第2章 世界を知る

第9話 これからのこと

 これが…魔法なのか。


 俺は初めて使った魔法に感動していた。


 魔法を使った後にまず感じたのは疲労感だ。それも感じたことのない種類の疲労感。


 確かに疲れているはずなのだが、それは魔法の使用に対してであって、肉体的な疲労ではないという感じだ。


 おそらく魔力を消費すると疲労に近い感覚が起こり、限界に達すると倒れるか何かするのだろう。そこまで達するのはマラソンで倒れるようなもので、相当な気力がないと無理だろうが。


 最も一度で大量の魔力を消費する場合はその限りではないだろうか?


 …魔力量を超える魔法を発動しようとした場合はどうなるんだ?途中まで発動されるのか?発動されずに破棄されるのか?


 とはいえ実際にやるわけには行かないよな。後で聞いてみるか。


 近くにあった椅子に腰掛けながらそんなことを考えていた。


 そうだ忘れるところだった。魔法の前にまずは言語を覚えないと。


 それを思い出した俺は一旦自室に戻ることにしたのだった。




 自室に着くと、昨日は疲れてよく見ていなかった本棚をざっと見回す。


 ざっと見て英語で書いてある言語と、この世界の常識と、魔法の初等的な内容の本をそれぞれ見つけた。


 魔法を見てみたい気もするがまずは言語からだな。当面は言語を中心に学習を進めることにする。


 英語で書かれた内容だけを学んでも得られる情報は限られている。長期的に見れば言語を優先するのは間違っていないことだろう。


 それにしても世界の常識についての本がある辺りまだ知らないこと、前の世界と違うことがありそうだな。最低限昨日聞いた内容で生きては行けるのだろうが、いつまでもここにとどまっている訳にはいかない。もっと学ぶべきだろう。


 そうして昼食の時間までケルバー語を勉強することにした。



 事前に柳さんからケルバー語について聞いていたが、そもそも文字がわからないんじゃどうしようもなかった。


 覚えるべき文字は少なくとも日本語の五十音を超えている。ぱ行がは行に半濁音ではなく全く別の文字だったり、や行にイやエの段があったり、そもそも母音も若干発音が違ったりと、かなり苦労しそうだった。


 よく考えてみれば日本語を習得するときに全く新しい文字を51も覚えるのって相当な苦行なはずだよな。カタカナ、漢字まであるとなると日本語を勉強する外国人には頭が上がらない気持ちになる。


 ケルバー語にはカタカナに当たる文字まではないようで安心した。外来語は斜体で表現するらしい。


 とはいえこれは文字を覚えるだけで一日かかりそうだな。いや、とりあえず使う中で覚えることを目指すか。


 そうして俺は文字表と単語集を片手に文法の教科書を読み始めた。




 勉強に疲れて伸びをしていると、近くの砦から鐘の音が聞こえてきた。おそらく時間を知らせているのだろう。もう昼か。


 ちょうどいい時間にもなったので勉強を切り上げて食堂へ向かうことにした。


 部屋を出て廊下を歩いていると、リンさんが呼び止める声が聞こえた。


「呼び止めてごめんなさい。昨日の夜今後の方針を伝えようと思ってあなたを訪ねたのだけど、寝ているみたいだったから今日にしようとしたら今朝はもういなくて。伝えるのが遅れてごめんなさい。食堂はもう使ったかしら?」


「柳さんに教えていただいたので大丈夫でした。それより勝手に外出すると危なかったですね。今度からは書き置きを残しておきます。」


「それはいいの。この辺りは治安が良いし、そもそも今後を考えるとあまり束縛するわけにもいかないから。それとそうね、柳さんなら安心だわ。

 あとはあまり長い話でもないから今後の方針について話しておくわね。

 あ、その前に部屋に着いたら鍵はかけておくことね。一応本は高級品で狙われることもあるから。まあ警備体制は十分だとは思うけど。」


「気をつけます。」


「それじゃあ本題。まず言語について。本に発音記号は書いてあるけどそれは読める?」


「一応大体は。」


「それなら進めやすいわね。発音やアクセントがちゃんとしていないと案外聞き取ってもらえないものだから重要なの。」


 この辺は彼女の語学経験から来るものだろう。


「とはいえ実際に聞いた方がわかりやすいだろうし、言語自体の人に教えてもらうのがいいと思うからしばらくは言語の先生に教えてもらうことになるわ。

 魔法も同じ先生に教えてもらう手はずになってる。部屋は建物の入り口から右手のところ。時間はある程度融通が利くから後で直接話に行ってもらうわ。

 以上簡単なメモを渡しておくけど、何かあったら私のところまで聞きに来て。何か質問はある?」


「いえ、大丈夫です。」


「本当なら私がしばらくついておきたいのだけど、色々と調整と提案で忙しくなってしまって。とはいえ良い先生だから心配しないで。」


「色々とありがとうございます。本来自分でやらないといけないことがこれだけ準備されているだけで感謝しています。」


「そう言ってもらえると嬉しいわ。それじゃあまずはお腹を満たしてからね。」


 メモを部屋に置き、忘れずに部屋に鍵をかけて、今度こそ昼食を食べに向かったのだった。



 昼食時には柳さんはいなかった。きっと砦の方で食べているのだろう。


 それにいつまでも同郷の人たちに頼ってばかりではいられない。早く言葉を覚えてこっちの人との知り合いを増やさないとな。


 そう思いながら何気なく一人で食事を食べようとしていると、話しかけてくる人がいた。英語だ。


「急にごめんなさい。俺は迷惑だろうって言ったんですが…こいつが異世界の話を聞きたいって言って聞かなくて…。」


 見ると話しかけてきたのはローランさんのような軽装の若い男と、その連れらしいこれまた若い男がいた。後者は軽い部分的な鎧をつけていた。全身鎧じゃないやつだ。何って言うのかは知らない。


 そうか、わざわざ話しかけてくれたのか。


「大丈夫ですよ。ちょうど話す相手もいませんでしたし。私からも聞かせてもらっていいですか?」


 一人でいるのも悪くないが、誰かと話しながらする食事もまた良いものだ。


 思えば前世では人付き合いは適当だった。


 必要に迫られてかもしれないが、これからはもっと人と話して行こう。この世界に来てから何度も人の優しさに触れ、なんとなくそう思ったのだった。




 食事を終え、忘れる前に言語と魔法の先生それぞれに話に行くことにした。


 ちなみにさっきの二人の名前は、話かけてきた人がルードで、もう一人がアイクという名前だ。これから会うかもしれないから覚えておこう。



 さて先生のいる部屋について顔を合わせたのだが、背が高く優しそうな印象を受ける男性だった。部屋は客間のように感じる。


「初めまして。私はモルドと言います。急に住む環境が変わって大変だとは思いますがこれからよろしくお願いします。」


 流暢な英語だ。さすがは言語の先生と言ったところか。


「青井修司と言います。こちらこそよろしくお願いします。早速で申し訳ないのですが今後の予定を…。」


「そうですね。とはいえある程度決まっているのでそれを見ていただいて調整するという形になります。まず言語については文法を短期で固めることもできますが、いずれにしても実際に会話の練習はしてもらいます。

 そして魔法については日常に必要な魔法運用能力及び知識を身につけた時点で合格です。私の専門ではないので後は本や他の先生をあたってもらうことになります。」


「わかりました。」


「日程については…」


 そんな感じで今後の予定を立てて行った。週に一日は休みで、その他は午前に言語、午後にその続きと魔法をやって18時の飯時に終わりだ。


 とはいえ合間に休憩もあるし、進度によってはその限りではないとのこと。


 ちなみに一週間は七日だ。昔の転生者が使っていたのが業務の運用にちょうどいいと採用されたのだとか。


「それでは明日から頑張りましょう。私はこれから計画を立てることにします。」


「はい。よろしくお願いします。」


「それと…魔法については早い内に魔力をつかむ練習をしていた方が良いかな?きっかけだけでも与えておこうか。」


「それなのですが、実は大雑把な操作はもう教えてもらったんです。」


 そう言うとモルドさんは驚いたようだった。


「昨日の今日でよくそこまで…。教えた方はどなたですか?」


「柳さんという私と出身が同じ転生者です。」


「ヤナギさんですか。それなら私も知っています。今度お礼を言わねばなりませんね。

 では実際に簡単な魔法を使ってもらいましょうか。それをもって証明とします。」


「わかりました。」


 そう返事をするとモルドさんはそこにあった紙を手に取った。


「この紙を風で揺らしてください。初等の空気操作です。」


 俺は頷くと目を閉じて集中した。イメージは空気の塊を動かすこと。


 魔力を右手に集中させ、そこから出す。


 するとまた魔力が抜け出す感覚があり、目を開けると無事に紙を揺らしていた。いや、実を言うと制御ができずモルドさんの髪型を崩してしまったようだ。


「えっと、ごめんなさい。まだうまく制御できなくて。」


「大丈夫ですよ。最初はそんなものです。今後の課題は制御と詠唱による集中法ですかね。目を閉じると発動はしやすいですが制御が難しくなってしまいます。」


 そう言いながらモルドさんはさらっと髪をまとめた。


「人によっては最初の魔力操作に苦労するんですが、すぐつかめる方だったようで良かったです。」


 ここまで体験すると魔力操作が自転車に乗るみたいなことに思えてくるな。できる人はすぐできるし、一度つかむとその後もできるが、できない人はなかなかできない。


「それではあらためて、明日から頑張りましょう。」


「はい。よろしくお願いします。」


 そう言って部屋を後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る