第4話 転生者保護協会
息を切らせながら長い坂道を抜けると、峠を越えて町を見下ろす位置にたどり着いた。
「ようやく見えてきたね。あれが私とミシェルの生まれ故郷である町、ルーベンだ。」
見れば石畳の道が町の入り口へとつながっていて、町全体は3mはある高い塀に囲まれていた。
元々戦争に備えた砦だったのが流通に都合が良かったため町へと発展したらしく、立派な塀と中央に見える大きな砦はその名残らしい。
周囲には広い畑に少し歩けば広大な森林。アウトドア派なら大喜びだろう。
無論俺はインドア派だ。
「エイゼンさんは違うんですか?」
「あぁ、エイゼンは首都出身だ。私が首都で魔法研究をしていたときに知り合って、今では友達兼傭兵みたいな関係だ。
この国の名前はケルバーで、首都の名前はケルバードだ。」
ルーベンといいケルバーと言い、どことなく音の響きがドイツ語っぽいな。濁音に力強さを感じるネーミングといった感じだ。
俺の選択した第二外国語はドイツ語だから、発音が似ている分にはちょっと親しみやすいかもしれない。最も一年生で単位を取得して以来全く触れていないようなものだから当てにならないけどな。
石畳の道をなぞりながら軽く話しているうちに門にたどり着いた。と言っても門は開きっぱなしのようだ。どうやら今は平和な時代らしい。
門の両端に兵士が一人ずつ立っている。その後ろには詰め所のような場所があり、兵士が控えているようで談笑している声が聞こえてくる。
右手の兵士が前に出て先頭を歩くローランさんに話しかけた。兵士は俺の服装を見て事情を大体察したらしく、すんなりと通してもらえた。そればかりか詰め所から兵士を数名派遣してくれるそうだ。
ローランさんになぜ兵士がついてくるのか聞くと、
「まだ正式に登録をしていない転生者は闇商人の集団によってさらわれて他国に売り飛ばされることがあるんだ。」
だそうだ。おっかない。
ともかく登録をしないといけないということで転生者保護協会ルーベン支部に出向くそうだ。なんとこの支部では転生者が支部長をしているらしく、少なくともその人には会えるらしい。
大通りを通って砦のそばにある支部へ向かい俺たちはまた歩き始めた。
ついつい知らない景色だとキョロキョロしてしまう。周りを兵士に囲われて見えにくくはあるが、町並みや市場が見えた。
家は石と木材を組み合わせたいかにもなやつが主流なようだ。宿屋などはほとんど木造のものも多い。砦に近づくと石造りの堅牢な住居が目立って行った。きっと戦争当時に使われていたのだろう。
市場は人でごった返していた。見覚えのない形の果実、妙にでかい肉、凶暴そうな魚、そして中には見覚えのあるパンみたいなものもあった。
俺は偏食というほどではないが、もし味が口に合わなかったら困るな。香辛料が合わなくて食べられないものばかりだった、なんてこともあり得るらしい。一週間海外に行って帰ってきたら目に見えて痩せていた友人がそう言っていた。
ローランさんとミシェルさんはともかく、エイゼンさんも結構知り合いが多いようですれ違いざまに挨拶らしきものを何度か交わしていた。
言葉がわからないから「らしき」だ。
途中何人かは俺の服装を見て何かに気づいたり、しきりにローランさんに何か聞きたそうにしていたりした。
そうしているうちに例の転生者保護協会に着いた。
協会、というか砦に近づくと市場や住宅街の雑踏から離れた静かな空気が漂っていた。
協会の外観は今まで見てきた家々に比べると明らかに大きく、警備している兵士も心なしか強そうな気がする。
引率してくれた兵士が一言協会の兵士に告げると、後は引き継いでくれるようで引率兵士たちはここで帰って行った。
扉を開けて中に入ると大きな空間が広がり、さながら市役所のように机や椅子、掲示板、受付カウンターなどがあった。
受付にいた担当者らしき女性に兵士が話すと、こちらを向いて一礼した後英語で話してくれた。
「あなたが今日ここに連れてこられた転生者ですね。」
「はい。」
「転生してきたのは今日ですか?」
「今日です。それもつい一時間ほど前。」
服の汚れ具合からしてそんなに時間は経っていないと判断されたのだろうか。いや、こんな物騒な世界だし当日中に拾われないと大体が死ぬのかもしれない。
「ではこちらの紙に転生についての情報を書いてください。我々は転生者について統計的に調べるために行っている物です。それと今後の方針にも関わってくるものです。」
なるほど、転生の傾向がわかれば原因にもつながるかもしれないからな。それと言語や文化的な問題からなじみやすいように担当者を斡旋してくれたりするのかもしれない。
「とはいえここは少し特殊でして、この紙に最低限の情報を記入したら支部長へとお会いください。語学が堪能な方ですので色々とやりとりもしやすいでしょうし。
情報提供を求めるだけではなく、こちらの情報もどんどん伝えていかねばなりません。
それに支部長は個人的に転生者とのつながりを求めていますので。差し支えなければぜひ。」
こちらとしても積極的に転生者とのつながりは持っておきたいから願ったり叶ったりだ。魔法がある世界だ。カルチャーショックどころの話ではないだろうから。常識が通じる相手が欲しいものだ。
そしてここで俺を送ってくれた三人とは一旦別れることになった。短い付き合いだったが最初の知り合いということでこの出会いは大切にしておきたい。
別れ際にまた会えないか聞いたところ、ほとんどケルバーかルーベンに居るからそこで聞き込んでいけば会えるだろうとのことだ。彼らは思ったより有名人らしい。
手を振って見送ると三人も手を振り返してくれた。
見送り終わったあと気づいたのだが、何気なくやっていたが挨拶のジェスチャーが異なる場合だってあるんだよな。
…喧嘩を売るジェスチャーが何なのか早い内に知っておかないとどこかでやらかしそうだ。気をつけよう。
ということで俺は紙に情報を書き込んでいった。内容は名前、出身国、使用可能言語、知識レベル(元の世界での知識を知っているかどうかで答える形式だった)、身体能力レベル(難易度毎にできるかどうかを答える)などなどがあった。
ちなみに俺は運動がからっきしだめだ。これ以上言う必要はないだろう。
知識問題については主に高校レベルといったところで、大学以降の内容は主に専門を粗く見積もるためのものだろう。これ以上となると直接話した方が早いからな。
一通り答え終えて紙を受付の人に渡すと、今度は奥の支部長室までついてくるように言われた。
兵士の方とはここでお別れらしく、彼は入り口の方へと戻っていった。
窓から日光が差し込む廊下を抜けると、突き当たりに扉があった。受付さんがドアをノックすると、中から知らない言葉で返事が聞こえた。
扉を開けるとそこは書斎のようになっていた。そして正面のデスクには美女が座っていた。
いや、本当に美女としか言い様がない。化粧もないだろうにすごいな。
紹介のされ方を見るに彼女が支部長だろう。
彼女は英語でこちらに挨拶すると、いつの間にか受付さんが用意していた椅子に座るように言われた。俺が座ったのを確認すると受付さんがすべき仕事は終わったようで、一礼して部屋を出て行った。
彼女はさらっと書類に目を通すと、名前を書いた紙をこちらに見せてこう言った。
「初めまして。私が転生者保護協会ルーベン支部の支部長である
それはこの世界で初めて聞いた自分以外の日本語だった。
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