第69話.目論む純花
一方、その頃の灼夏宮である。
「見てみて林杏、明梅。鮫糸を手に入れちゃったわ。色がなくて透明で、すごく珍しい糸なのよ!」
無色透明な糸束を手に、くるくると回ってはしゃぐ純花を、林杏と明梅の二人の女官は微笑ましく見守っていた。
後宮で開かれる市では、四夫人のように位の高い妃の下には、商人のほうから宮に足を運ぶことになっている。
事前に商品の一覧に目を通し、布製品や染め糸を扱う商隊のほとんどを招くことにした純花は、先ほど若い商人が持ち込んだ糸を特にお気に召したようである。
商人それぞれ売り込みたい商品や思惑はもちろんあるのだが、純花はそれにはお構いなしに、気になった品物を手に取るとためつすがめつ検分している。
妃らしくぱぁっとお金を使うわけではなく、慎重に買い物を続けている。刺繍や裁縫に並々ならぬこだわりを持つ純花が選び抜いた染め糸は、並べると宝石の川のように美しくきらめいていた。
「お姉様にお贈りする手巾に、これで内緒の伝言でも刺しちゃおうかしら。あっ、でも野生の勘で気がつかれちゃったら恥ずかしいわよね。どうしよう」
ーーお姉様、のところを皇帝陛下、に入れ替えればとっても四夫人らしいな、と思う林杏だ。
が、赤銅色の瞳を輝かせる純花は本当に可愛らしくて、林杏と明梅も顔を綻ばせてしまう。
螺鈿細工の小物入れを手に入れた林杏も今日は上機嫌だ。
主に黒蝶貝と白蝶貝を使っていて、ちりばめられた貝が鮮やかに輝く。上級妃に仕える林杏はそれなりの俸禄をもらっているが、なんとこれは純花が買ってくれたものなのだ。
純花が買った反物を丁寧に折りたたむ明梅も、林杏と揃いの小物入れを買ってもらった。
欲の薄い明梅は、年に一度の市だというのに自分のほしいものが思いつかなかったらしい。二人の小箱は、卓子の上に大切そうに並んでいる。
だが、たかが女官風情に純花が思いやりを見せてくれるたびに、林杏は申し訳なくなってくる。
林杏も明梅も日々努力しているけれど、二人だけでは純花の毎日の世話はもちろん、広い宮殿内の管理が行き届いていないのだ。
純花に不便な思いはさせたくない。それに女官の数は妃としての威厳にも関わる。他の妃嬪たちに軽んじられないためにも、頭数を増やしたい。
「……秋には新しい女官を増やせると良いけど」
あと二人……いや、三人は必要だと林杏は考えている。
独り言が耳に入ったらしい。次の商人を待つ間、果実水で喉を潤していた純花が顔を向けてくる。
「大丈夫よ。女官登用試験にはお姉様が合格してくれるもの」
姉が居れば百人力、と純花は信じ切っているようだ。
林杏はぼそりと呟く。
「果たしてあの方が女官になれるでしょうか?」
「え? 林杏、何か言った?」
「い、いいえ何も」
林杏は両手を横に振る。
上級貴族の娘らしい我が儘な気性は落ち着いてきた純花だが、依依のこととなると冷静さを失いがちだ。
どう考えてもあの破天荒に過ぎる少女が女官になるのは無理だと決めつけている林杏だが、純花と真っ向から意見を戦わせるわけにはいかない。
「つ、次の商人が遅いですね。迎えに出て参ります」
「お願いね、林杏」
「確か次は、髪飾りや小物の専門店でしたね。というか、そのあとも……」
四夫人として、公式の場に出る機会も多い純花だ。
流行の衣服や装飾品は多いに越したことはない。それにしても、布や糸を扱う店より多く呼んでいるようで、妙に気になっていたのだ。
すると純花は、にやりと口元を歪めてみせた。
「ーーふんっ。皇妹殿下の専売特許だからって、負けるつもりはなくってよ」
燃えるような瞳をした純花を前にして、林杏は何やら身体の震えを感じたのだった。
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