第6話


                  6


 あれから2年が経ち、智也と由(ゆゆ)が過ごした大学生活も、卒業と共に終わり、社会人としての、新しい日々が始まった。


 お互いが都合がいいのと、得意な分野の価値観で、智也と由は、同じ会社に就職することが出来た。得意な分野を生かせるのが楽しみな智也と、まず智也と一緒に居たい 由は、それぞれの思いと共に、新しい社会人生活が始まった。

 入社から一ヶ月経ち、会社の新入社員の研修が終わった。これからは、それぞれの部署に別れ、新しい社会人としての第一歩を歩んでいく。


          ◇


「智也、研修って、結構色んな事を詰め込まれるんだね、毎日が新しい事ばっかりで、社会に出るための心構えを知らされた気分ね」

「うん。会社の方針、会社の規則、利益のためのノウハウとか、色んな人の講義があったけど、人によって分かりやすい人と、説明があまり上手くなく、理解しがたい講義もあったな」

「あ~~、あったあった。 でも最後のレクリエーションが楽しかったね」

「そうだな。食事も美味しかったしゲームも楽しかったし、面白い人は、新入社員の気持ちを掴む事が上手かったと思うな」


 コレからの事を思うと、不安が多かった新社会での日々を、この1ヶ月で研修を含め、少しはリラックス出来たと思える様になった。



           ◇



「伊藤! この製品 ココじゃあないぞ、良く画面を見ないと先方からクレームが来るぞ」


 タブレット画面を見ながら、再確認する。


「はい、すみません…、あココですね、分かりました」

「おお、それでいいんだ。落ち着いてやれば出来るんじゃあないか、その調子で頼む」

「はい」


 分からない事はとにかく聞く、新米なのに、分かったふりをすると、後でとんでもないミスがあったりする様に思えるので、智也は先輩たちの指導を真剣に自分のモノにしていく。

 智也は会社にある大きな倉庫の管理をしている部署への配属になっていた。


 一方、 由の方は。


「高橋さん、ここの出荷チェックもう一度見てくれる? それ終ったら、この荷の入庫チェックもお願いね」

「はい」

「高橋さん、覚えが早くって助かるわ~」

「いえいえ、指導が良いからです」

「またまた~、褒めても何も出ないからね」

「あはは...」


 由の方は、製品の入出荷をチェックし、それを管理して、製品納入と出荷を扱う業務に就いている。

 各々、先輩たちの指導が日ごとにレベルアップしていく。それについて行くだけで精一杯なのに、自分たちのレベルが伴わない気がしてもどかしくなる。


 次第に残業も増えてきて、帰りが遅くなる日々が続くようになってきた。

 そうなると、いくら若いとはいっても、さすがに疲労が出てくる。そんなため、最近は殆ど智也と由が合える時間が少なくなってきて、疲れも押してか、すこしづつ智也と由の会う回数が減っていった。


 半年ほど経つと、会社の中の自分としての位置が良く分かって来て、周りの人と上手くやれるようになってきた。しかし、相変らずの忙しさで、週休二日制が、隔週土曜日が勤務になってしまう、忙しさになっていた。 



 この頃から会社に頻繁に出入りしている業者のひとつで、営業マンの若い男が、由に近づくようになってきた。

 その若い男 西城 司(さいじょう つかさ)は、製品納入後、入荷チェックをしている 由に、頻繁に言い寄って来て、それが数回続いた後には、色々な誘いをしてくるようになり、困っていた。

 社内では、智也と由が交際しているのを知っている者は、少なからず居るが、社外ではその事を知るはずもなく、容姿が良く人当たりが良い 由は、周りに対してそこそこの好印象があったため、好意を持つ者が増えていった。その中で、西城はイケメンの容姿を武器に、由に対して、頻繁に言い寄って来るのだった。



                ◇



 最近の智也は、家に帰れば、夕食後、風呂に入って、由 とのメッセージのやり取りの後、布団に倒れこむ様に寝入る日々が続いた。

 そんな多忙な日々が続くある週末、この週末は、土日で休みが取れるとあって、ゆっくりと風呂に浸かることが出来る。


          △


「は~~、今週は土日が休みだ、疲れを癒すにはいいな」


 そう独り言を言っていると。


「お兄ちゃん、入るよ」


 ひとみの声がしたので

「ああ」

 と言って、了承した。


「えへへ~....、お兄ちゃん久しぶりだね~」

「ああ、そうだな」

「いつもお疲れ様、お背中流しましょうか?」

「お、いいのか?」

「うん」

「じゃあ頼む」


 そう言って、かけ湯をしたひとみが、湯船から出た智也の背中を洗っていく。


「お兄ちゃん、ちょっと痩せたね、お仕事忙しいみたいだね」

「ああ、ある程度は知っていたが、あんなに忙しい業種だとは思わなかった」

「私、小さい頃からこの背中を見て育ったんで、なんか可哀そうに見えるな....」

「それでも、近頃は慣れてきたんで、ひと頃の時期よりは、体重が戻ってきているんだ」

「そう....。でも体調には気を付けてね、由ちゃんも心配しているんでしょ?」

「由 とは、スマホでのやり取りがあっても、社内ではなかなか会えないな」

「そんなんでいいの?」

「多分だが、由 も忙しいと思うので、この2日はじっくりと休みたいみたいだ」

「え~! 会わなくっていいの?」

「会っても、多分二人で寝入るだけのデートになるだろうな」

「それでもいいじゃん、会わないと疎遠になるよ?」

「まさか、それは無いと思うぞ」


 そう言ってからひとみが。


「お湯掛けるよ」

「おう」

「前は自分でやってね」


 そう言って、ひとみが湯船に入った。


「相変わらず、胸デカいな ひとみ」

「えへ、自慢だからね」

 と言って、胸を張り出すひとみ。

「分かった分かった」


 そう言ったひとみが、智也の胸板を見つめて。


「でも、お兄ちゃん、筋肉質になって来たね」

「ああ、事務兼倉庫内の作業もあるからな、体力がないと、務まらないかな」


 洗い終わって、再び湯船に浸かると


「ウチ、大きなお風呂で良かったね。二人で入っても余裕だね」

「はは、父さんと母さんも殆ど一緒に入ってるからな、だから大きな風呂にしたそうだ」

「ホント、ウチの両親って、仲がいいよね」

「俺たちも、だな」

「うん」


「さて、出るかな」


 そう言って、智也が先に風呂から出て行く。


(由に連絡とって、明日会えるか聞いてみよう....)



 色々心配してくれる妹の優しさが嬉しいと思う、智也だった。



         △



「もしもし」


『はいもしもし、智也、どうしたの?』

「いや、元気かなと思って」

『ありがとう、最近全然会えてないね、ちょっと寂しいよ』

「久しぶりに、ゆっくり会いたいな。この週末は空いてるか?」

『特に予定はないけど、何時にする?』

「朝早くてもいいかな?」

『9時ならいいよ』

「おっけ~。じゃあその頃迎えに行くけど、何処に行きたい?」

『ハッキリ言っていい?』

「ああ」


 少し間を置き。

『えっとね...、おうちデートがいいかな』

「はは、オレと同じ考えだな、じゃあ俺ん家(ち)でいいかな? お泊りセットで...」

『何か久しぶりに楽しそう』


 やはり 由(ゆゆ)とは本当に波長が合う。 疲れている体を気遣ってくれるところに、愛しさがこみ上げてくる。久しぶりに長時間会えるとなって、二人の気分が昇(あ)がる。


 その後、もう少しだけ話して、電話を切った。



                 ◇



 明けて土曜日。今日は智也と由(ゆゆ)の久しぶりのデートである。


 朝8時半に智也が車を出す。 

 由の家まではおよそ15分くらいなので、少し早めに着く予定だ。着いた後は、由の家の近くにある、バーガーショップに行き、モーニングセットで、少し遅めの朝食を摂る予定だ。




 高橋家に着き、両親に挨拶をしていたら、由が奥から出てきた。

 相変わらず黒髪のサラサラセミロングに、今日は 白のブラウス、濃紺のスキニージーンズに黒のパンプスと言う出で立ちだ。小さなスーツケースを手に持ち、母親に挨拶をしている。


「智也くん、由をお願いね」


 と母親から言われ、返事をして、由を助手席に乗せ、出発した。


 

「智也、ホントに久しぶりね、これからの事を思うと、この週末が楽しみだわ」

「ホントに、やっと二人になれて、嬉しいよ、由も今週は、まったりしような」

「うん!」


 二人の楽しい時間が始まった、予定通りバーガーショップに行き、モーニングセットを頼み、お喋りをしながら、ゆったりとした時間を過ごす。

 世間話、会社での色んな噂話など、会話には事欠かない。その中で、今 由が一番困っている、西城の事を話した。



「社内では俺たちの事を少数だけど、知っている人が居るけど、社外の人は知らないからな~」

「何となく知って欲しい感を出しているのに、気が付かないんだよね、困っちゃうね、ホント」


 心配そうな顔をして、智也が聞く。


「まさか、ソレに靡(なび)いてないだろうな 由」


「言っときますが、智也一筋ですけど」

「ありがとうございます」


 この一言が、二人を安心させた。


「うふふふ....」


 久しぶりに目の前にお互いの愛しい恋人がいる。最近十分に会えていない事を思うと、この今が二人にとって、大事な時間と言う事を、改めて思うのであった。



 

「何か 由が俺のモノだって言う証が欲しいな」

「そうだね」

「う~~ん、何て言うのかな、いきなり婚約指輪ってのは早いし、でもやっぱり、今の段階だと、ペアリングってのが妥当なのかな?....、どうだ?」

「それだと会社の人にはみんなバレちゃうよ。私はいいけど....、うふ」

「それはそれで、なんか照れるな」


 由が少し考えて。


「ねえ、一度見に行かない?」

「そうだな。参考までに、見に行ってみるか」

「あは!うれしい」

「ま、取りあえず今日の土曜日は動いて、今晩から明日にかけて、二人でまったりしような 由」

「うん!」


 そう言うと、食器を片付けて、バーガーショップを後にして、行き先を大型ショッピングモールへと、変更した。



          ◇



 ショッピングモールから出て、伊藤家に向かう。

 

先ほどのジュエリーショップで、色々店員に説明してもらったものの、シンプルがイイという事になり、結局....。


「私たちの好みって、やっぱシンプルだよね」

「平凡なカップルだからな」

「でも嬉しいよ、智也とお揃いのリングって....」


 二人の左手薬指には、先ほどショッピングモールのジュエリーショップで購入した、デザインリングが光っていた。 

 結局は購入したのだが、その指輪を見ながら、由は 助手席で鼻歌を歌っている。よほど嬉しかったんだろう。


「ねえねえ智也」


 嬉しそうに、智也に問いかける 由。


「なに?」

「さっきモールの駐車場で、このリングを嵌めあった時、何かジ~ンと来るものがあったね」

「婚約の予行演習みたいな?」

「う~ん....、なんていうかな~....」

「なんだよ」

「えへへ。でも、このまま智也ん家(ち)に行ったら、両親とひとみちゃん、驚くかも」

「まあ、最初に気が付くのは ひとみだな」

「そうね、いきなり尋問モノね、一時間は...」

「あははは、絶対ありうるな、ひとみなら」

「その後は、お母さんね。結婚するの?...って聞かれそう」

「するけどな」


「........」


「??」


「........くすん....」


「どうした ゆゆ....」


「と..もや....、嬉しいよ~~....、うわ~~~ん!!」


 いきなり 由が泣き出した。


「おいおい! 泣くなよ、でも本気だぞ俺は」

「また言う~~....、うあ~~~~~ん....」

「あ~....もう、ホレ! 涙拭けよ」


 そう言って、智也がティッシュを箱ごとを渡す。


「だ、だって、う...、嬉しいもん....、え~~~ん....」


二人の薬指のリングが、眩しい輝きをしている帰り道だった。




          ◇



「ただいま~」


 伊藤家に着いて、智也が言う。


「あ、お帰り。 由ちゃん 今日お泊りだってね、聞いてるわよ、楽しみね~」

「はい、お邪魔します」

「ゆっくりまったりして行ってね。あ! 夕飯は手伝ってね」

「は~い」

「うふふ、楽しみだわ~」


 由は智也の家にお泊りに来るときは、大体 母親と一緒に夕飯を作る様になってきている。 無理はしなくてもいいと 由には言ってあるのだが、由は。


「お母さんとおかず作るのが楽しいの、智也の好きな色んな事を教えてもらえるから」

 と言っている。


「それはそうと、何?あなた達、いよいよ結婚でも考えているの?」


 そら来た!

「ほらな?」


 智也が 由に 当たり と、言わんばかりに、言った。 その後。


「お帰り、お兄ちゃん 由ちゃん」


「「ただいま~」」

「声揃ってたね~、まるで自分の家みたいな言い方....って、あれ?あれ?あれれ?....、どう言う事かな?お二人さん、これは尋問をさせて頂きたいのですが....」


 そら来た!

「ほらな?」


 智也の二度目のドヤ顔だ。


 順番は違ったが、母親、ひとみ共に、二人の薬指を見ての、リアクションだった。


(やっぱな~....)


        △


「コホン....。 では早速答えてもらいましょうか、お二人さん」


「何をだ? ひとみ」

「それ言う?....、その薬指の状態で」

「はは....、まあな」


 今まさに、ひとみの部屋で、智也と由への尋問が始まろうとしている。


「では....。何故そう言う事になったのか、説明をお願いします」

「そこ気になるよな....、やっぱり」




 と言いながら、由が会社での事を説明した。


「はふほほ~、ほういうほほはっはんへふか~」(なるほど~、そういうことだったんですか~)

「ひとみ、バームクーヘンを飲み込んでから喋ろうな」

「ふぁい」


 ミルクティーを飲んだ後、仕切り直すひとみ。


「由ちゃんも大変だね、やっぱ美人って、ほっとかれないからね~」

「私が?....、そんな事無いと思っているんだけどな~」

「あはは、由ちゃん、自分の美人度を理解してないんだ」

「おう、オレもそう思うぞ 由」


 自覚が無いのが怖いと思った智也。


「だって...、私くらいの人って、そこら辺にいっぱい居るんで、何故私に迫ってくるのか、良く分からないの」

「ダメだこりゃ! ぜ~んぜん分かってない」


「あ!」


「なんだ?ひとみ」

「あのね、そう言えば、はまちゃん とこの、雅さんも、以前は会社でOLしていたんだって」

「それとこれと、どういう関係なんだ?」


「でね、雅さんって チョ~~~ 美人じゃない? それで、社内問わず、社外からの男からも、言い寄られていたんだって」


「「納得!」」


「それで、そのうちに 雅さんがあまりにもモテるものだから、他の女子社員が嫉妬し始めて、嫌がらせを受けていたらしいの。それに上司からも、何かしらのセクハラがあったらしいよ」

「やっぱ超美人って、色々あるんだな、やだやだ女の嫉妬」

「それが理由で、会社を辞めたって聞いたよ」

「会社アルアルだな....、でも、本当にあるんだな、会社でそんな事...」


 黙っていた 由が。


「智也、私それほどじゃあないけど、あの西城さんって言う人、しつこくって中々諦めてくれないの、だから何とかこのリングを見て、諦めてくれるといいんだけど」

「そうなんだよな。一緒の会社なのに、部署が違うだけで、殆ど全く合わないからな、心配だな」

「智也と一緒に、社食でお昼が食べたいと思っていたのに、今まで数回しか出来てないよね」

「意外とそうなんだよな。こうやって由とゆっくり会えるのも久しぶりだから、この週末がとっても楽しみだったんだ」

「わたしもよ....智也」


「ゆゆ....」


「ともや....」


「「.......」」


「ちょ、ちょ、ちょっと~!....人の部屋でラブシーンは勘弁してよお二人さん」

「「あ!!忘れてた」」

「忘れるな~~~!!」


 由が小さくテヘペロ をした。


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