第17話:ウォルトン家のメイド9(グレース視点)
――グレース視点――
毎日行われる恐ろしい王妃教育の午前の部が終わり、満身創痍の状態で部屋に戻ってくると、私はベッドの上に倒れこんだ。
王妃教育の鬼ババア……本当に怖いわ。あれは間違いなく人間じゃないもの。人の形をした鬼よ。私が王妃になったら、反対を押しきってでもクビにしないと。
メイド長のババアも怖いのよね、と思っていると、うちの使えない捨て駒メイドがやってきた。
私のメイドとして付き添いをさせてあげているのに、王城の仕事で手一杯のポンコツメイド。これくらいの人材ならいくらでも代わりがいるし、早めに処分することも検討している。
次のメイドは、黒い髪の娘にしようかな。私の部屋の模様替えを担当した娘も、最初はシャルロットみたいな黒髪で腹が立ったけど、ああいう娘をいじめるのは気分が良さそうだもの。
まあ、今はこの捨て駒メイドの相手をしてあげないと。
「グレース様、少しお話が……」
「どうしたの? またあのババア……メイド長が何かしてきたの?」
「いえ、実はレオン王子の誕生日パーティーの件なんですが、元婚約者であるシャルロット様が派手なドレスを着てくる予定とのことです」
「あの女が、派手なドレスを……?」
どういうことかしら。一国の王子の誕生日を祝う席で、主役よりも目立つつもり? どんな席でも地味でシックな服装ばかり着る陰険一族なのに、派手なドレスなんて意味がわからないわ。
婚約破棄してから随分と静かだし、何を考えているのよ。堅物女め。
まさかとは思うけれど、この捨て駒メイドが私を陥れようなんて考えるはずはないわよね。一応、用心をしておいた方がいいかもしれないわ。
「メイドのあなたが、その情報をどこで手に入れたの? ローズレイ家と接触する機会はないわよね」
「も、もちろんです。グレース様もご存知の通り、旦那様からの指示を受けて、夜の街に出ていますよね。その時にドレス屋の店主が言っておりました。珍しくローズレイ家が派手なドレスでパーティーに出る、と」
なるほどね。それなら信憑性が高いかもしれないわ。
シャルロットが派手なドレスを着ているところは見たことがないし、ローズレイ家が持っているとは思えない。特注して作成する必要があり、時間的にも誕生日パーティーにギリギリ間に合うはず。
ローズレイ家は奇策に出たみたいね。
捨て駒にしては十分な働きだわ。でも、念には念を入れるべきよ。ドレス屋に信頼できる人間を派遣して、正しい情報を仕入れないと。
「とてもいい情報ね、嬉しいわ。でもね、あなたを疑うわけじゃないけど、他の人をドレス屋に派遣して、事実確認を進めるわね。本当に疑っているわけじゃないのよ。あなたがとても優秀なメイドだとわかっているもの」
本当は名前も知らないし、優秀だと思ったこともないけどね。
「……ありがとうございます。グレース様にそうおっしゃっていただけて、光栄に思います」
「わかってくれて嬉しいわ。正しい情報なら、お父様もお喜びになると思うの」
まあ、あなたが手柄を得ることはないわ。メイドの手柄は、私の手柄になるんだもの。
***
その日の夜、私はウォルトン家の屋敷の一室で、久しぶりに赤ワインを飲んでいた。
王妃教育期間中はアルコール類が禁止なんて、誰が作ったルールなのよ。本当にしょうもないルールだわ。いつまでも古くさい仕来たりに縛られたままでは、国が落ちぶれるだけね。
「うふふふ。とてもおいしいわ。やっぱり赤ワインと男は、良いものを選ばないとね」
ハイペースで飲み進めた私が赤ワインを一本開ける頃、ちょうど良い男がやってきた。王城にはいない、若くて甘~い匂いのする執事が。
「グレースお嬢様。例の件、どうやら事実のようです」
「そう。たまには捨て駒も役に立つことがあるのね。あの女が派手なドレスなんて……フッ、似合わなすぎて笑っちゃうわ」
今まで沈黙を守ってきたシャルロットが、まさか元婚約者の誕生日パーティーで反撃ののろしを上げようとするとは、考えてもいなかった。
王城で開かれる緊急会議を見る限り、まだローズレイ家の芽は摘めていない。パーティーはローズレイ派の人ばかり参加するし、下手をしたら、反撃の余地を与える可能性もある。
意表を突く鋭い手よ、シャルロット。でも、詰めが甘かったわね。
今でもあの時のような生意気なことが言えるのかしら。必ず裁きを与えに来るわ、なーんて、本当にくだらない。
ドレスの情報が手に入るだけでも、シャルロットの思惑が簡単にわかるんだもの。
煌びやかな服装がメインのウォルトン家に対して、派手なドレスでシャルロットが登場すれば、私の面目は丸つぶれ。おまけに普段は見せない派手なドレスを着ることで、敵の思い通りにはならないと、ローズレイ派を鼓舞しようと考えたに違いない。
ウォルトン家と正々堂々ドレス対決で戦おうとするあたり、昔から変わらないわね。まあ、おバカなところが、だけど。
「どんなドレスか調査は済んだ?」
「はい。今までのローズレイ家を一新するようなドレスとのこと。すでに完成図を入手しました」
完成図を受け取った私は、思わずフンッと鼻で笑ってしまった。
バラの花を活かした真っ赤なドレス、ね。今頃になって、あの
珍しくミニスカートのデザインにして、随分と頑張るみたいだけど。数少ない色気を出して振り向いてもらいたいなんて、必死すぎるわ。もう……意外に純愛だったのね、シャルロットちゃん。
「さすがね。捨て駒と違って、良い働きをしてくれるわ。じゃあ、私のドレスは……もっと王妃に相応しいものにしようかしら。うふふふ」
無愛想な王子のハートをわしづかみにして、シャルロットを黙らせるドレス。この対決で圧倒して、ローズレイ派を一気に黙らせてあげましょうか。
そして、最後の仕上げに、シャルロットが指を加えてるところで、ちょっとした大人の遊戯でも見せてあげるの。あの堅物女がどんな顔で悔しがるのか、本当に楽しみなパーティーになりそうだわ。
こんな楽しい日はもっと赤ワインを飲んで気持ちよくなるべきね、そう思っていると、執事に赤ワインを没収されてしまう。
「グレースお嬢様、飲みすぎです」
「たまにはいいじゃない。久しぶりに赤ワインを飲むのよ」
「明日、王城でお酒が残っているとバレたら、大変な目に遭います。お控えください」
「ちぇ、つまらないわね。まあいいわ。ちょうどおいしそうなデザートがあるんだもの」
チョンッと人差し指で執事の唇を触り、今日のデザートが何かを伝えてあげると、早くも執事は顔を真っ赤にしていた。
「お気持ちは嬉しいのですが、もう少し慎みをお持ちください。あなたは偉大なる聖女なのですから」
何度か体を交えただけで恥じらうなんて、本当においしそうな男ね。あぁ~、どうしよう。こういう男を絶望の淵に突き落とした時、最高に気持ちいいのよね。
今日で使い潰しちゃおうかなー。お酒を没収する悪い子には、お仕置きが必要だもの。
無愛想な王子を誘惑しなければならないストレスと、久しぶりのアルコールで自分の欲望が止められそうにない。ただでさえ、シャルロットの悔しがる顔を思い浮かべるだけで気持ちいいのだから。
恥じらう執事を無理やりベッドに押し倒し、手足を押さえつけるようにマウントを取る。
「赤ワインを没収した責任、ちゃ~んと体で取りなさい。心が壊れても知らないけどね」
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