第11話 魔法と常識(2)
あらためて目次を見てみると、この世界の常識の本には大きく分けて生活と文化と歴史が書かれているらしい。と言っても文化と歴史は切り離せないものではあるが。
戦争がないということはないだろうし、知っておきたい。場合によっては異世界人が持ち込んだ技術が火種になりうる。それなら今後の活動の方針も気にしないといけないと思ってのことだ。
何はともあれ一章を読んで概要をつかもう。
まずは生活水準について。
都市部は当然のことながら、十分な規模の町にもインフラは整っている。こういうところは道が整備されていて、貿易や周辺農村部の管理によって食料が十分供給されているらしい。
一方で小規模の村などはそうではなく、例えばまだ井戸を使っていたりもする。
生活環境は基本的に下水道、上水道が備わっていて、さすがに現代ほどではないがそこまで勝手が異なるわけではない。
移動手段はまだ発展途上だ。魔法などの存在により労働形態が大きく異なっており、まだ馬車などを使っているところもほとんど。
電気的な手段も開発中だが、それ以前に蒸気機関の発達が限定的であるために加工技術に乏しい。加工自体は熟達した魔法により可能ではあるが、前提として大量生産が必要だから不足している。
現在主要都市間のさらに一部には鉄道が敷設されており、拡大も予定されている。
電気インフラ自体は整っていないが、装置自体は販売されており、独立電源を持った町というのも少なくない。
ここに来てから色々と見てなんとなくわかってはいたが、思ったより文明的に発達しているようだ。
しかしメイン動力はまだ電気に移行しきっていないようだ。それもこれだけ魔法の汎用性があるなら理解できるとも思う。
残念ながら電子回路系はそこまで詳しいわけではないので電気技術について俺が手伝えることは少ないかもしれない。とはいえ同じ世界から来た人がどんな人達なのかにもよるから、一度そっち方面にも顔を出したいのは確かだ。
専門じゃないとはいえさすがに一般人よりは知識があると思うからな。
次は職業だ。
農家、漁師、兵士、医者、製造業者、商人などごく一般的な職業があるほか、少し特殊な傭兵システムである冒険者と呼ぶべき職業がある。これは組合を介して一般の依頼を受けて様々なことをこなす職業だ。国から臨時の要請が入ることもあるが、基本的には国の手が届かない民間の雑務を請け負っている。
研究者も普通に存在しているが、魔法があることで元の世界にはない研究分野も多数存在する。
研究内容については巻末にまとめて載っているようだった。後でじっくり読んでおこう。
しかし冒険者か。ありそうだとは思ったがあるんだな。異世界転生ものだと魔物の討伐とかをよく請け負ってる団体だ。この世界にも魔物はいるのだろうか。
魔物の定義がなんだかわからないが、ここに来た直後に明らかに大きすぎるオオカミがいたし、ああいう類いなら討伐が必要だろうな。
そう思っていると生態系についての説明があった。
この世界には魔物と呼ばれる生物が存在するほか、通常の獣とおぼしき生物も大型化した種が通常より多く見られる。これは魔物が魔法を使うのに対抗するために魔法が使えない場合は大型化して生き残る必要があったからだと考えられる。
魔物は魔法を使うことができるため、それ相応の知能を持っている。それ故短期に計画的に被害がもたらされることが多く、動きやすい冒険者のような存在が求められることにつながっている。
植物や微生物など高度な知能を持ち得ない種は元の世界と同じような生態系を形成している。概ね元の世界に似た法則で生態系が構成されているが、一方で未知の種というものも多い。
なるほど。魔法を使うのが魔物で、使わないのが獣か。
俺は日本のそこまで田舎に住んでいたわけではないから動物の被害やら数というものはわからない。だがこの世界では相当な数がいて容赦なく討伐して良いくらいなのだと考えると、冒険者が一つの主要な職業として必要とされているのも頷ける話だ。
しかし魔法を使えるほど知能がある生物もいるなら、言語を解する魔物もいるんじゃないか?
すると次の項目にまさしくそのことが書いてあった。
疑問が浮かぶ順に解消されていく感じで読みやすいな。きっとそういうのが得意な人が編纂したのだろう。
種族について。
戦争には利益を求めたものもあるが、過去に表立っていたのは支配のための戦争だ。それが起こったのはひとえに人間とは異なる種族である亜人、獣人の存在がある。これらは昔魔族と呼ばれ魔物と同一視されていた時代がある。
亜人とは人間と同じく知能を持った種族として進化してきた存在だ。一方で獣人は獣の一部の、知能が発達し言語を用いることができるまでになったものを指す。
亜人は二足歩行だったり技術を持っていたり、言葉を話すことができたりと比較的人間に近いところがあるが、獣人は姿自体は獣であったり、そうでなくとも肉体に獣的な要素が色濃く残っているため亜人からも差別されることがある。
人間が亜人を見下す一方で、亜人と人間は数の多さに違いこそあれど似たようなルーツであり、それ故に逆に人間を見下す亜人なども多い。
しかし戦争が終結した今表向きはこうした知能を持つ存在への差別は禁止されている。だがそうした意識は地域や民族によっては根深いものがある。
やはり差別というのはどこにでも存在してしまうものなんだな。書き方から察するに人と亜人はそれぞれ知能を持った動物として進化してきたが、現状最も多いのが人間だから支配種族みたいになっているということだろう。
そして差別が元となった戦争もあったと。
しかし亜人に会う前で良かった。こういう背景を知らないとうっかり差別的な発言になってしまうところだった。
さらにこう続いてあった。
亜人はそれぞれ同じ種族で国のようなものをつくっていたりするが、人間に比べると絶対数が少ないため複数種族が混合していることも珍しくない。
しかし獣人は半ば突然変異にも近い進化を経た存在であるためさらに数が少なく、また同一種族とみなせる存在も血縁を除いてはいないといっていい場合が多い。
そのため同族の獣を率いていることが多い。
獣人は亜人や人間に比べて肉体的アドバンテージがあり、種族単体としては我々より明らかに強いと考えられる。
協力的な獣人は人間や亜人の文化に馴染んでいることもある。
獣人は獣から進化したということなのだろうがどうにも納得が行かない。突然変異ということだが、なぜそんな偶然が種族として認識を確立させるまでに至るのか。
これにはかなり謎が多そうだ…が、残念ながら生物学は俺の管轄外だ。興味はあるがこれは誰かに任せるべきことだろう。
最後に歴史について。
戦争は何度もあったがそれら全てについて語ることはできないため直近にあった、現在に大きく関係する戦争についてのみ書かれているようだ。
・人亜獣大戦
人と亜人獣人連合との間の戦争。統一暦の基準となった戦争でもあり、この戦争が終結した年が統一歴元年となった。
全ての人間国が参加したわけではないが、当時の大国であったタイラスが主導して行われた。亜人の国の肥沃な土地と地下資源を求めた侵略戦争だった。対する亜人は獣人と連合軍をつくりこれに応じた。
結果として両者疲弊したタイミングでシルフェンという別の国が仲裁を行って終結した。その国が中心になって国連のような組織をつくり、国際法も定めた。
国際的に問題ある行為だったということもあり、タイラスには亜人の国に対する賠償を設定するなど、できるだけ禍根を残さないようにした。
この際亜人、獣人への差別は法律上禁止されたが、タイラスを始め一部地域では根深く残っている。
・人亜独立戦争
統一暦395年終結。
人亜獣大戦の名残で元々亜人の土地だった領域が一部タイラスに所有されているという状況があった。そのうち大きい一つを旗頭として周辺領域が人と亜人の真の平等を目的とした独立国家の建設を目指して独立戦争を起こした。
タイラスはこれをクーデターとして鎮圧しようとしたが、人と亜人の平等が目指された国際社会の中で対抗勢力も大きくなっており、結果的には独立側の勝利だった。
他にも名前だけ出ている戦争はいくつかあったが、詳しい話は歴史の章に載っているとのことだった。
タイラスは未だに大国であるようだが、差別意識が根付いている感じがして苦手だな。やはり差別意識というものはそう簡単に消えないのだろう。まあ行く必要があるときになったら気をつけよう。
そういえば柳さんは15年前に転生してきたらしいから、人亜独立戦争も経験しているのか。後で詳しく話を聞いてみたいところではある。
ケルバーも経済と軍事的支援という形で独立側についたらしいから、そのときに派遣されるかした可能性は十分にある。何せ正式な兵士だったようだし、見た目から明らかに腕利きっぽかったからな。
そして今は統一暦405年ということになるのか。
それにしても暦というのはやっぱり重大な出来事にちなんで決められるものなんだな。
一章の内容はこんな感じだった。
かなり色々とわかったが、実際経験すると面食らいそうな新情報ばかりだった。この辺も徐々に慣れていくしかないだろう。
留学はしたことがないが、それの比ではないくらいのカルチャーショックを受けることになりそうだ。でも同時にこれだけこの世界で生きるための準備がされているのだからなんとかしてみせようという気にもなる。
どうせ当面元の世界には戻れないのだから、楽しんだもん勝ちってものだ。
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