あ、うん

羨増 健介

無題

 作家の佐熊氏先生のことですか、えぇ……。ちょうど、今日で彼の三作目が発売されて一年になりますね。はい。


 本書は、とある村で実際に起こった出来事をモデルに本稿を書き上げたということで、編集者の間では密かに噂になっていたんです。


 遅筆の彼が神経が擦り切れるほど摩耗して、摩耗してしてしてを繰り返して…ようやくプロットまで漕ぎ着けて……ようやく完成した「力作」なんです。


「そうだったんですね」

「えぇ……そういうことになりますかね。えぇ……」


 プロットと本書を書くに当たって、その村の集落にお邪魔したことがあるらしいんですよ。先生はその時の記憶をどうにも思い出したくないご様子だったのをよく覚えていますよ。えぇ…。


 なんせ完成した後、サイン会の案件とか、インタビューとか、彼にとってもお金になるお仕事が結構舞い込んで来たって言うのに、「放っておいてくれ!!」と大声で怒鳴られてしまっては、次仕事場に来た時に何をされるか分からないでしょう?


 しかも、そのとき――泣いていたんです。


 誰かに謝るように、懇願するように。「泣き縋る」――この表現がいっちゃん合っているかなって感じでした。


 彼って結構謝る癖があって、「ごめんなさい」をよく使う人だったんです。


 でもその時は、あぁ、自分に謝ってはいないんだな……。って感じがして。


「それじゃあ、誰に謝ってたんです?」

「さぁ」


 泣きながら謝るのは、担当になって初めてのことだったもんで……。


「そうですか」

「えぇ……」


 それと、電話越しにでもこうなんて言えばいいんですかね…「濁ったモノ」が漂って来る感じがして。


「濁った……モノ?」


 そのとき、普通に喋っているはずだったのに、通話を終えた後にはびっしりと額とスマホを持っていた左手に汗が流れてたんですよ。


 秋に差し掛かって寒くなって来た季節にですよ? しかもそれに加えて鳥肌も立ってたもんだから、なんだか気味悪くなっちゃって。


 いや、次から受け取る原稿は他の編集を通した方がいいですか? なんてメールもしたんですけど、返事が無かったんですよ。


「………………」

「――――――――」


 すいません。話がだいぶ反れちゃいましたね。


 作中に登場する「ことよ村」は、中部地方にあるとある県の南部にあるんです。


 物語は、主人公が無理心中を図ろうとするところから始まるんですけど、のっけからそこそこエグイな……。と思いながらも序盤のインパクトとしては十分だったので「これフィクションです?」と訊くと、なんと言葉を濁したんですよ。


 オイオイオイ…冗談じゃないぞ、と。その時は思ったりもしましたが、後のことを考えればこれは、なんて言えばいいんですかね。


 いわゆる、大きな大きな物語の、「序章」ってヤツ。だったんでしょうね……。


 物語はメンヘラ同級生の故郷で起こる出来事なんですけど。


「しかし……」

「しかし?」


 いやまぁ、よくも土着の民話に基づいた話を書こうと思ったもんだ。


 と我ながら思いました。なんせ、前作の「アルタルフ」はSFで、処女作の「あああああああ」は青春群像劇でしたから…。全く毛色が違うもんで驚きましたよ。


 ははは。


「なんです?」

「いえ、なんでもありません。少し彼のことを思い出して……」


 取材した集落では、日記を綴っていたんですって。言霊は「何処にでもある」し、「何処にでも」宿るから――って。


「……? ええと、つまり?」


 端的に言うと、村でのできごとは撮影禁止だったんです。日記に付けるのも禁止。日記は編集部からのお願いで「頼むから付けてくれ」って懇願したんですけど、三日目の昼に、


「んだそれ! 書き物か!!」


 と付けてた日記とプロットを焼かれちゃったんですよ。



 中盤では、「ひとつむぎ」と呼ばれる葬儀を、村の住人たちが行うんです。主人公が余所者だからって「厄」を持ち込んだとか、なんとか言い掛かりを付けられて。


 それが、日記を焼かれた晩の――佐熊氏が村にやって来てから三日目の出来事だったんです。手記も駄目、撮影も駄目。となれば、もう本当にどうしようもなくって。


 佐熊氏先生のメンタルもそこそこ来てたみたいで、だいぶご立腹だったようで。


 その厄を祓うことになったんです。


「厄……ですか」

「えぇ……」


 厄を祓うといえば、雛流し。有名な民俗行事ですよね。自身の厄を人形に移し、それを川に流す事で厄を払うまつりごとですよ。


 でも、「ことよ村」の厄祓いは――やっぱり普通じゃなくって。

 

 神を捕らえて、その神を使って厄祓いを行うんだそうです。


「神を捕らえまする」と村の長で、村の新事を務めている「新家」は作中で言うんですよ。その前後とかは結構、村の日常とか、食事とか酒盛りとかの描写を盛り込んでたんです。


 それで――――


「神を捕らえたんですか?」

「はい」


 第二稿を僕に寄越したとき、僕訊いたんですよ。今みたいに。


 神を捕らえる。なんて儀式も風習によってはあるようで、怪異や霊を儀式を通じて「降ろせる」ことができる、らしいんですけど……。


 普通はそんなことしないですよね、普通は。


 神事を装って神を欺き、贄と神との縁を繋ぐ。なんてことは……。


 それって神に対する冒涜そのものじゃないですか。


 だから、先生は悪寒が走ったんだそうで。まぁ、僕には何のことかは分からないし、彼の言う「ひとつむぎ」という葬式も、ハレとケと呼ばれる言葉もさっぱりなんですよ。なんのこっちゃ、と。


 一応、ハレとケについては、時間論をともなう日本人の伝統的な世界観のひとつ。ってことしか書いてませんでした。


 晴れの日が非日常で、褻の日が日常。これも作中で出てきたワードですね。


「非日常と日常――ですか」


 はい、誇大妄想だろうなぁ……。とそこまでは思っていたんです。


 でも、こんな奇妙で奇怪で……不気味な悪い妄想言う人だったかなぁ。



 広大なネットの大海をいくら潜っても、その集落周辺にも森林や山を隔てて村とか、いっちゃば「人里」はちゃんと存在しているワケですから。


 そこはそこで、きっちりと現代にも文献が残るくらいには民俗資料があって、歴史の教科書に載るくらいには有名で――


「行ったんですか?」

「…………はい」


 はい、行きましたよ。えぇ……その土地に、そこの博物館に、だから益々、彼の言うことに信憑性が欠けてるなって思ってしまったんです。


 だからこそ、思い切って現地に行ってみたんです。


 そんでもって聞いたんですよ。無孫市の博物館を運営している方に、「■■■」という村はご存じですか? って……。そしたら。


「もう二度とその集落の名前を口にしないでください」


 なんて言われちゃったんです。理由? そんなの教えてくれませんでした。


 確かその時は、最終稿が上がった後のことだったんで、慌てて佐熊氏先生に電話掛けたんですよ。


「あなた、一体……何処へ行って来たんです!?」


 そのとき、先生は答えなかったんです。じっと、息を殺して、何かから逃げるように――鼻息を荒くして、途中で小さい咳もしてました。


「だ、大丈夫ですか?」

「…………」


 「濁ったモノ」の気配は更に強くなった気がして……。 別のなにかまでこちらに近付いて来るような気がして……。


 思わず電話を切ってしまったんです。


 後から送られてきたメールには、「『とこよ』でないことは……間違いないです」とだけ書かれてました。とこよ――常世。



「紆余曲折あったワケですね」

「はい」


 ここまでが、出版に至るまでの――お話で。


 ここからが、私が打ち明けたかった話、とてもとても大事な話になります。


「はい」


 先生の三作目は、言っちゃば大ヒットだったんです。怪談とか「そういう」お話って、やっぱり面白いモノなんですよ。彼の三作目も例に漏れず売れたんです。


だから、「売れてますよ」と報告したんです。私も嬉しかったもんですから。


「そうですか」と先生からは素っ気ない返事が来た。なんだよ、今まで散々鳴かず飛ばずだった癖に。と溜息を電話越しに吐きました。


「せっかくなんで打ち上げにでも行きましょうか。当たりませんよ、バチなんか」

「ごめんなさい」

「先生?」

「ごめんなさい」


 またいつもの謝り癖か――と思ったんですが、雰囲気が確かに違ったんです。


「ごめんなさい」


 先生の声色には、生気が無かったんです。全くと言っていいほど。


「それで――慌てて佐熊氏先生の仕事場に行って、玄関のチャイムを鳴らして」

「そうです」


 扉が開いていたもんだから、開けて「先生!」と叫びました。私の家は先生の家から近いもんだから、息切らして――走ったんです。


「――――」


 そしたら、死んでいたんですよ。首吊って。


「…………」


 警察に連絡してから、副編集長と編集長を呼び出して、警察とも立ち会ったんです。彼は身内も家族も先に旅立ってて、身寄りの人がいませんでしたから。


「そうだったんですか……」


 訃報を告げる新聞が全国にばら撒かれましたよね。重版出来で、民俗学の従事者とか有識者がこぞって


「彼の死因を隠しました」


 隠したんです。彼は「ことよ村」の物語を書き始めたときから、どうやら様子がおかしかった。


 遺書と手紙が「本書」と共にとある頁に挟まれていたという。


「読みましたか? 遺書と手紙……」

「はい。あんまりにもだったんで……そのときは編集部に持ち帰って、翌日になって皆で呼んだんです」



(以下、遺書全文)




               遺書



 この手紙を書いている一時間後には、もう私はこの世にはいないでしょう。


 この度は、拙いながら紡ぎました第三作目をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。


 遺書に基本的にはルールなんてのはありませんが、私が世に出した三作目に出てきた「ことよ村」その村のモデルになった村にはルールがありました。



 本書は、いうならば令和において最も大量に印刷された「呪い」の類であることに間違いないと思います。初版でどれくらいでしたっけ、忘れちゃいましたけど。結構な数の本書が、全国の書店やコンビニで並んでいたのを思い出します。

 

 まぁ、それはそれとして。初版からわずか二週で重版も決まったそうで、作家冥利に尽きます。でっかく広告まで打っていただいて。



 阿は口を開いて出す最初の音。吽は口を閉じて出す最後の音。


 この遺書を書いているうちに、たった今上に書いた、村の長に言われたことばを思い出していました。


 口は禍の元、門とも言われていますが、口に出した言葉は、ひとつひとつ言霊が宿っていて、うっかり自分の言った言葉、使った言葉で後の災難を招くことが往々にしてあるものだから、言葉は慎重につつしむべきである。


 確かこんなことを言っていた気がします。


 だから、村の出来事は「門外不出」で「他言無用」であると。


 でも、私はこのルールを破って本書をこの世に出しました。


 そして、この遺書にてルールを破りたいと思います。


 あの村は、神様のことを信仰もしてなければ、神事もしていませんでした。


 あれは、やっぱり神事をよそおった――儀式だったんです。


「■■■」で行われた儀式。

 きっと、無孫市の住民の方々なら知ってるんじゃないでしょうか……。


 言の葉ってちゃんとどこにでも宿っちゃうんです。一応は注釈で、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 とは注意書きをするんですけれども、きっとその定型文は気休めにさえもならないでしょう。


 呪いの類はそりゃもうすこぶる強いもので、私は三日三晩寝付けなかった後、食欲も失せ、痩せ、なにか得体のしれない気配が近付いては遠さがってを繰り返して……寒かったり暑かったり、痙攣が止まらなかったりと。


 散々でした。


 でも、遺書を書こうと思ったら、それらの症状がスッと消えたんです。


 だから後悔しています。本書を書いてしまった。書き上げてしまったことを。


 でも、三作目を出せたことは――後悔していません。


 遺書、短い言葉で、とても短いタイトルですよね。


 タイトルは大事ですよね。ですから、初稿を編集の方に渡してから実に1年半は経っていると思います。まぁ初稿の姿は出版されたものと比べようもないし、影も形もないんですけれどね、あはは。


 この本書が世に出た時から、もう既に「ハレ」の日は始まっていて、「ケ」の日へと戻ることはきっと無いんだと思います。


 繰り返し、重ねて言うと、本書は「呪い」の類ですから。


 阿吽。事の始まりと「ハレ」を、事の終わりと「ケ」を、本書を読みながら、「うつしよ」と「とこよ」が混じり合っていくであろう様を感じながら。


 阿吽。という冠を被った本書を読んでくれた方と■■■との縁を深く深く繋げたならな、と思います。


 それでは、これにてさようなら。行ってきます。


 かしこ。



(以上、遺書全文)



「なんですか……これ……」

「……遺書だと、思います。一年ぶりに『これ』を読みましたが、私は遺書だと思いますよ。『これ』、もう一度読みます? 一年ぶりに……」


 後書きっぽく始まるでしょう……。あとがきの山が見つかったんですよ。後書きだけで、B5ノートがびっしり埋め尽くされていて……。



 それから数日後に、無孫市の職員さんや市議から猛抗議の電話が 本好きの職員がたまたま本書を目に掛けて買ったらしくて……。


「あんたたち……」


 とんでもないことをしてくれたな。と言われました。


 そして、その数日後「■■■」から、一枚の葉書が届いたんです。



 こ  ことばってこわいねぇ、こわいねぇ、こわいねぇ

 と  

 ば  こわいねぇこわいねぇ

 と

 の  

 え  こわいねぇこわいねぇ

 に  

 し

 に  こわいねぇこわいねぇ

  、 

 む

 す

 ばれちゃったねぇ。祝われちゃったねぇ


 こ

 れ

 か

 ら

 た

 い

 へ

 ん

 だ

 ね

 ぇ





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