第5話 ある日旦那様がお勤め(部活)に行って

 七月某日 土曜日


 今日は旦那様の部活がある日だ。

 私はもう引退しているため土日に学校へ行くことはほぼないのだが、ユメ君は当たり前のようにある。

 そんなことを考えながら、パジャマからルームウェアへと着替える。

 今日ばかりは制服も着なくていいのだ。


 なんてったって今は生徒会長ではないのだからな。

 今はさしずめ、ユメ君のお嫁さん……というところだろうか。

 自分で想像して我知らず赤面する。

 頭の中にユメ君の顔が浮かんできたところで、昨晩のことが思い返された。

 一気に顔が火照っていくのを感じ、両手を頬に当てる。

 まさかユメ君があんなに甘やかしてくれるとは。

 昨日は私史上一番、人に甘えた日かもしれない。


 トイレまで行くのでさえ、旦那様に抱っこして連れて行ってもらっていたくらいだからな。

 何をしてしまったんだろう。

 そう思い返しながらふと時計を見ると既に7時45分。

 少し焦るが、今日は土曜日。

 いつものように35分に出る必要はないのだ。

 ユメ君も休日部活の日は8時に家を出ると言っていたため、まだ少々時間はある。


「そろそろ下に降りるか……」


 そうこぼし、朝食の匂いとフライパンの炒める音をかすかに感じるリビングへと向かった。




「おはよう、ユメ君」


「あ、おはようございます。朝ごはんもうすぐでできますよ」


 おお、料理をしているだんな様、かっこいい。

 朝一からいいものが見れた。

 そんなことを考えながらもう一度ユメ君の方向を見ると、私の姿を凝視していることが分かった。


「? どうしたんだ、ユメ君……」


 私がそう問うと、ユメ君ははっと我に返りこう言い出した。


「す、すみません。その、ミカサちゃんの部屋着があまりにも可愛すぎて……見惚れてしまいました……」


 こういうだんな様の正直なところが好きだ。

 好きなところを挙げだしたらキリがないがな。

 しかし、それは素直にうれしい。

 女の子にとって自分の服を褒められることほどうれしいことはないのだ。


「おお、ありがとう。特に気にしてはいなかったのだがな」


 私の今日のルームウェアは少し大きめの真っ白なTシャツにジーンズの短パンという軽装。

 最近暑くなってきたためか、こういう服が増えてきた。


 しかし、あまりにも顔を隠し過ぎではないか、私の旦那様は。

 そう思っていると、まさかの事実がユメ君の口から放たれる。


「ミカサちゃん……、肩、見えてます…………それ、ヒモ……」


 そう言って私の肩を左手で顔を隠しながら指さす。

 その指に釣られ視線を右肩に落とすと、だぼだぼのTシャツの襟袖から女の子の下着のヒモが見えていた。

 私はとっさにそれを隠す。


「えっち……」


 私がそう発するとユメ君が慌てふためく。


「な、そんなあ……」


 まあ、結婚しているわけだし、私も別に見られて気にするような人ではないのだが。

 それでも女の子。

 見られれば反射的に隠したくなるものだ。


「そんなに落ち込むな、別に気にしてはいない」


 そう私が諭すと、ユメ君からこんな心配事が飛んできた。


「でも、僕以外の人がミカサちゃんの下着を見るのは…………嫌です」


 はあ、なんて愛おしいのだろう。

 そんなところまで私を心配してくれるとは。


「安心しろ、私が下着姿を見せるのはだんな様の前だけだ」


 その言葉に二人の顔が赤く染まる。

 いや、ユメ君の方が明らかに赤くなっていた。

 耳まで赤いのがこの距離でも分かるのだから。


 流れに任せて爆弾発言をしてしまったことを軽く後悔する。

 これはつまり、のちのちはユメ君に私の下着姿を見せると約束してしまったも同然になるのだ。


「ふう」


 まあいい、もうテーブルの上には二人分の朝食が置かれており、スクランブルエッグとウィンナーが良い香りを出している。

 ザ・朝ごはんという感じだ。


「ほら、ユメ君。朝ごはん食べるぞ」


 その呼びかけに反応し、台所からリビングに回ってくる。

 私もテーブルに座り、ユメ君が向かいの席に座るのを待った。

 ユメ君が私の隣を通るとき、かすかにいい匂いがした。

 いつ嗅いでも癒される匂いだ。


「じゃあ食べましょうか」


「「いただきます」」


 そう二人でそろえ、ユメ君の朝ごはんを食べ始めた。

 さっきのこともあってか、少し気まずい雰囲気だったというのは言うまでもないだろう。





ーーーーー





 朝ごはんも食べ終え、片付けに入る。

 もうすでに7時55分。

 旦那様はもうすぐ家を出ないといけないのだが、まだ着替えすらしていない。

 にもかかわらず、今から茶碗を洗おうとしていた。

 さすがにそれでは間に合わないであろう。


「ユメ君、今日は私がやっておくよ。8時に出るんだろう? もうあと5分しかないぞ」


 仕方がない、今日は私がやっておくとしよう。


「ありがとうございます。それじゃあ任せますね。僕は自分の支度してきます」


 そう言って頭を下げ、部活へ行くための準備を始めた。

 そこまでして、この考えが頭をよぎった。


 もしかして私、今日初めての一人きりなのか。


 よくよく考えてみるとそうだ。

 結婚して以来、一人でこの家にいたことはない。

 ましてや、ユメ君からこんなに長時間離れたこともない。

 学校でも数十分に一回はどうしても会っている。

 私、半日もつだろうか。

 ユメ君がいないという寂しさに。


 そんな思いもむなしく、間もなくしてユメ君が家を出発する時刻となった。

 慌てて玄関に駆けつける。

 その足音を聞きつけてか、靴を履いている途中のユメ君が顔を上げて振り向いた。


「ミカサちゃん、行ってきます」


 そう言ったユメ君の顔は私を心配させないためか笑顔だった。

 それでも寂しいものは寂しい。


「旦那様、その……寂しいから、抱きしめてくれないか。抱きしめてくれたら私、半日がんばれるから……」


 何を言っているのだろう。

 早く出発しないといけないのに。



  ぎゅっ



 そう少し落ち込んでいると、私の体がユメ君の香りで包まれた。

 それと同時に背中に手を回される。


「行ってきます、ミカサちゃん」


 その言葉の後、私の体からユメ君が離れ、玄関の扉が開かれた。


「いってらっしゃい、ユメ君」




 ああ、これが幸せなんだ。


 そんなことを思い、ユメ君に頼まれた皿洗いを片付けるため、再びリビングへ戻った。

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