第12話 自己紹介

「それで、神羅様がどうかしたのかい?」

「だから、あなたも万象神羅という新入生の【可能性】の影響を受けてるんですよ!!」

「神羅様の【可能性】の影響?」

「そうです。操られているんですよ、あなた達は」

「つまり――神羅様がどうかしたのかい?」

「RPGゲームのNPCかよ!! 無限ループさせないでくれ!! 第一、なんで高校の職員が生徒を様づけしてるんだよ!! 普通に考えて絶対おかしいって分かるだろ!?」

「んん……? 何がおかしいんだい? ちょっと何を言っているか分からないなぁ」

「分かれや!! ほら、あんたの薬指、結婚指輪してるじゃん!! 奥さんいるんだろ?? なら、見知らぬ小娘の偽りの愛なんかに騙されないでくれよ!!」

「そりゃ妻のことは誰よりも愛しているさ。でも、神羅様も同じくらい愛しい存在だよ。それで、神羅様がどうかしたのかい?」

「…………もういいです。ありがとうございました」


 俺は大きく息を吸ってから、それ以上に大きく溜め息を漏らして、説得を諦めた。


 今朝早めに登校した俺は、校舎横に立つ本部棟へとやってきた。

 全般的な事務や学生への各種サポートをしている此処には『【可能性】相談所』もある。そこで専門の事務教員に昨日の神羅の行為を報告して解決策を講じてもらおうとしたのだが……結果はこの有様。


 既に学内の人間は一人残らず神羅の【可能性】の影響を受けてしまっているようで、彼女を愛するあまり都合の悪い事は脳が受け付けないようだ。


 これが恋は盲目ってやつか。

 少し意味が違う気もするけれど、理性や常識が欠如して正常な判断ができなくなるという点は合っているし、敢えて言うなら愛は盲目ってやつなのだろう。


 これだから、他人を愛しても碌なことがないんだ。


 本部棟を出て曇天を見上げながら校舎へ向かって歩いていると、なんだか気分も暗くなり、一人で必死に奔走した事が阿呆らしく思えて苛立ちが募ってくる。


 …………諦めるな。

 【可能性】の影響を受けない俺だからこそ、他人のために自分にできないことをするんだ。何の取り柄も無い屑な俺は、そうやって生きていくと決めたはずだ。


 それに、彼女は去り際に「絶対に愛させてやる」なんて捨て台詞を残していたし、【可能性】の力で俺に何かを仕掛けてくることも覚悟しておかなくてはいけない。


 一応、今朝家を出る前に万が一を考慮して雑な遺書は書き残しておいたが、まさかそんな過激な手段で俺自身が排除されることはないと思いたい。

 流石にないよな……?


 ぶんぶんと頭を振って悪寒を払い除けた俺は、目先のイベントである自己紹介に意識を切り替えた。


 クラスメート達がどんな【可能性】か楽しみだ。

 友達百人できるかな。


 金曜日の今日の日程としては、一時間目がホームルームで自己紹介、二時間目が学校案内とテキスト類の配布、三時間目が実力テスト、四時間目が新入生歓迎会だ。


 一時間目が開始し、教壇に立つ担任の吉田先生が強く手を叩いて注目を集めた。


「よし、じゃあ昨日の予告通り自己紹介をしてもらおう。名前順で先ずは安部だ」


 名前を呼ばれ、身長百八十程で茶髪の筋骨隆々な男子である安部が教壇へ歩き出てくると、吉田先生は横にズレて椅子に腰掛けた。


 先生が「言い忘れてたが――」と口を開く。

 この人は言い忘れるのが癖みたいだな。


「自己紹介をパスしたい者がいれば許可するが、【可能性】だけは私から公表させてもらうぞ。高校は大人になる前の練習場だということは覚えておくように。勉強も人間関係も恋愛も、な」


 そして自己紹介が始まった。


「安部剛。幼い頃から格闘技をやっていて、高校ではボクシング部に入る予定だ。【可能性】は【動体資力どうたいしりょく】、運動をせずとも自然と筋肉がつくから、気付けばこんな体格になっていた。趣味は昼寝だ。よろしく」


 電子黒板には安部の名前と、【動体資力】という四文字と説明文が表示されている。吉田先生が薄いタブレットを弄っているから、それで表示させたのだろう。


 日本では【可能性】のネーミングには四字熟語を用いるのが一般的。四字熟語ならば一目でどんな【可能性】を持つのか分かり易く、他人に説明し易く、他人を覚え易く、親しみも持てるからだ。


 四字熟語は既存のものでも、完全新規のものでも、滅茶苦茶な当て字でも本人の自由。【可能性】が判明した後に自由に決めて自己申告するだけの飾りなので、後から呼称を変更する人も少なくない。


 そんなわけで、自己紹介で他人の【可能性】を聞くのは結構楽しい。暇な時はネットで「世界中の珍しい【可能性】ランキング」とかも調べたりもする。


 にしても、ボクシングか……。俺も昔に格闘技は習っていたことがあるし、彼との話題になることは覚えておこう。

 スマホにメモメモ。


 筋肉の塊である安部の自己紹介は良い感じに終わり、拍手を貰って次へ交代。


 左右分けした前髪が肩にまで伸びている長髪で中肉中背の、体と視線をフラつかせる挙動不審な男子が前に出てきた。目を泳がせながら自己紹介する。


「伊藤祐介……。趣味はソシャゲの『プリンセスコレクション』で……帰宅部っすね……。【可能性】は【課金豪運かきんごううん】……課金してガチャ回せば必ず欲しい物が出せるんで……プリコレやってる人は代わりにガチャ回しますんで……はい」


 インドア派の男子達にとっては需要が多いようで熱い拍手を貰っていた。


 今はプリコレとかいうソシャゲが流行りなのか……。


 ソシャゲは遊んだことがなかったが、彼等と話を合わせるために俺もそのゲームを始めてみるとしよう。メモメモ。


 そんな風に幅広い交友関係を作る算段を立てながら、自己紹介を聞いていく。


【共感匂知:常動型。他人の感情に匂いを感じる】

不在証明ふざいしょうめい:常動型。存在感が薄くて他人に認識されにくい】

照照坊主てるてるぼうず:発動型。晴れ男。自分を外へ吊るすと周囲一帯を晴らせる】

九歳女子きゅうさいじょし:常動型。容姿が九歳の誕生日時点から成長しない】

異身伝心いしんでんしん:常動型。口を持つ全ての動物と会話することができる】

偶発想像ぐうはつそうぞう:発動型。想像できる起こりうる事を起こすことができる】

真想解明しんそうかいめい:常動型。会話相手の本音を引き出してしまう】


 ――色々な【可能性】の自己紹介が進んでいく。


 中でも、【照照坊主】を持つスキンヘッドで耳にピアスの金城は、持参したロープで自らベランダから吊されて天空の暗雲を薙ぎ払い陽光を呼び寄せて好評だった。


 制服よりも黒服や拳銃が似合いそうな堅気とは思えない外見に反して人の良い坊主なようで、奴にはシンパシーを感じる。友人になれるかもしれない。


 そんなこんなで斉藤が終わり。

 間もなく式上結人こと俺の番だと待機するも、呼ばれたのは俺ではなかった。

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