第3話 ある日夫婦は寝起きでもイチャつけて
「じゃあ、呼びます。…………」
僕は口を小さく開き、『
「ミカサちゃん」
「……はい…………」
なんだこの微妙な空気は。
僕が出した答えは『ちゃん付け』。
ミカサちゃん、ミカサちゃん、なかなか似合っているのではないだろうか。
「じゃあ、ふたきりの時はこれで……」
「わかりました……」
少し微妙な空気が流れる。
ミカサちゃんの顔が紅潮し、うつむいていても耳まで真っ赤になっているのが分かる。
僕はこの空気に耐え難くなり、提案を出した。
「じゃ、じゃあ、明日も学校ですしそろそろ寝ましょうか」
「おう、そうだな」
「おやすみなさい、ミカサちゃん」
「おやすみ、ユメ君」
そう言い残し、僕は自分の部屋へ戻った。
ーーーーー
七月某日、金曜日。
ピピピピ、ピピピピ
まだ半分夢の中で、電子音が鳴り響く。
薄暗い部屋の中にカーテンの隙間から日が漏れ出し、それがちょうど目に当たる。
寝ぼけ半分で目を開き、いまだに鳴り響いている目覚まし時計を止めた。
上半身を徐々にお越し、あくびを一つ。
目をこすって照明は点けないままドアへ向かい、二階の廊下へ出る。
一階から物音が聞こえないためお嫁さんはまだ寝ているのだろう。
起こすべきか。
まだ少し寝ぼけているため、正常な判断はできないが、これは起こしてもいいのだろう。
なにせ僕とミカサちゃんは昨日から夫婦なのだから。
着替えている途中でも、寝ている間にパジャマがはだけていたとしても、それを見てしまってもなんら問題はないのだ。
「……起こすか」
廊下をゆっくりと進みミカサちゃんの部屋の前で止まる。
一応ノックはするが、返事は無い。
ゆっくりとドアノブを回し、まだ薄暗い部屋の中をのぞいた。
夫婦といえど、女の子の部屋に入るのは少なからず抵抗があるのだ。
「失礼しまーす……」
返事は無いながらもそう言って部屋へ一歩を踏み入れた。
部屋全体は白で統一されており、『
部屋全体がミカサちゃんの匂いで満たされており、何か変な
ゆっくりとミカサちゃんが寝ているベッドに近づく。
残念? ながら期待していたシチュエーションは一つとしてなかった。
しかし、寝起きに見る、お嫁さんの寝顔ほどかわいいものは無い。
こんなことしてはいけないと分かっていながらも、しゃがんでお嫁さんの寝顔を覗き込んだ。
少しよだれを垂らしている姿も愛らしく、なによりパジャマ姿にグッときた。
「……抱き着いてもいいかな」
思わず口に出ていることに気づき、両手で口をふさぐ。
どうやら聞こえていなかったようだ。
しかし、寝ているお嫁さんに抱き着きたいという気持ちは抑えられない。
夫婦だからなんら問題は無いはずだが、なぜか背徳感を感じる。
そう心では思いながらも、体はミカサちゃんに近づいていく。
あと数センチで、ミカサちゃんに触れることができるという瞬間に事件は起きた。
お嫁さんがお目覚めになったのだ。
「……あ……」
「ん?……」
ミカサちゃんは目を開くや否や僕と目を合わせ、ミカサちゃんの体すれすれで止まった手と僕の顔を交互に見る。
「……旦那様、何をしようとしていたんだ?」
終わった。
でも嘘はつきたくない。僕は正直に言うことにした。
「ミカサちゃんを抱きしめようとしていました……、すみません……」
僕がそう正直にそう打ち明けると、ミカサちゃんは少し戸惑ったような表情をしたのち思わぬ行動を起こした。
「わっ」
ミカサちゃんが僕の手を引っ張り、自分のベッドの中に引きずり込んだのだ。
「えっ、何してるんですかミカサちゃん……」
あまりに突然の出来事に困惑する。
「そんなことなら別に隠す必要はないぞユメ君。私たちは夫婦なのだから」
自分の顔が熱くなっていくのを感じる。
恐らく首の後ろまで真っ赤なのだろう。
ミカサちゃんが僕の体に足を巻き付け、抱き枕のように抱いてくる。
いいにおいがする。そしてあったかい。
女の子って体温高いんだな。
そんなことを幸せの中で思った。
そしてもちろん、向かい合って抱かれているのだからアレはもろ顔に当たっている。
僕のお嫁さんは特別大きいわけでもないが、すごくやわらかかった。
夫婦ってすごいな!
そして少しの間二人で二度寝した後、慌ただしく支度を行った。
ーーーーー
「ごちそうさま」
僕が片付けをしている途中でミカサちゃんがそう声を上げる。
「ユメ君も料理はできるんだな。おいしかったぞ」
朝に弱いお嫁さんの代わりに朝ごはんをつくり、こんなご褒美が待っているとは。
朝ごはんは僕の担当になりそうだ。
「ありがとうございます、ミカサちゃんにそう言ってもらえるとうれしいです」
「明日もよろしくな」
これからの朝ごはん担当がほぼ確定したところで、ふと時計をみる。
昨日までバス通だったため、何時に家を出ればいいのか分からない。
「そういえばミカサちゃん、家何時に出ますか?」
すると、何かを思い出したかのように顔を上げ、割とすごい形相で僕にこう言ってきた。
「ユメ君、そういえば言ってなかったが学校の生徒たちにこのことはヒミツだからなっ」
その言葉の理由が分からず、瞬時に訊き返す。
「どうしてですか?」
答えはすぐに返ってきた。
「あ、当たり前だろうっ。まだこれは正式に決まったわけじゃなくて、試験的にしているだけだし、そして何より、その、恥ずかしいし……。まあ、先生たちには報告してあるとお父様が言っていたが……」
頬を少し赤らめてそう言った。
なるほど、お嫁さんは生徒会長という立場上、冷やかされるようなことはなるべく避けたいらしい。
まあ、冷やかすような奴がいたら僕がカスピ海まで沈めに行くが。
「分かりました」
僕がそう返事すると、ミカサちゃんはほっと胸を撫でおろす仕草をした。
「あ、そういえば……。う~ん、これは言わなくてもいいか」
「? どうしたんですか」
「いや、何でもない。帰ってきたとき必要であれば話すよ」
何か含みのあるような言い草だったがその場ではあまり気にせず、二人、学校への支度を進めた。
「あ、そういえば家は7時35分に出るからな」
歯磨きなど、もろもろの準備を済ませると、もうすでに出発5分前。
なぜこんなに時間が押しているのか、朝の二度寝事件を思い返せば
さすがに結婚初日に遅刻はまずい。
しかも生徒会長が、だ。
「ミカサちゃん、急いでくださーい」
ミカサちゃんが忘れ物をしたというので今、玄関先で待っている。
「早くしないとおいていきますよー」
少しいじわるを言ってみる。
「なっ、あと少しだ。もう少し待ってくれ」
ちょっと焦った声もかわいい。
学校では絶対に見せない生徒会長の焦った声を僕だけが聞けるのだ。
ちょっと優越感。
そんなことを考えている最中、後ろで玄関が勢いよく開かれる音がした。
「おまたせしたな、悪い」
「いいですよ、行きましょうか」
制服を着たお嫁さんを前に、少し
登校中。
「そういえばミカサちゃん、一緒に登校しても大丈夫なんですか? 他の生徒に見られそうですけど」
背筋を伸ばし、少し小さな歩幅で歩くお嫁さんを見ながらそう素朴な疑問を問いかける。
「大丈夫だ、その心配はいらない。あらかじめ学校の近くまで誰も通らない道を選んでいる」
少し得意げに、人差し指を立てながらそう言った。
「おお……」
さすが生徒会長。
こんなところまで怠らないとは。
歩く姿、少し得意げなところ、淡雪の様に白く、絹の様にきめ細かい肌。見るものすべてを惹き付ける顔立ち。
それにしても……。
「……かわいいな」
「へっ?」
あわてて口をふさぐ。
どうやら心の声が漏れていたらしい。
頭から蒸気が出そうなくらいに顔を真っ赤にしたお嫁さんが僕に問う。
「あ、あの、その……今のはどういう……」
小さかった歩みを止め、こちらを振り向く。
制服の袖で口元を隠しながら斜め下を向いてお嫁さんは言った。
よくよく考えてみると、ミカサちゃんに直接『かわいい』と言ったことは無かったかもしれない。
ここは正直に言うしかないだろう。
「えっと……歩いているミカサちゃんの横顔がわいすぎて……その、心の声が漏れてしまいました」
僕がそう告げると、さらにお嫁さんは顔を真っ赤にし。
「……は、早くいくぞっ」
照れ隠しのためか、そう言って学校への
「おはようございますっ!」
学校にかなり近くなったころ。
生徒たちの挨拶の声が聞こえた。
まだ少し下を向いて先ほどのことを思い出しているお嫁さんはときどきにやけながらユメの隣を歩いていた。
「そろそろ着きますね」
「そうだな、じゃあここからは少し離れて歩こうか」
「はい」
学校へ近くなると、離れて歩くことにした。
理由は単純明快。
僕とお嫁さんの関係をなるべくばれにくくするため。
歩幅の大きい僕が少し速く進み、ミカサちゃんと差をつける。
そしてあたかも別々に登校してきたかのように装うのだ。
これで怪しまれることはまずない。
昨日の午前中に至るまで何のアクションも起こしていなかったことから、カップル探しをされることもない。
今は比較的
しばらくし、学校の正門をくぐる。
「おはようございます」
「おはよーう」
うちの学校の先生方は挨拶が雑なのではないか。
ときどきそんなことを思う。
まあ、生徒たちもしっかり発音しているかと訊かれると、そういうわけではないのだが。
緩やかな傾斜の坂道を少し上り、やっと生徒玄関に到着する。
「おはようございますっ」
ふと、僕の背面、遠くの方から女の子でありながらも威勢のいい挨拶が聞こえた。
さすがは生徒会長。
僕みたいな平民とは格が違う。
そう、数日前までは。
今は、生徒会長である反面、僕のお嫁さんでもある。
同じステージとまではいかなくとも、少しは近づけたのではないだろうか、と自分の中では思っている。
段差を二段上り、靴をぬぐ、まだ7時45分。
席に着かないといけない8時まではまだ少し時間があるが、バス通の時の癖でついつい速足での行動となってしまう。
そしてそのままの勢いで階段を上り、自分のクラスへと急いだ。
このあと降りかかる出来事により、ミカサちゃんへの見方が大きく変わるとも知らずに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます