第12話:ウォルトン家のメイド4

 数日後、ナタリーの厳しい王妃教育で情緒不安定になったグレースのために、街へ日用品を買いに行くことになった。


 一応言っておくが、私はグレースの専属メイドではない。ウォルトン家のメイドはロジリーにロックオンされているので、なぜか私がグレースの部屋担当みたいな雰囲気になっているだけだ。


 よって、「カーテンが落ち着かないの! とにかくカーテンを買ってきて!」と言われたため、ソフィアと一緒に買い出しに来ている。


「テーブルクロスも買っておいた方がいいよね。あとで言われるのも嫌だし、可愛いクッションカバーも買っておこうかな」


 なんだかんだで楽しそうなソフィアは、初めて買い物にやってきた子供のように、色々な店に目移りしていた。


「私の趣味には合いませんので、ソフィアさんにお任せします」


 一方、女の子らしい商品を好まない私は、早くも王城に戻りたくて仕方がない。


「シャルちゃんは地味すぎるよね。出会った頃から私服も無地ばかりで、似たような服しか持ってないんだもん」


 余計なお世話よ。ローズレイ家はシンプルなものが好きな家系であって、女の子っぽいオシャレを好まないの。


 心の中で反発したとしても、決して顔には出さない。どんな時でもメイドスマイルである。


 そんな私とは違い、ルンルン気分で買い物するソフィアの方が、模様替えの仕事は向いているだろう。


 私とソフィアは仲が良いとはいえ、趣味嗜好は正反対なことが多い。どちらかといえば、ソフィアもグレースと同じような可愛らしいものが好みだ。


 ピンク色や花柄に興味を抱き、ドレスにはフリフリや大きなリボンが付いているものを必ず選ぶから。


 ソフィアの実家に遊びに行った時も、随分と驚かされたのよね。天蓋付きのベッドで眠り、フリフリのパジャマを着ていたんだもの。親友が急に絵本に出てくるお姫様に変われば、さすがに開いた口が塞がらなかったわ。


 でも、信頼するソフィアの嬉しそうな顔を見れば、自然と受け入れることができる。普通に過ごしているだけで、いつも私の世界観を変えてくれる子なのだ。


 偏った意見に流されないようにするためにも、ソフィアと同じ時間を共有するのは、とてもありがたい。三大貴族のグレースとこういう関係になれれば、理想的な形になっていただろう。


 今更考えても仕方がないことだし、ソフィアが大切な親友であることには変わりないが。


「ん? どうかした?」


 改めて本人に伝えるのは照れ臭いので、伝えるつもりはない。


「いいえ。ソフィアさんの部屋も薄いピンク色だったなーと思いまして」


「あぁー……。正直、の気持ちがわからないでもないよね。広い部屋だと落ち着かないし、ボクは可愛い趣味だと思うよ」


 呑気に話しながら歩いているが、いま街で一番ホットな話題が婚約破棄なので、グレースの名前は出さないようにしていた。


 どこからか情報が洩れているのか、わざと情報を流しているのかはわからない。ただ、街の噂に耳を傾ければ、おそらく後者だと思う。


「どうやら本当に婚約者が変わったらしいねえ」

「不思議なことに、レオン王子の誕生日パーティーには、どちらも呼ばれているそうだぞ」

「まさかそこで相応しい方を王妃に選ぶ、っていうことなのかね」


 意図的に情報を流さない限り、ここまで詳しい情報は流れない。ローズレイ派を追い込む戦力の一つと考えるべきだろう。


 しかし、黒い噂が流れるウォルトン家が婚約者になろうとしている今、民衆がついてくるとは思えなかった。


「どうにも国王様が許可するとは思えないだよな」

「レオン王子もそうだ。国の未来を考えるなら、断トツでローズレイ家を選ぶだろう」

「間違いねえ。先月も違法取引を摘発して、伯爵家をギャフンと言わせたくらいだからな」


 仮に高貴な身分であったとしても、罪を浄化することがローズレイ家に与えられた使命になる。


 たとえ……それが王族であったとしても。


 だからこそ、取り返しがつかなくなる前に動かなければならない。どんな理由があったとしても、結果的にレオン殿下が悪事に加担したら、ローズレイ家として動く必要が出てくる。


 グレースが王妃になる前に何とかしないと。タイムリミットが迫っているのも事実だけれど、婚約者を奪い返した時、時間が経てば経つほど国民に説明しにくくもなる。


 信頼されているローズレイ家のシャルロットが、国民にまで『悪役令嬢のシャルロット』だと認識されることだけは避けなければならなかった。


「仲が良さそうには見えなかったが、本当に不仲だったのかねえ」

「ローズレイ家のシャルロット様は堅いからな」

「レオン王子もまだ若いんだ。可愛らしい聖女様に惚れちまったか?」


 人を裁く人間がヘラヘラしてはならない。他人にも自分にも厳しいからこそ、罪を裁く人間だと認められる。そのため、私とレオン殿下が仲睦まじい関係だと知る者はいない。


 この国を守り続けてきたローズレイ家の教えが、今となっては追い風にも向かい風にもなっていた。


 好き放題言ってくれるわよね。私だって、年頃の女の子なのよ。メイドの前でお色気攻撃をするグレースほどではないけれど、ちゃんと……本人にはアピールしているわ。


 街の声にムッとしながら歩いていると、不意にソフィアが顔を覗き込んできた。


「実際に見るまでは、納得できないよね。まさかシャルさんが甘えん坊だったとは」


「街中で変なことは言わないでください。あのことは忘れる約束ですよ」


 ニヤニヤするソフィアには、一度だけ見られてしまったことがある。


 レオン殿下の部屋を訪ねた際、どうしても我慢できなくて、すぐにキスをおねだりしたのだ。そうしたら、コソコソと物音が聞こえ始めて……。


 もう! 一生の不覚よ! いま思い出すだけでも恥ずかしいもの!


「今度からかったら、過去の恋愛相談の内容をすべて言いふらしますよ」


「えっ……。いや、それは釣り合ってないよ? シャルさん?」


「知りません。私にとっては対等です」


 誰に言うわけでもないが、ソフィアの恋愛相談を人質にして、私は難を逃れるのだった。

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