怪しい四畳一間は人をも殺す

 私は四畳半ほどの小さな部屋に閉じ込められた。その経緯などは些事であり、現在最大の問題は退屈であるということだった。既に、部屋に入って30分が経過した。幸い手元の携帯と胸ポケットの煙草が所持品チェックを通ったらしく、それを頼りに暇をつぶしていた。

 部屋は明るく、扉がないだけで一般的なアパートの一室に思われた。以前やったゲームに煙によって換気扇を見つけるというギミックがあったことを思い出し、3本目の煙草に火を点け煙を吹かしてみるが、煙は霧散するだけでどこに流れていくか分からなかった。手あたり次第に壁を叩いて厚みを確認したが、音は一定で厚みが均一であるのは疑いようがない。そうなってくると、もう自分の知恵・力で脱出するのは不可能であるので、ここは潔く諦め私をここに連れてきた人間に出してもらおうじゃないかというのが、現状私の答えである。

 ここに閉じ込めたからには外から何者かが私を観察しているのは間違いないことなので、私はうろうろしたり座ってみることはあっても、表情を弛緩させたり横になったりだらけたりしないように思っていたが、そんなこと土台無理な話で、存在するかもわからない他人への見栄のために何かを我慢することはできず、仰向けで携帯をいじった。インターネットが繋がっていたので警察に通報してもよかったのだが、助けを求めたとしてもここはどこだか分からないし、それがばれれば何か悪いアクションを起こされるかもしれない。それに私が誰かを閉じ込め所有するなら絶対に電波が繋がったままの携帯を持たせたりしないことも理由にあった。通報されれば、少なくとも警察は動く。GPSを利用した位置情報サービスを利用した逆探知など容易なことで、ここが果たして森の奥だとしても半日足らずで警察はやってきてしまうだろう。ならばなぜ私にそれができる状態でいさせるのか。これがわからないまま通報するのは大きな危険が伴う。それに気づき、まだ充電はあるのでとりあえず保留ということにした。

 何かを待つのがどうにも苦手なので3時間が経過してから努めて画面の時間表示を見ないようにしていた。何気なく過ごす一秒と、時計を凝視しておくる一秒には大きな感覚の違いがある。気分転換に歩いてみよう立ち上がってみるのだが、四方の壁は同じ表情をしているし、電燈は明滅することなく一定の光を放っていて、こんなところで歩く意味があるのかと不安がせりあがったが、歩いてみれば意外と楽しく、ああでもないこうでもないと何事かを思案しながら部屋を時計回りに散歩した。途中、フローリングで足が滑るので靴下を脱ぎすて、体も火照ったので上着を投げた。すると、突然部屋に生活感が現れてなんだがほっとしたので、ついでにシャツも脱いで放り投げた。

 脱ぎ捨てた上着を枕にしてごろごろしていると、友人から連絡がきた。と、まあこれもどうでもいいことなので、何も言及するつもりはない。だって、あいつときたら私の話をまったく信じる気がない。どれだけ言葉と誠意を尽くして説明しても、子供をあやすような話し方で馬鹿にしてくる上に、三連複を当てた自慢をしてきた。

 「友人に飯でも奢ってやろうかと思ったんだが、オオカミおじさんにはそんな必要ないな。部屋から出れたら連絡くれよ。でもその話は絶対にするなよ、つまんないから」

 私は腹が立って携帯を壁に打ち付けた。いや正しくは腹が減って、かもしれない。リチウムイオン電池の内用液を呑んで少しでも腹の足しにしようと思うのは狂人のすることだから、私はそんなことしない。大丈夫だ。しかし携帯は大丈夫じゃなかったようだ。壁にぶつかり四散した部品は、元に戻せない感じに割れていたし、電源ボタンがくぼみつまようじでもなきゃ押せず、ここには爪楊枝がなかった。10分ほど頭を抱えたが、これもスマホ断ちのいい機会だと前向きにとらえ、今まで時間を浪費させられた恨みをひとしきり携帯にぶつけてやった。すると頭がすっきりして、空腹の事もひと時忘れる事が出来た。

 私のものが散らばって、いよいよ自室の様になってきた。空腹によって研ぎ澄まされた記憶力は遺憾なく発揮され、フローリングの模様を頭の中で描く遊びをしていた。そしてされに時間が経つにつれ、頭に糖が回らず壁をぼーっと見ている時間が増えて行った。

 この何もない部屋にいる間に熟成された芳香たつ私の思考は蛹を割り、美しい羽根を広げ空を舞うだろう。

 そんなことを考え、私は外へ出ることを諦めた。

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