第79話 ノリ
放課後。
俺は無人の教室で、念願叶って欲しかったキャラを手に入れてモチベの復活したプリコレのスタミナを消費しながら時間を潰していた。
なんでも、神羅が「大事な話があるから実力テストが終わるまで待っていなさい!」とのこと。
俺は今日こそ遂にテニス部へ行く約束を果たしたいから明日にしてくれと言ったのだが、どうしても今日じゃなきゃ嫌だと駄々をこねられて、不承不承ながら待機する羽目に。
そんなわけで一時間以上も待っている。
そろそろスタミナ消費も尽きてやる事がなくなってきた頃合いなのだが、まだテストは終わらないみたいだ。
スマホを仕舞い、目を休めるためベランダに出て外を眺めることにした。
時刻は十七時半の黄昏時。
空は薄い水色と橙色が混じった綺麗な色合いになっている。
眼下には帰宅すべく広いキャンパスを歩いて校門へ向かう生徒達が見えて、グラウンド方面からはまだ部活動に励む元気な声が聞こえてくる。
ぼんやりと、真澄が判明した日から今に至るまでのことを思い出していると、教室後ろの戸が開いた。やっと戻って来たかと思って悠然と振り返る。
しかし、そこに居たのは神羅ではなく天使だった。
まだ制服姿への違和感が大きい。
「神羅は?」
「六階の補習室で待っています。私は結人さんを呼びに来ました」
「一緒に来てここで話せばいいだろうに」
「ここだと会話が漏れるかもしれませんので。六階には誰も居ませんので安心です」
そう言うのであれば、もう何も反論はしまい。何の話かと不安になるが、どうせ直ぐに分かることだから訊かないことにする。
俺は天使と並んで廊下をエレベーターまで歩いた。
「天使はその口調のままなんだな」
「はい。これで慣れていますし、不便もないので」
「そうか。でも良かったな、神羅と友達に戻れてさ。今日は二人とも休むと思ってたから登校してきたことに驚いたよ」
「神羅ちゃんはそう提案しましたが、私達は高校生ですのでちゃんと学校に行くべきだと説得しました」
「偉い。流石天使。そうやってあいつを真人間に更生してやってくれ」
エレベーター乗り場に着いて、上矢印の呼び出しボタンを押す。
顔を上げてインジケーターに表示される籠の現在位置を見ていると、
「ありがとうございました」
唐突にお礼を言われて、右隣の天使へ顔を向ける。
天使は俺のことは見ずに正面を向いたまま言葉を続けた。
「結人さんには感謝してもしきれません」
「礼なんて……。俺はただ振り回されてただけで、何もしてない。今があるのは神羅が勇気を出したからだし、それに至ったのは天使が全部話してくれたおかげだろ」
言うと、天使は一度俺と目を合わせてから再び顔を逸らした。
「…………あの日、神羅ちゃんに話しかけたこと、後悔していますか?」
「…………やっぱり、天使は覚えていたか」
天使はどこか申し訳なさそうに頷いた。
俺はそんな彼女を見て、偽りのない本心を伝えることにした。
「してないと言えば嘘になる。けど、これで良かったと心から思ってもいるんだ……きっと、真澄もな。あの日二人に出会えたから、今こうしていられる。それを思えば、俺達は本望だよ」
「…………」
物言いたげな天使の視線を感じたが、俺はなんだか恥ずかしくて顔を合わせられなかった。
そこでエレベーターの籠が下りてきてドアが開く。最高のタイミングだ。
二人で乗り込んで、六階のボタンを押し、ドアが閉まる。
その瞬間、天使に膝の裏を蹴られた。膝カックンの要領で体勢が崩され、両膝をつく。
刹那、俺は肘をチョップされて激痛に悶えた過去を思い出した。
あの時と同じ台詞が口から出る。
「お前、いきなり何す――」
いいかけたところで口を塞がれた。
両手で俺の顔を固定した天使に、キスされた。
眼前に瞼を閉じた天使の顔が広がっている。啄むように唇を合わせられたかと思うと、今度は貪るように唇全体を吸われ、口内へ舌を入れて絡ませられる。
「ん……んん……!」
肩を掴んで突き放そうとするが壁に押しつけられた。
天使は鼻息を隠そうともせず、生気を吸い取ろうとするサキュバスのように一心不乱に口内を蹂躙してくる。甘い香りと味で脳が満たされていく。
やがて扉が開く瞬間、天使はリップ音を立てながら顔を離した。
あまりに突然の出来事に、放心して開いた口が塞がらない。
「な……なんで……」
「ノリです。細かいことは気にしないでください。ほら、もう六階ですよ」
満足げな表情の天使に促されて俺はエレベーターの籠から降りた。
頭の中がキスの感触で一杯で何も考えられず、天使に手を引かれるまま補習室の前へと案内される。
「では、私は話が終わるまで近くで待っていますので」
「あ……ああ……」
「続きがしたくなったら言ってくださいね」
「へ!?」
「…………冗談です。本当に結人さんは、勘違いしやすい馬鹿な生き物ですね」
明るい笑顔を咲かせてそう言った天使は、得意の瞬間移動で姿を消した。
その後、俺は何も考えられず暫くその場に立ち尽くした。
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