春は巡りて
弌原ノりこ
プロローグ ただ、寂しさが募る。
訳もなく、涙が出るのはどうしてか。
成人式の帰り道、ショーウィンドウのガラスに映った自分の姿を見て、不思議と胸がつぶれそうだった。
母親と手を繋いで歩く子どもを見て泣きそうだった。
飲み会へと向かう同窓生たちの背中が、眩しくて苦しかった。
いつから、こんな風になったんだろう。
自分の姿を比べてみっともないと思ったり、母親と手を繋いで歩く子どもが、実は誘拐されている最中なんじゃないかと疑ったり、飲み会へと向かう同窓生たちの何割が今後人生でしくじることを期待していたりする。
容姿よりも何よりも、こんな心が醜くて悔しかった。
いい子だった訳じゃない、昔から卑屈で、皮肉屋で、どうしようもなく厭世的だった事は変わっていない。
けれども、それでも、子どもの頃は、もっとまっすぐだった。
宇宙にある惑星の全てに人が住めると信じていた。
大人になれば背が伸びて立派になると信じていた。
父親を誰よりも尊敬していた。
母親を聖母と疑わなかった。
友だちとずっと友だちでいられると信じていた。
大人になれば字が綺麗になると信じていた。
世界は善と悪で二分できると信じていた。
ずっとこんな風に暮らせると信じていた。
根拠なんてない、理屈なんてない、ただ、笑えるくらい、何も知らなかっただけだ。大人の残酷さを、子どもの無力さを、人との繋がりの脆さを、何も、知らなかった。
今、ここにあるものは、背丈が伸びただけの自分。
同窓会の案内が来ない自分。
家族からため息をつかれる自分。
汚い癖字を書いてしまう自分。
善人でも悪人でもないクズの自分。
これからもこんな風に生きていくだけの自分だった。
それが、なんだって言うんだ。これからも、これまでも自分は自分なのに、訳もなく、涙が出る。
20歳の春、先が長すぎる人生に気が狂いそうだ。
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