第23話 ある日夫婦に水が差されて
「銀杏くん、銀杏くんっ」
京都研修が始まる直前、一人の女の子が僕に話しかけてきた。
ミカサちゃんと同じくらいの背丈で、無垢そうな瞳の元気な子。
髪はロングで茶髪。結んではいない。
ミカサちゃんほどではないが世間一般的には『可愛い』部類に入るのだろう。
「どうしたの?」
ミカサちゃんがトイレに行っていて話す相手がいないため、この子の話を少し聞こうと思った。
「銀杏くんって今日の京都研修、誰かと回る予定ある?」
「うん、ミカサちゃ……、あーミカサ先輩と回る予定だよ」
そう僕が答えると、その女の子は一瞬残念そうな顔をする。
「もしかして二人って付き合ってる?」
不意打ちの質問をされ、焦りから少しむせた。
「な、なんでっ。そう思うの?」
「いやだって明らかに……」
そこまで言ったところでその女の子は本題を思い出したかのように顔を上げ、僕を見つめた。
「そうそうっ、もし邪魔じゃなかったら私も同行していいかな」
「うん、全然いいよ」
ミカサちゃんに許可を取ってないが大丈夫だろう。
大人数で回るほうが楽しいもんな。
そんな軽い思考でOKしてしまった自分を僕は後々悔やむこととなる。
「あ、私の名前は
そう元気に言って手を振りながら去っていく。
去り際、彼女が向こうを向いたとき、かすかに口角が上がった気がした。
「はーい空木中の生徒集まってくださーい」
先生のその掛け声に全員が反応し、その一人の先生を囲むように生徒が集まる。
それと同時にミカサちゃんがトイレから全速力で戻ってきた。
「はあ、なんとか間に合った……」
「おつかれさまです」
そこから少しの注意事項を聞いたのち、午前9時、波乱だらけとなる京都研修がついに始まった。
「ついに始まったなっ」
相変わらずのテンションでミカサちゃんが話しかける。
「どこに行きましょうか」
そんな他愛のない会話をしながら駅出口まで歩く。
そこまで歩いたところで、一大事に気づいた。
「おーい、銀杏くん、ミカサ会長。こっちでーすっ」
シズクが大声で僕たちの名前を呼ぶ。
しかし、問題はそこではない。
「おい、ユメ。誰だあれは」
隣から殺気を感じる。やばい。
「すみません、ミカサ先輩。シズクがどうしても僕たちと回りたいというものなのでミカサ先輩の許可なしに約束を取り付けてしまいました……」
そう言って少しうつむく。
そんな僕に短くため息をつき、腕を組んだ後。
「まあいい。見た感じいい子そうだしな」
そうこころよく……ではないが、許してくれたミカサちゃんにお礼を言い、ベンチの側で待っているシズクのもとへと二人駆け寄った。
「で、どうするんだ」
隠しているつもりなのだろうが、全然隠しきれていない殺気をおし隠すよう僕が少し誇張した声で話し始める。
「今日だれか予定立ててきましたか?」
その問いかけに反応する声はゼロ。
つまるところ僕を含め誰も予定を立ててきていないということだろう。
「誰も立ててきてないようですね。まあ僕もなんですけど……。じゃあ時間はたっぷりとあるので各々行きたいところ1つずつ挙げていってそこに行きましょう」
「いいよっ」
そう反応してくれたのはシズク。
「ユメの言うことなら私は反対しないぞ……」
うーーん、気まずい。
「じゃ、じゃあミカサちゃんはどこに行きたいですか? 地形は把握しているのでどこでも案内はできますよ」
そう問いかけ、こころなしかミカサちゃんの不機嫌さがとれたかのような気がした。
あくまで気がしただけだが。
やはりミカサちゃんを怒らせてしまっただろうか。
数分前の自分をひどく悔やむ。
「……金閣寺」
「き、金閣寺ですね。分かりました。シズクはどこ行きたい?」
やっと答えてくれた。
ミカサちゃんの反応に一瞬だけ
「私は、銀杏くんが連れて行ってくれるところならどこでもいいけど、
「ああ、伏見稲荷ね分かった」
そう二人の意見が出たところで頭の中でマップを整理し始める。
もう、雰囲気に殺されそうだ。
そんなことを心の奥底で思ったとき。
「ユメくんはどこか行きたい場所ないのか……」
少し殺気は混じっていたが、そう、ミカサちゃんは僕に訊いてくれた。
たしかに、僕は行きたいところを言っていない。
それに気づいてくれたのだろうか。
不機嫌になってでもここまで優しい。
そんなミカサちゃんの心意気にほっとする。
「あ、ありがとうございます。僕はですね……ん~~。あっ、清水寺行ってみたいです」
「そうか、じゃあそれもルートに入れてくれ。シズクさんもそれでいいだろ?」
な、なんだかけんか腰の入っている言い方だが本人はそれに気づいていないよう。
そんな問いにシズクは。
「はいっ、いいですよ。清水寺私も一回は行ってみたいと思ってたんですよね~」
そう、この雰囲気を打破するかのような明るい声で答える。
言葉の終わり際、少しミカサちゃんの方に視線を向かせ、
まあ、気のせいであろうが。
「……できました! さっき二人が挙げてくれたのも含めて、最高の京都研修ルートを作成しました。これで回っていきましょう」
「ああ、いいぞ。ありがとなユメ」
「はいっ、早速行きましょうか」
そう、それぞれから返事を受け、少々気まずい雰囲気の中修学旅行最終日、京都研修が始まった。
In京都タワー
駅から徒歩2分の距離をユメくんを挟みながら歩き、到着する。
京都タワー。
京都駅烏丸中央口前に大きくそびえたつ京都市の象徴的建造物。
台座となっている京都タワービルを含めた高さは131メートルにも及び、京都市内では最も高い建造物となっている。
1963年に着工し、総事業費38億6400万円、工事期間1年10か月の末、1964年12月28日に開業した。
海のない京都の町を照らす灯台をイメージした通り、長年に渡って京都の府民、そして町並みを照らし続けたに違いない。
そう思わせるほどの壮大さだった。
外から見上げたら首が痛くなるほどだった。
それほどに高いということなのだろう。
「じゃあ僕は受付してきますね」
ユメくんがそう私たちに言い、受付に出向く。
残された私はこの子と何を話せば良いのだろうか。
私はあまりこの女が好きではないのだがな。
ユメくんが許可したのだ。私に断る余地はないだろう。
今のところユメくんには手も出していないようだし、嫌な思いもさせていない。
まだ私の許容範囲だ。
ひとまず、私が感情的になりすぎたとき結婚していることがばれないかだけを最優先で考えなくては。
それにしても。
「シズクさん可愛いな……」
「? 何か言いましたかミカサ会長」
思わず口に出てしまっていたらしい。
「なんでもない。強いて言うならばあまりユメに触らないでくれ」
「はは、ミカサ会長怖いですよ。でも、銀杏くんとは別に恋人でも何でもないんですよね。聞きましたよ」
「っ……」
私の背中に
「じゃあ何しても問題ないですよね。二人は夫婦じゃあるまいし、法にも何にもふれてませんしね」
くそ、今に言い返してやりたい。
ユメくんは私の夫なんだぞ。世界に一人しかいない旦那様なんだぞ、と。
ただ、それを明かすのは今後の夫婦生活を全て潰すことになる。
そんなことはしたくない。
ならば、夫婦ということをばらさず、なおかつ私たちが恋人だといううわさも流さずにシズクさんをユメくんから引き離すしかない。
この修学旅行最終日、新たな目標を掲げたところで立ち上がり、受付からこちらに向かってくるユメくんを迎え入れた。
「じゃあ行こうか」
二人はユメくんの声に反応して笑いかける。
そんな二人にユメくんは少し困惑したような表情を見せながらも、私たちをエレベーターまで連れて行ってくれた。
今私たちがいるのは京都タワー本体の最下部。
ここではそのすぐ下の京都タワービルと京都タワーの連結部のため、多くの客でにぎわっている。
平日のため、ニュースで見たほどに多くはなかったが、それでも動きにくいことに変わりはなかった。
周りは親子連れや、特にカップルが目立った。
そのせいもあろうか、少しざわついている。
「ミカサ先輩、シズク、離れないでくださいね」
「お、おう分かった」
「うんっ」
ユメくんのそのいきなりの呼びかけにびっくりしながらも二人そう返す。
こういういちいち心配してくれるところも好きだ。
なんだか、胸が結婚前は感じたことがなかったもので満たされるような感覚になる。
そして入るエレベーターの中。
中はもちろんすし詰め。イチャイチャする隙間なんてなかった。
まあ、どちらにしろシズクさんがいるからできないのだが……。
そう少し残念に思いながらも人をかき分けながらユメくんについていく。
「あっ、シズク!」
エレベーターに全員が乗り終わったと思った刹那、そうユメくんの声がフロア内に響いた。
エレベーターの中で少しうつむき加減だった私は即座に首を上げ、ユメくんの目線の先に視線を送る。
「……あっ」
気づかなければよかった。見なければよかった。反応しなければよかった。
そんな後悔が一気に私を襲う。
「ご、ごめんね、危なかったよ……」
今起きたことを順を追って説明しよう……。
まず、私がほぼぎゅうぎゅうのエレベーターに乗った。
そしてそのあと入口付近にユメくんが乗った。
そして案内の人がドアを閉めようとしたその刹那、ユメくんが人にもまれてまだ乗車できていないシズクさんを見つけたのだ。
そしてユメくんがシズクに
そしてシズクさんは、その手を取ったのだ。
もちろん、どちらも悪いことはしていない。
ましてやユメくんなんか人を助けたのだ。
自分の旦那様が人を助けたのだぞ。
すごいことじゃないか、誇るべきことじゃないか……。
そう自分に自己暗示するが一度かかってしまったもやがとれない。
なんなのだこの感情は。
胸が締め付けられるような、感じたことのない新しい感覚、感情。
「危なかったね」
ユメくんがシズクさんにそう話しかけた直後ドアが閉まる。
シズクさんは見せつけるかのように、そのユメくんの細い腰にしがみついていた。
ユメくんに顔をうずめているようだったが、私には見えた。
シズクさんの口角が僅かにあがるのを……。
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