すべての世界に愛を

ぴゅあち

銀河星屑葬送ショウ


「銀河星屑葬送ショウ?」


 洗いたての澄み渡った夕映えが彩る空の下。帰路の途中にある古い劇場ホール前の掲示板に、珍しく貼り紙がされていた。人目を引く気概を感じさせない、質素な藁半紙にタイトルと日時のみが印刷されたポスターだったが、舞台ものに目が無い私の心を惹くには十分だった。

 

「不思議なタイトル……今日の、十九時開演」


 腕時計を見れば、開演まであと十五分ほど。考えるよりも先に足が劇場へ向かった。


*


「銀河星屑葬送ショウ大人一枚」

「はい、千円……丁度頂きます。席は自由ですから、お好きなところへお掛けください」


 受付を済ませ足早に会場へ入ると、中には誰も居なかった。ガラリとした客席でわざわざ隅の方に座るのもと感じ、普段中々座ることのできない一番眺めの良い中央の席へ腰掛けた。オーソドックスな臙脂色のビロード席は心地がよく、贅沢な気分になれた。


 芸術教育の一環として、ミュージカルや舞台演劇を勉強するうちにその魅力に取りつかれ、いつしか役者になりたいとまで考えるようになった。だが現実は厳しく、私の演技はいつまでたっても垢抜けない。

 けれど、このショウとの出会いが私の何かを変える予感がしている。


 一ベルと共に客電が消え、客席の全てがゆっくりと優しいラメ入りの暗闇に包まれた。全ての物が透過し、緞帳のみがスクリーンのように宙に浮いている。本ベルが鳴ると、それを合図に重厚な緞帳が徐々にあがっていく。

 深い濡れ羽色の燕尾服に身を包んだ指揮者風の男が上手袖から壇上に上がると、淡いピンスポットライトが当てられた。センターへ向かい歩を進める彼の足元からは、電飾とはどうも異なる光の波紋が広がり、透明な舞台に幻想的に映えた。

 指揮者がこちらへ優雅に一礼をすると、どこからともなく拍手が響き渡った。それは押し寄せは引く、海岸の波の音を思わせた。


「いやいや申し訳ない。すっかり始まってしまっておりますが、お隣失礼しても?」


 ブロウ型メガネをかけた愛想の良さそうな白髪交じりの壮年の男性が、穏やかな表情で隣の席を指差す。その声は、受付で聞いたものと同じだった。


「はい、どうぞ」

「ありがとうお嬢さん。こちらのショウをご覧になるのは、初めてのようで」

「ええ……」

「ハハ、そんな小声にならずとも。ここでは自由に話していいんですよ、観客は貴女しかおりませんから」


 壮年の男性が指揮者へ会釈をした。指揮者は向き直り真っ白なタクトを取り出した。


「遠慮なく感じるまま言葉にして頂いたほうが、彼たちも喜びます」


 指揮者が緩やかに腕を掲げると、ぽつりぽつりと白く輝くものが現れた。恐らくあれがタイトルでいうところの星屑なのだろう。暫らくすると満天の星が視界一面に広がり、銀河の中へ誘われる。

 美しさに見惚れていると、いつとはなしに指揮が始まっていたようで、どこからか軽快なピアノの音色が響き渡った。奏でられるメロディは誰しもが知っているきらきら星。

 音楽に合わせて星が動きだす。あちらへ行きこちらへ行き、飛び跳ねては集まり散らばる。その度に小さな煌めきが零れ落ちた。


「光が、踊ってる」

「あれは本物の星ですよ」

「ほんもの?」

「そう。本物の星の彼らが踊っているんです」


 柔らかいベルベットの闇を滑るように大きくタクトが振るわれると、星星は一斉に火花を纏いながらドーム状に軌道線を描き流れ始めた。線が交わりぶつかり合うと、星は砕け散り、辺りにちらちらと光の飛沫が広がった。


「わぁ!」


 感嘆の声をあげると、それに応じ星達は輝きを増した。


「あの星達は生きているのですか?」

「もちろん。全てに命が宿っております」

「じゃあ、あの砕けた光は」


 言葉を遮るように、正面で星が二つぶつかった。ありとあらゆる可視光線を詰め込んだ、大きな花が咲き誇る。


「絢爛で美しいでしょう」

「とても……だけれど、いったいこのショウの為に何個の星が、その……」

「この場で死ねることは彼達にとって、大変名誉な事なのですよ」


 花の花弁は一枚ごとに解け散っていき、呆気なく空間に溶けて消えた。

 それを皮切りに星達は次々にぶつかり合った。フリージアだとか、アイリスだとかを模った様々な花が咲き乱れる。幻想的な光景なのに、それが多数の死によるものだという事実が、針の如く私の胸を刺す。


「ほら、来ました。彼女が今回の主役なんです」


 楽しげだったメロディは一転し、静かで寂しげな音色へと変わると、一際輝きを放つ白銀のドレスの少女が天から舞い降りた。指揮者がひざまづくと、残り少なくなった星達も皆頭を垂れ、彼女のための花道を作った。


「あの子は人間?」

「いいえ」

「じゃあ、星」

「……彼女は死んでいった星達が生まれ変わる為の核。お母さんになるんですよ」


 少女が歩を進めると、足元からスパンコールの輝きが溢れる。ドレスに装飾された宝石が反射する。長い銀髪が揺らめく。

 前髪の隙間から覗く白金の瞳の中には、悲しみが存在している。星々のことを憂い、慈しんでいる。無言で歩いているだけなのに、どうしてこんなに少女の感情が生生しく伝わるのだ。

 花道の端で立ち止まると、彼女は両腕を広げた。それを合図に全ての星達が彼女の元へ集まり、三角柱の透明なプリズムの殻を形成し、彼女を覆った。


「あぁ、もうすぐフィナーレですよ。しっかりと見送ってあげてください」


 葬式、不吉な言葉が脳裏を過る。それも舞台で死んでいった星達ではなく、核になる少女の星ため。きっと少女の星は皆のための犠牲なのだ。だからタイトルに、葬送。

 彼女から発される光が、プリズムを通過し七色のスペクトルが辺りを眩いばかりに照らし、闇夜を溶かす。スポットライトより強い光量の筈なのに、悲しみとはかけ離れた木漏れ日を連想させる、暖かく優しい太陽にも似た光に劇場全てが包まれた。


 舞台装置もまともに使用しない、美しい悲哀に満ちたこのショウに私は魅了されていた。その理由が星達の作る一大パノラマなのか、目前で命を燃やし創られているからなのか。


*


 ショウは終わった。挨拶もせず逃げ去るように劇場を後にした私は、重い夜色に包まれた帰路につく。頭を殴られたような衝撃と、自分が憧れていた舞台が何だったのか今になってはもうわからなくなっていた。

 宇宙を駆ける屑ごみになった彼達は生まれ変わり、どこへ向かうのだろう。考えてもきっと答えは出ない。あの少女の星のことも、あの演出の数々も……。

 星達の最大の檜舞台が葬式だなんて、人間のちっぽけな感性ではそれすら碌に理解できないのだから。

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