狐の嫁入り(台本風)
@9ranmaru
第1話
一場
○丑三つ刻(月が出ている)
○畑に囲まれた茅葺屋根の屋敷
○手前には大きな門。門は開いている
○外から屋敷の座敷が見える
○座敷の真ん中では、紋付き袴を着た男が祈りを上げている
N 水無月の初め。畑に囲まれた茅葺屋根の屋敷がポツンとあった。夜が深い時間だというのに、門は開かれている。よく見ると、障子も開け放たれている。更によく見ると、座敷の真ん中に、紋付き袴をまとっている男が……祈っている。
花婿 神様、仏様、どうか、どうか……
N 花婿の祈りもむなしく……夜のしじまに響く。
花婿 どうか、どうか……
○鼓の音
○狐子登場。花嫁姿
○狐子の後ろには、提灯を持った女、鼓を鳴らしている男、冠婚葬祭の格好をした男女が続く
N ふと、どこからか、鼓の音が、ポン、ポン、ポンと聞こえてくる。白無垢と思われる花嫁の衣装をまとった女を先頭に提灯を持った行列が後に続く。
花婿 どう……
N 女たちの行列が、畦道をゆっくりと、屋敷に向かっている。
花婿 きた~!
○狐子止まる。行列、足を止める
N 白無垢と思われる花嫁の衣装をまとった女が、足を止める。と同時に、行列も止まる。
花婿 止まった!
○狐子、周囲を見る
N 白無垢と思われる花嫁の衣装をまとった女が、十字になった畦道で、ふと、首を傾げた。空をちらりを見る。綺麗な満月だ。月の光で畦道が照らされているのに、3歩ほど先の道が見えない。と、心の中で思ったのもつかの間、白無垢と思われる花嫁の衣装をまとった女が何やらつぶやく。パシっと何かが弾けた。と同時に、屋敷へとつながる道が開いた。
○狐子、呪を唱え終えると再び歩き出す。行列も歩き出す
花婿 ひえ~!神様、仏様、……以外の誰でもいい、どうか、どうか……
○狐子、屋敷へ辿り着く
N 屋敷へたどり着き、行列が……止まった。
狐子 迎えに参りましたぞ。旦那さま
花婿 嫌じゃー、嫌じゃー!どこにも行きとうない!
狐子 ……。マリッジブルーじゃなぁー(お付きの者に)
○お付きの者たち、うなづく。
花婿 違うわい!
狐子 では、何ゆえ!今頃そのような事を申される?
花婿 今頃ではない!わしは、ずーっと『嫌じゃ』と言うておる!
狐子 旦那さま……。では、では、では、では、ではなぜ!あの時、私を助けてくださったのですか?
花婿 普通の行為であろう!女子が罠に捕らわれていたら、一般のストレートな男子だったら、助けるであろう!
狐子 ですから、こうして恩返しに……
花婿 『恩返しなぞよい!』と言うておるのに、嫁入りの格好をして、毎晩毎晩ストーカーのように現れおって!恩を仇で返されるというのは、このことではないか!
狐子 一般のストレートな男子が相手だったら、『積極的にアタックしてみて』と、アンアンに書いてありましたゆえ。それが気に入りませんでしたか?
花婿 気にいる、気にいらんの話ではない
狐子 では、一体何が問題なのですか!?
花婿 それはな……
狐子 それは?
花婿 それはなーー
ひろつなの声 それは、お主が人ではないからじゃ
狐子 何奴!?
ひろつなの声 わしか?わしは……
花婿 陰陽さーん、早く出て来てくれよーー
○ひろつな、マイクをもちながら登場。
ひろつな カッコよく出てこようと思っておったのに、なぜ先に言う?
花婿 そういうのいいからさーー
ひろつな (溜息)
狐子 お主、陰陽師か?
ひろつな 物の怪の気で、この地に呼ばれてしまったのだ。まぁ、今の時期で助かったがな。なんせ懐が……
狐子 (ひろつなをフル無視する)旦那さま……なぜ?
花婿 お主が、物の怪とは気が付かなかったのじゃ。ただ、嫌に積極的でまいってはいたがの
狐子 おのれ、アンアンめー!男子への攻略法を信じてしまったではないか!電話してやるー、クレームつけたる!ネットに書き込んだるーー
花婿 アンアンに罪はなーい!というか、雑誌の問題ではない!間がないの! 出会ってすぐ祝言ってないでしょ!
狐子 ビビビっときたんです
花婿 松田聖子か!って、ネタが古いわ!
ひろつな 等はとっくに過ぎてるからなー仕方がない。見よ!あの皺を!
花婿 あ!目じりにカラスの足跡が!
狐子 いや!見ないで!……おのれ~陰陽師めー!!気にしておることをズケズケと~!女子にシミシワ年齢を指摘する輩は、死に値する(刀を取り出す)
○お付きの者たち、刀を取り出す。
花婿 ひぇ~!(陰陽師の後ろに逃げる)
ひろつな 本性を表したな、物の怪!しかし、なぜ物の怪が刀を握っておる?
狐子 これか?これはな、先日の合戦に紛れてみたら、渡されてな。使ってみたら、まあまあ使い心地が良いではないか、この、人殺しの道具はな!
ひろつな 面白い。刀を人殺しの道具とぬかすか。では、私も(刀を取り出す)
狐子 何!?陰陽師が刀を振り回すのか!?
ひろつな 振り回すくらい、なんてことない
○ひろつな、狐子に斬りかかる
○狐子たち、応戦する。
○N、登場。
N 平安時代。平安時代とは、闇が闇として残っていた時代。人が妖しを信じていた時代。人も鬼も物の怪も、同じ都の暗がりの中に棲んでいた時代である。
ひろつな おい、そんなところに突っ立ってると危ないぜ!
N 陰陽師。陰陽師とは、わかりやすく例えるなら占い師といったらいいか、幻術師、拝み屋と呼ぶ者もいる。星の相を観、人の相を観る。詳しくは、映画を見るといいだろう!危ない!
狐子 雑な、ナレーションをしよって、お前から斬ってやる!
○ひろつな、狐子の動きを封じる。
ひろつな 刀は人を殺めるだけではない。己を、人を、守るためにも使われる
狐子 刀を使う陰陽師……聞いたことがあるぞ、聞いたことがある
ひろつな (軽い口調で)俺って、有名なんだなぁーー
狐子 (隙を逃さず、ひろつなに呪いをかける)
ひろつな ぐわっ、しまった
狐子 人に傷をつけられたのは300年ぶりじゃ。面白い……お主、名は?
ひろつな 物の怪に名を聞かれるとはな、ますます有名になっちまうぜ。淡路ひろつなってんだ
狐子 淡路ひろつな……はて?なにやらその名に聞いたことがあるぞ?
ひろつな 名が……轟いているんだなぁ!
狐子 どこの宗派じゃ?
ひろつな それは勘弁してくれよ
狐子 お主……はぐれか?
ひろつな さぁてね
狐子 いつかこの礼はするぞ、はぐれ陰陽師!覚えておれーー(逃げる)
○狐子たち、退場。
ひろつな 待て!ち。逃がしたか(刀を収める)
花婿 あぁ、助かったー。ありがとな、陰陽さん
ひろつな はい(手を差し出す)
花婿 なんじゃ、この手は?
ひろつな 勿論、礼っすよ。礼。さっきの物の怪も、今日は持ち合わせがなかったんでしょうなぁ。いつか礼をと、言っていたではないですか。
花婿 そんな意味じゃねぇしっ!ってか、ほんとだったら礼儀正しいな、物の怪!
ひろつな はい。というわけで、礼。
花婿 陰陽師が、金目的に人助けをしてはいかんと思うぞ
ひろつな いいから、早く礼だせよー、お前も礼出せー、礼ーー……あ……(なんやかんやで倒れる)
花婿 あれ?おい、どうした?おい、大丈夫か?一体急にどうした?あ、なんか、さっき「ぐわっ」って言ってたな。なんか、あの物の怪にされたのか?……息はしてるな。……おい……って……ちょっと待てよ、このまま、この陰陽師が目を覚ましたら、また礼を出せって言われるな。……それなら~今のうちに……悪く思うなよな、陰陽さん。
○花婿、退場。
N 助かった。紋付き袴をまとった男の言う通り、この場を去った方がよさそうだ。おや、向こうから童たちがやってくる……
○式神たち(晴、蒼、凛)、登場。
式神(晴) あ、いたー。
式神(蒼) もう、世話がやけるな~。
式神(凛) おきて~(ひろつなの頬をペシペシする)
式神(晴) おきて~(ひろつなの額をペシペシする)
式神(蒼) お~き~て~(ひろつなの鼻をつまむ)
ひろつな ぶはっ!
式神 おきた
ひろつな あやうく、三途の川を超えるかと思うたわ!お前らは、わしの式神なんだぞ、もっとちゃんとした起こし方というものがあるだろ!
○式神たち、顔を見合わせる。
式神(蒼) あなたーん、おきて~。
ひろつな や~め~ろ!その姿でそのようなことをするな!クレームがくる!
式神 は~い。
ひろつな ったく。……わしは……気を失っておったのか?……あ!あいつ!逃げやがったな!一般のストレートな男子が気を失ってる人を見捨てるなんて、そんなことあっていいのか!?なんて奴だ!……あ~あ。ただ働きしちゃったよ。
式神(蒼) 大丈夫(財布だす)ちゃんともらった。
ひろつな どうやって!?
式神(蒼) すった。
ひろつな えらい!さすがはわしの式神じゃ。はい(手を出す)
式神(蒼) なに?
ひろつな よこせ。
式神(蒼) やだ。
ひろつな なんじゃと?
式神(蒼) これ、私たちの働き。
式神 はたらき~
ひろつな 何言ってんだ、よこせ。
式神(蒼) やだ。
ひろつな よこせ。
式神(蒼) やだ。
ひろつな よこせって(財布を引っ張る)
式神 やだ~!
式神(蒼) 幼児ぎゃくた~い!
ひろつな おい、物騒なこと言うな!よこせ。
式神(蒼) やだ(ひろつなを押す)
ひろつな ぐふっ(地面に倒れる)
式神(蒼) ちゃんと働け(退場)
式神 はたらけ(退場)
○式神たち、退場。
ひろつな 待て!あ~、ちくしょ~!……でも、さすがはわしの式神じゃ、しっかりしとる。あ、また気を失いそう。
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