第144話.幻じゃない人
林杏を連れて、純花は灼夏宮への道を引き返していく。
「灼賢妃、大丈夫ですよ。姉君はご無事なんですから」
「……そうね、林杏。またお姉様に文を書くわ。豆豆に持って行ってもらいましょう」
励ますように言い募る林杏に、純花は返事をする。だが、うまく笑うことはできなかった。
依依に直接会うことはできない。
無理をして抜け道を通り、清叉寮に向かう手がないではないが……旅行の護衛から戻ってきたばかりで、今日は寮も一段と騒がしいだろう。そんなところにのこのこと出て行くわけにはいかない。
(これから先、ずっとこんな生活が続いていくのよね)
それを思うと、暗澹たる心持ちになる。
生き別れの実姉と再会することができて嬉しいけれど、純花は後宮にいる限り、姉に自由に会える立場ではない。
一緒に店を巡って買い物したり、温泉に行ったり、怪我の具合を直接確かめることもできない。今後も、そんな自由な生活がやってくることはないのだ。
それに――もしも依依が武官を辞めて、故郷に帰る気になれば、純花に彼女を止める手立てはない。見送りもできず、後宮の高い塀を見上げて見送ることしかできないのだ。
(だめだわ。泣きたくなってきちゃった……)
つくづく自分の弱さがいやになる。純花はすんと鼻を鳴らして、涙を堪えた。
暗闇で苦しんでいた純花を、依依が力強く救い上げてくれた。日の当たる場所へと導いてくれた。そのおかげで、今の純花がある。
強くなりたい、と思った。少しでいいから、姉の役に立ちたいと。
(でもわたくしは、何も変わっていない。わたくしは……)
そんなことを考えながら灼夏宮に戻ると、出迎える声があった。
「あっ、純花」
夢の中で何度も聞いた、その声。
純花は、口を半開きにして固まる。
後ろには微笑む明梅が付き添っている。依依を宮に招き入れたのは彼女のようだ。
だが純花は、目の前の光景がなかなか信じられなかった。
「……ま、幻?」
服の袖で、純花は目をごしごしと拭う。
けれど、その人は消えない。幻ではないからだ。
そこに立っていたのは、依依だった。
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