路地裏の奏談屋
針音水 るい
track.01
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東京渋谷のとある路地裏。
その一角に例の店はあった。今時珍しいレコードを売る専門店で、看板に筆記体でうっすらと “Phantasm“と書いてある。ヴィンテージ風とでも言うのだろうか。外装をうまく表現するほどの語彙力は僕には無いし、正直そもそも「ヴィンテージ」がなんなのかも理解していないのだが、とにかく僕みたいなしがない高校生が気軽に入れるような場所ではないことだけは分かる。
ただ、このお店がどれだけオシャレであっても、遠い昔に潰れたのであろう小汚いラーメン屋と今にも崩れそうな廃墟ビルに挟まれていては、その魅力は半減どころか全く活かされていない。そもそも、この路地裏自体あまり治安が良さそうには見えない。
今はまだ明るいからいいが、街灯はほとんどなく、まともな灯りになりそうなのは「準備中」の商品だらけの自販機だけだ。通りには何やらいかがわしそうな雰囲気を醸し出している看板がたくさん出てはいるが、どのお店もとうの昔に閉店したようだった。
ということは、実質この路地で店を開いているのはこの”Phantasm“だけ。ほとんど誰も通らないこの路地で、しかもこのサブスク時代に似つかわしくないレコード店がわざわざここで営業していることの異様さは、今その現場に実際に立っている僕にはひしひしと伝わってくる。断言できる。ここは普段だったら滅多に近づかないような、僕には縁のない領域だ。
そもそもあんなことが起こらなければ、僕がこんな所ににわざわざ来ることなんてなかったのだ。本来であれば、今頃パソコンの前で昨日撮った動画の編集でもしていたはずなのに……。
全ての事の発端は、僕の身に降りかかったとある信じられない現象とネットの掲示板にあった一つの書き込みだった。
こんなことを自分で言うのは嫌になるけれど、高校に入学したばかりの僕は初っ端から友達作りに失敗し、誰とも話せない何とも寂しい毎日を送っていた。部活もバイトもやっていないし、これといった趣味もない。ましてや彼女とデートなんて予定が僕にあるわけもなく、ただただ暇を持て余す日々が過ぎていくだけ。そんな毎日に自分自身も飽き飽きしていたんだろう。学校から直帰して寝るかネットサーフィンをするかなんて面白みもないことを繰り返していたせいで、不意に流れてきた「君も動画配信者になって有名になろう!」なんていう安っぽい広告につい心惹かれてしまったのだ。早速その日にスマホに入っていた、ゲームのガチャを回した時の画面録画を動画サイトにアップした。題して「高校生がガチャ回してみた!」。再生回数5回のうち、果たして僕が自分で見たのは何回だっただろうか。覚えていないが、あまり触れないでおきたい。
僕にとっては苦い黒歴史だ……。
ただ幸いなことに、それ以降は僕の唯一の特技である格闘ゲームの実況動画を投稿していくと、いつの間にかそこそこの人数に見てもらえるようになってきた。
「いいね!」とか「上手すぎ!」なんてコメントを見かける度につい顔がにやけた。最近は他の配信者の人との交流も増えてきて、学校ではボッチな僕も、ネットの世界では多くの人と関わっている。それこそ40人程度のクラスなんて比じゃないくらいの人とだ。相手の顔が見えなくても、僕の顔をわざわざ見せなくても、リアル以上に自分の存在感を出せるこの場所が、僕は心底気に入っていた。調子に乗って始めた動画の一日ニ本投稿の反応もよく、僕は今絶賛軌道に乗っている自信がある。でもだからこそ、僕は今陥っているこの何とも不思議な現象にひどく頭を悩ませているのだ。
始まりは音だった。撮影しても自分の声がどうしても録音されなくて、ゲームの実況動画として成立しない。最初は機材が壊れているのかと思って、思い切っていいやつに買い替えたりしたが改善されなかった。
しかもそれだけでは終わらない。さらに奇妙なことに、学校帰りに出会った野良猫をスマホで撮影したら、猫にかかっていたはずの自分の影も、撫でていたはずの手も写真には一切映っていなかった。ただただ猫が一人でに、いや、一匹でに戯れているだけ。それからスマホで自撮りをしてみたり、動画で動いている僕を撮ってみたりと何回も試してみたが、映っているはずの僕はそこにはおらず、撮影に失敗したかのように何もない空間が撮れただけだった。
動画配信者が動画に映れない。致命的で死活問題だ。
「写真 自分 映らない」でネットに検索をかけてみるが写真の撮り方の説明をされるばかりで求めている答えは出てこない。藁にもすがる思いでネットの掲示板に状況を書き込んでみても馬鹿にされるだけだった。せっかくやりたいことが見つかったのに一生このままなのだろうかと途方に暮れていた時、掲示板のコメントに一件だけ気になる投稿があった。
「渋谷の路地裏にある“Phantasm”に相談することをおすすめします」
名無しでUnknownな匿名投稿。怪しみながらも一緒に添付されていたリンクをクリックしてみるとホームページらしきものが表示された。
「古き良きレコード店。掘り出し物置いてます」
至って普通のどこにでもありそうなホームページ。
紹介文の下はいくらスクロールしてもレコードの写真と店までの行き方の地図と聞いたこともない曲名の羅列しかなかった。結局悪戯かと思いサイトを閉じようとしたとき、一番下に小さく書いてある文字に気がついた。
「不思議な症状や現象。相談に乗ります」
拡大しないと分からない。それぐらい小さく隠すように書かれたその単的な文字。だが逆にそれがその言葉の信憑性を上げ、助けてくれるかもしれないという希望が湧いた。だから僕はそれにすぐに食らいついた。
そして気づけば掲示板を見た次の日、つまり今日、半信半疑ではあるが噂のレコード店の目の前まではるばるやって来たのである。
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