母、当事者、障害者
野口マッハ剛(ごう)
声なき声
秋と言っても、障害者にとっての秋とはなんだろうか。健常者は秋となれば、そろそろ寒くなったけど温かい物語りが待っているのだろうか。いや、健常者や障害者やグレーゾーンというのは関係ないのかもしれない。秋がやって来た。
元木大助三十一歳、統合失調症当事者。
今日も地域生活支援センターに通う元木。おはようございます、そう挨拶をする。
冷たい風が目立ち始めて、町の変化はまだない。秋の色はこれからなのだ。
そんな秋の訪れと共に、元木大助は支援センターの他の利用者と仲良く話しては笑っている。
けれども、元木は夜の部屋に一人の時には幻聴が聞こえる。それも離婚して出ていった母の声。
元木大助はそれを思い出しては、ちょっと気分が沈むのである。
元木たちの方を見つめる一人の女性。利用者だろうか。可愛い見た目に、元木たち男性陣は視線をチラチラと。元木大助が勇気を出して、その女性の方へと。
「はじめまして、元木大助です」
すると、可愛い女性はびっくりした様子のあとに、はじめまして谷口加奈です、と自己紹介を返した。
元木はそばに可愛い谷口が居るのでルンルンとしている。元木と男性陣は楽しそう。可愛い谷口加奈は、あまり口に出して言葉を言わない。それでも、元木大助は嬉しい気分だった。
谷口加奈は三十歳、抑うつ当事者であるそうだ。それを聞いた元木大助とみんなは、そう見えないね、そうびっくりするのである。
秋の色が進むのと、元木大助と谷口加奈の仲も温かい色が見え始める。地域生活支援センターでプログラムというものがあって、今日は料理プログラムが。元木と谷口は徐々に仲良くなっていく。職員や他の利用者たちはそれに気付いているようだ。谷口加奈が自分の考えを上手くまとめれていない様子の時は、元木大助が何気なく代わりに言葉として周囲の人に伝えることもあった。谷口加奈は自分の気分を言い表すことが苦手のようだった。それが関係あるのか、谷口加奈は元木大助のそばにいつも居る。
でも統合失調症当事者の元木大助は、たまに妄想も混じって周囲の人たちの笑いを誘った。それが良いのか悪いかは置いておいて、今日も支援センターには人々の笑顔があった。元木大助の秋とは明るい色がある。
また、谷口加奈はB型作業所へ見学に行くこともある。つまり、ゆくゆくは一般の企業に就労する意思があるのだろう。B型作業所は職業訓練の事業所であるため、給料は発生しない。それでも、谷口加奈は将来のことを考えているようだった。ちなみに、元木大助はというと、ここ数年はそう言った事業所の見学はしていない。過去の幻聴の悪化等も関係があるようだ。
そんな元木は、こんな考えがある。どうして障害者になったのだろうか、と。きっと、元木大助以外の障害者もそう思っているのじゃなかろうか。それを言葉にするかしないかのこと。秋はゆっくりと進む。特に大きな問題もなく。いや、精神障害当事者になったということは、もう健常者に戻れる可能性は極めて低いということ。けれども、希望は捨てない元木大助。きっと健常者に戻れなくても、自分なりの自分らしい生き方を見つければよい。そう元木大助は考えている。
ある日、地域生活支援センターで利用者同士のトラブルが起こる。言った言わないの口喧嘩。他の利用者は避けているのに、元木大助は自らそのトラブルの話を聞いて解決させようと考える。そばには谷口加奈も居る。そんな元木大助を見て、谷口加奈は何を感じるだろうか。結局は支援センターの職員が解決に向けて口喧嘩の当事者二人を個別に面談を。元木大助は何も力になれなかった? いや、そばに居る谷口加奈の目には正義感のある元木の姿が映っただろう。人が集まる以上はトラブルはつきものである。
「お母さんには、そばに居てくれるだけでよかった」
とあるカフェで元木大助はそう谷口加奈に言った。なぜ二人がカフェに居るのか。元は、元木の方から慣れない言葉でカフェに谷口を誘ったのである。
元木大助の言葉に谷口加奈は何も言わずに目を見ている。そんな元木の言葉を聞かなかったかのように、谷口は別の話をする。二人は笑顔である。すっかり秋の色が見えている町。元木大助は、もう言葉に出さないけれども、まだ母に対する不満や願い等がある。元木は谷口と笑顔で会話をしているも、まだ母に対する思いはある。どうして母は居ないのだろうか、と元木大助は現実をそう見ている。一方で、谷口加奈は何も言わずに真っ直ぐと元木大助を見つめている。秋は何も言わずに、ただ二人の青春を見守っているかのようだ。
ちなみに、元木大助は父と二人暮らしである。元木大助が幻聴の悪化の時には家の中で暴れるといったこともあった。父としては、どう接するか向き合うかで悩むこともあったらしい。今の元木大助の症状等は以前と比べて落ち着いている。元木大助の父は、そのことでとりあえずの安心はあるようだ。
今日の地域生活支援センターのプログラムは一緒に食事を作って食べよう、というものだ。基本的には職員が二人居て、利用者たちで食事を作るのに困った時にはアドバイスをしたり、また利用者たちの自発的な行動を引き出すように職員はある。今日も谷口加奈は元木大助のそばに居る。谷口加奈は包丁で具材を切ることが苦手のようだ。それを元木大助が代わりに包丁で切ってあげている。谷口加奈は抑うつではあるけれども、この包丁で具材を切ることが出来ないのではなくて、恐らくこれまでの経験等で料理に対する意欲が失われていたりする。決して、出来ないのではない。ただ、そのような背景も考えられるだろう。
また、元木大助と谷口加奈はカフェに来ている。ここで気になるのがコーヒー代のお金のこと。元木はというと、障害年金からもらっている貯金からコーヒー代を支払っている。その障害年金は全ての障害当事者がもらえるわけではない。谷口加奈の場合はどうだろうか? それは元木大助にはわからない。二人はカフェで笑顔で会話をしている。いつもの秋のカフェの二人。二人を邪魔するものはないように見える。元木大助はこっそりと谷口加奈に思いを寄せている。元木は恋愛経験があまりなかった。今回の谷口加奈に対する恋愛の思いは、ソワソワして谷口しか思えない元木大助である。やれやれ、周囲のそんな声が聞こえそうである。
今日の地域生活支援センターのプログラムはダンスである。元木大助は音楽に乗って面白おかしく踊っている。それが他の利用者に笑顔と元気を伝える。けれども、谷口加奈はなかなかダンスに対する勇気が出ないようだ。一人イスに座って周囲のダンスを見ている谷口。そこに元木が面白おかしく踊ってやって来る。クスクスと笑う谷口加奈。そして、谷口は立ち上がり一緒になってダンスを徐々に始める。小さな動きではあるが、谷口加奈もダンスをしている。笑顔の元木大助。谷口加奈も笑顔で踊っている。
元木大助と谷口加奈はカフェへと繰り返し行っている。二人は秋が深まるように仲も深まっているようだった。元木大助は谷口加奈に笑顔で会話をする。夕方になれば、さよならする二人。笑顔でまたね、と。
だが、とあることが夜に起こってしまう。
夜の八時のことだ。元木大助の携帯電話に谷口加奈からメッセージが。今は谷口加奈は駅前に一人でいるらしい。元木大助は一気に不安になって、今から行くとメッセージを返して、寒い秋の夜空の下、家から自転車で飛び出る。焦り、息切れ、焦り、息切れ。その駅前に到着した元木大助は一人でいる谷口加奈を発見する。とりあえず、元木大助は話を聞くべく近くの公園に谷口加奈を連れていく。何があったのだと、元木大助は考えている。
話せば谷口加奈は子どもがいるという。三歳の男の子、今は施設に預けているという。旦那とは離婚。それを聞いた元木大助。今は話を聞いてあげる元木大助だ。
どうして、この女性は障害者なのだろうか? 話せば笑い、子どももいるのに? 男は、それがわからない。
グレーゾーンのハンディキャップ?
幼い子どもの写真を見せてくれる谷口加奈。
母、当事者、障害者。
シングルマザー。
そうなのに、前を向いて笑顔で生きる谷口加奈。
元木大助は谷口加奈を抱き寄せた。
「あなたは一人じゃない」
元木大助は、そう谷口加奈に言った。
母、当事者、障害者 野口マッハ剛(ごう) @nogutigo
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