第32話 放課後

 最後の授業終了を告げるチャイムが鳴り、ホームルームが終わり。かつてなく長く感じる学校生活を経て放課後になった。


 だが、これで一日が終わりではない。

 放課後も含めて満喫してこその高校生だろう。


 帰宅部になって悠々自適に過ごすのも悪くはないが、やはり青春と言えば部活動が最有力候補で欠かせない。

 生徒会にも興味あるしアルバイトを始めたりもしてみたいが、時期的には部活動への所属を考えるのが先決。もし入部するなら人間関係が固まる前にしたいしな。


 となれば、思い立ったが吉日。行動は早いにこしたことはない。

 早速幾つかの部活を見学しに行って、そこで雰囲気が良かったところを体験してみるとしよう。


 そう決めた俺は、隣の神羅に「じゃあまた明日な」と軽く挨拶をしてから、スクールバッグに荷物をまとめていた薫の席へと赴いた。


「薫、今日もテニス部に行くんだろ? 一緒に行ってもいいか?」


 尋ねると、顔を上げた薫はご主人様に散歩と言われた犬のようにパッと表情を輝かせた。


「うん! じゃあ友達になった子と先輩達に紹介してあげるよ! 勿論あくまで体験ってだけで本入部しなくても気まずくならないようにしてあげるから安心して。結人が一人で行っても怖がられて避けられて終わりだもんね!」

「事実でも傷つくだろ……。でも助かる。薫が居てくれて本当に良かった」

「【共感匂知】の私は他人のご機嫌を伺うのが上手いからね。任せてよ」

「自分で言うなよ」


 確かに薫は人間関係の立ち回りが上手だが、ぶっちゃけられても苦笑いするしかない。


 そんな頼もしい友人の存在に感謝しつつ、前のドアから教室を出ようとしたところで、


「待ちなさい、結人!!」


 …………またか。

 なんとなく、こうなるんじゃないかとは思ったけどさ。


 後ろから神羅に呼び止められ、薫と一緒に足を止めて振り返る。

 立ち上がり右手で左腕を抱えた神羅が、どこか慌てた様子で尋ねてきた。


「ど、どこへ行くの?」

「部活だよ。テニス部を体験してみようかと思ってな」

「部活って何?」


 そこからですか……。


「簡単に言えば放課後に好きな事を自主活動する集まりだな。小学校のクラブ活動の真面目版みたいなもんだよ」

「へぇ……」

「にしても、神羅は何にも知らないな」

「よ、余計なお世話よ! 知らないってことを知ってるだけマシでしょ!」

「まさかの無知の知!?」


 驚いたが、こいつが哲学に精通しているわけもないし偶然だろう。どちらかと言うとムチムチの乳だし。


 だが何にでも興味を示すのは良いことだ。


「まぁ要は、皆で同じことに打ち込んで青春を謳歌しようってわけだ。神羅達も一緒にどうだ?」

「……大人数でやるんでしょ? ならお断りよ。言ったじゃない、私は他人が嫌いなの」


 よく言うよ。

 そもそも一人の人間として他人と向き合ったことなんてないくせに。


「それに……結人も、行かないでよ……」

「は?」

「だ、だって……その部活とやらをしてたら、そっちに夢中になるでしょ。そしたら私を愛せなくなるじゃない。だから……放課後もちゃんと私にかまって、私を愛しなさい」


 焦燥感を露わに、理屈を完全に無視した暴論を展開する神羅。

 だが神羅の迫真の様子を見る限り、冗談ではなく真剣に言っているみたいで、それが余計に俺を困惑させた。


「いや……別に、俺が放課後に何をしようが神羅との関係には影響ないだろ」

「で、でも、その子と一緒にやるんでしょ……? なら影響あるかもしれないじゃない」

「なんで? 薫に何の関係があるんだ?」

「そ、それは……だから……」


 言い淀む神羅。

 放課後まで台無しにされるわけにはいかないので、少し強く否定することにした。


「そもそも、もし部活をやらなかったとしても神羅と一緒に居る理由もないしな」

「そ、そんなことないわよ! えっと……そ、そう、勉強! 結人が勉強をしろって言ってきたんだし、放課後は私に勉強を教えなさい!」

「そう言われても、俺には俺の都合があるんだよ。薫とも前から約束を――」

「約束がなによ……!! 私より大事なの!? 他の人と過ごす時間があるなら、私を愛してよ!!」

「…………悪いが、そこまでお前の我が儘に付き合ってやることはできない。俺は神羅と違って他人との関わりを大切にしたいんだ。じゃあな。もう行こうぜ薫」

「ま、待って……!!」


 呼び止める声を無視して踵を返した、その時だった。


「だめ……全員……結人には一切関わらないで!!」


 その神羅の言葉は、命令だった。

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