第一章 禁断の魔道士(11)

漆黒の精霊は胸のあたりを押さえうめき声をあげはじめた。




刺さった矢はかすかに光をはなち、血液のかわりに墨汁のような黒い液体がウミのようにあふれでる。




ティアヌはセラフィムに次なる命をくだした。




「アルテミスの竪琴(たてごと)を」




すると天の精霊セラフィムは聖母のごとき微笑をうかべ、弓から竪琴にもちかえ弦に指先をすべらせる。




美しい音色。




この世の雑音を日々聞き慣れたものを癒しててくれる、そんな美しい音。




奏でられる音は漆黒の精霊の深い悲しみをあらわしたかのような切なさをかもしだす。




セラフィムは波の伴奏にあわせ曲を奏でる。




今まで一度として耳にしたことのない旋律。




波の伴奏は時につよく…風が弱まれば穏やか。




セラフィムはその切ないメロディーを弦をはじき奏でつづけた。




だれもがその切ないメロディーに聞き入った。漆黒の精霊すら思わず聞きほれ癒しをもたらされることだろう。




やがて竪琴をひくセラフィムの手がとまり、心地よい余韻をのこし波の伴奏もおさまっていく。




曲が終わると同時に漆黒の精霊に異変が。




小さな光をはなつ月光の矢をにぎりしめ、それを抜きにかかる。




あたりには墨汁が飛び散り、甲板はしっとりとぬめりけをおび黒光りしている。




一気に矢をひきぬくと奇声をあげた。




もはや迸(ほとばし)る墨汁の出血ぶりから絶命寸前に思われた。




だが頽(くずお)れようとしているその体から一陣の風たちぬ。




すると船体をてらしだす松明の篝火(かがりび)から、水怪獣を遠ざけるための漁(いさ)り火にいたるまですべての炎を消し去った。




思わず息をのんだ。




ゴクリ、と生唾(なまつば)を嚥下(えんか)する音がやけにひびいた。




静まりかえって誰一人として口をひらけない。




やがて矢を引き抜いた箇所から墨汁のかわりに光のちりばめられた光のオーブが洪水となってあふれでる。




あまりのまばゆさゆえに一瞬まぶたをかたくとじた。




「なっ!?」




モノクロのセピア色だった世界が色をとりもどすまでにどれほどの時間をついやしただろうか。




「いったい……なんだったんだ……?」




セルティガは剣をかまえたまま呆然とたちつくし、今し方みたものに対し動揺をかくしきれない様子。




物怖じをしないセイラにいたっては、目を見開いたままたちつくし、その反応は珍しくもセルティガと大差ない。




それでも途切れがちに懸命にこたえた。




「……せ、精霊が………再生………して、いる?」




「なぁ……あれって……水の精霊ザルゴン?」




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