」

 最近私はストーカー被害に遭っている。

 ひと月以上前から学校の帰りに人の気配を感じるようになり、家の周りには家族でない足跡や、所属している陸上部の更衣室が荒らされていることもしばしば発生していた。

 被害届を出そうにも、散らかされた以外は盗まれていたものもせいぜいゴミ箱漁り程度のもので、窃盗事件として扱うには小さすぎると学校側に却下された。警察署でも申し出たが、せめて下着でも盗んでくれていればとまで言われる始末だ。この地域の大人たちは当てにならない。

 とはいえ私個人で言えばストーカーと思われる被害にあっているのは間違いない。最初は『あなたの被害妄想と自意識過剰からくる勘違いでは?』と言われたが、必死の訴えて日々の警察官の巡回を増やすということで話は落ち着いた。

 それでも日々感じる不快な視線は薄くなった程度で一向に無くなる気配がない。そろそろ再度訴えに行こうと思っていたところだ。

 幸いにもこの地域の警察署は高校からほど近い場所にあり、何かあればすぐにでも駆けつけてもらえる場所にある。便利なのは立地だけだが。


「またあなたですか」

 開口一番、受付の警察官に渋い顔をされる。

「視線は減りませんし、人影もときどき確認できます。正式な被害届を受理して下さい」

 最初はもっと下手に出ていたのだが、扱いが雑なうえ私も慣れてきた。こうでもしないといつか私がストーカーに殺されるかもしれない。そもそもストーカーに遭う心当たりもないのだが。

「はいはい。じゃあこの用紙に必要事項を記入して。あと、主要な生活圏をざっと書いて。その辺の警ら強化の申請するから」

 向こうもこちらも慣れたもので、さっと記入し終えてもう一度窓口へと向かうと、見知った顔がこちらに向かってきた。

「お、優子ちゃんじゃないか。まだストーカー被害収まってないの?」

「あ、園田さん。どうも」

 私は届を出しながら軽く会釈する。

 園田さんは近所に住む刑事さんだ。私のストーカー被害を相談したら『被害届を出しておくだけでも違うよ』と勧めてくれた人でもある。

「まだ帰り道に変な視線と言うか、違和感があるんです」

 正直これで改善されるとは思っていないが、自分ができることをしないで被害がひどくなる位ならしておこう、と思ったのも確かだ。自分が危険なことをされている、というアピールにもなる。

「まあ、身内が言うのもなんだがあまりアテにしないほうがいい。一番いいのは君が外に出歩かないことさ。まあ、学生さんにそんなことを言っても仕方ないがね」

 園田さんはくたびれたコートを羽織りながら外へと向かった。開いた自動ドアから流れてくる風は、そろそろ上着を着ないと寒く感じるほどになっていた。

「はいはい。じゃあ一応受理しておくから、明るいうちに帰りなさい」

 受付の警察官は、視線を合わせることなく事務的に押印をした後、奥へと消えていった。

「じゃあ、帰ろっか」

 その日は特に視線を感じることなく、家に着くことができた。

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