第12話


 第11話



 そこには“楽園”が存在した。

 アトランティック、パシフィック、そしてインディアン。地球圏三大拠点に集う宙の艨艟。

 それは間違いなく、人類史上最強の戦力であり同時に政治力、つまり政府の強権を支える権勢基盤の実体であった。

 それは喪われた。

 現在、再建の目処も無く地球軌道は文字通りの真空地帯と化していた。嘗て横溢していたその力は井戸の底、南米と、遠くルナツーに引き裂かれたままに放置されている。殊に、先にも述べた様にルナツーが地球圏最大戦力として台頭し同時に強い政治力をも獲得した現状が、地球軌道の再整備を強く阻害してもいた。南米、ルナツー、グラナダの各勢力、何れにとってもそれは好ましく、この件については三者が協調姿勢にあった。尚かつ南米による二者との協調路線は取りも直さず前線、ややもすればその急進性により正規の軍令からの逸脱を企図しかねない艦隊派の牙城たるコンペイトウへと向けられたあからさまな矯正圧力にして牽制ですらあった。


 そうした各様の政治的思惑に翻弄される形でその艦、くたびれた一隻のサラミス級はぽつりとそこに浮いていた。


 アフリカは赤道直上、静止軌道高度3万6000。


 艦名は「デヴォン」。プレ・ビンソンの老朽でありしかも近代化改修は未了、つまりMSは甲板上へ露天繋止により搭載、運用されている。

 RGM-79S“ジム・コマンド”、RGC-80“ジム・キャノン”各4機という搭載機の編成も、配置の重要性に鑑みると劣弱と呼ぶべきか、間に合わせ感が強い。

 母港は無論ルナツーである。そして当然にして実際は、こんな粗末な戦力では無い新鋭艦を送り出せる余力が当地にはあった。しかし前出通りの三者の思惑、地球軌道の政治的中立の維持を期待するとする暗黙の合意を汲む事への、ルナツーからこれに同意の表明として発せられるシグナルとしての、兵理に拠らないこうした歪な戦力運用であり、それが現場へのしわ寄せとなっていた。


 だからといって、実際に艦を預けられている立場からすれば堪ったものでは無い。配下の信望を損ねない程度にお偉いさんの考える事は良く判らん、などとぼやき煙に巻いてみせながら他方、巧みにその疑念を逸らすべく方策を案じていると一体俺は何を敵として戦っているのかと自身懐疑的にもなる。実にくだらない、理解出来るだけに納得は出来ない。こんな内輪のゲームに講じていられる程今の我々にはまだ余裕があるのか、という現状認識の再認と共に。

 足元、地上では現在、確定された敵拠点、キンバライドに対し攻囲が敷かれその殲滅に向け最大限の火力が投じられ締め付けられている。

 そこにガトーと、略取された02もまた封じ込めに成功しているとも聞いている。

 つまり、と彼は思う。今回の件はこれで手打ちなのか。

 DFはその規模に比して過大とも評しえるプレゼンスを獲得した。地上戦力の代償は大きいがこれも、逆の見方をすれば戦線の整理によりロジの引き締めに成功したとも言える。地上の正面戦力をほぼ喪失する以上の政治的成果がそこに残されたと。

 派手に砲火を交えはしたが、結局政略目的のパフォーマンスでしか無かったのか。

 そうとも。冷静に考えれば今次DFの作戦行動に成算は無い。もう終わった事だ、地上での掃討終了で一連の騒動は終結する、その筈だ。

 推定に矛盾は無い。しかしそれが現況の作戦局面に照応して余りに危機的な自艦のポジションを敢えて看過し得る希望的観測から導出される自己欺瞞でもある事を、無意識野の領域では彼も理解していた。

 

 基地司令曰く、ご当地ものだが結構な一品との触れ込みの赤ワインを、当人とガトーは静かに酌み交わしていた。フランスの貴族が造らせた名残であるらしい。

「奴隷、がこの地の産物だったのだよ。民族紛争に付け込まれ、永年の搾取を受け続けた」

 寡聞にして。自らの不明を苦笑に交え、短くガトーは応える。

「その地がこうして我等と共闘している。人類発祥の地でもある。歴史の皮肉だろうかな」

 独語のままに司令は言葉を結ぶ。

 ノイエン・ビッター。階級は少将。公国アフリカ方面軍指揮官の一人であった。現在は総司令の立場にある。

 反連邦の裏返しであるダイクン・シンパ勢力を当初より育成、統治基盤の強化に尽力しており、敗戦後はこれと携え当地に潜伏、長期持久戦略整備並びに抵抗を指揮して来た。

 だが、今次連邦がガトー追討を作戦目標として発起した攻勢は、彼が心血を注ぎ長期に渡って維持整備してきた戦力を無慈悲にも一方的に突き崩していく。物量を体現するが如くアフリカ全土を覆い尽くす勢いで投入される敵航空戦力、俗称「ガン・ミデア」の暴威には為す術が無く、その様はあの「オデッサ」を彷彿とさせるほどだった。腹立たしい事に、敵主戦力が余剰機材でしかない事は周知の事実であり、今日まで生残した我が熟練部隊とその無人戦闘機械相手の戦力交換は心情的にも実際的にも相容れないものではあったが、それでもビッターは前線に可能な限りの遅滞を命じざるを得なかった。結果ガトーの部隊を収容する時間は稼いだが代償として、活動を抑制する事で秘匿してきた抵抗拠点たるここキンバライドの露見とポケットの形成は自明であった。

 基地が保有する唯一の軌道投射手段であるHLVは、敵が配した一隻のサラミス級によって早期の段階で無力化されている。で、あるのに敵による苛烈な攻囲下にある今に至るも、収容したガトーとGP-02回収の作戦指示は未だ、無い。

 漏洩を忌避しているのか、いや。

 そんなものは、元から無かったのだ。少し考えれば判る事だ。

 ビッターは既に達観していた。

 公国の敗退から今日まで、余りにも永き日々を過ごした。もう十分、尽くしただろう。あとは華々しく玉砕して果てるのみ。

 それで、終わる。

 これで良かったのだと。

 間断なき打撃に室内は振動と轟音に揺さ振られ続けていたが、それには二人とも全く頓着していなかった。

 ただ無粋にも頭上から降りしきる粉塵には口元を歪め、閉口するしかない。

 剛胆に、アフリカの大地を二人は味わう。



 眼前に繰り広げられているのは火力の饗宴。そして今のところ、自分たちは観客でしかない。

 約千機。2個航空軍に臨編された各方面軍が喜んで供出に応じたガン・ミデアは南北、地中海方面及び大陸南端ケープタウンの双方からアフリカ全土を攻め立てた。

 先述の通り、その損耗は無原則であり、戦力交換はこれも無条件にプラスであった。敵が放つ弾一発、吹かす推進剤一滴その総てが。

 胴元に勝てるギャンブラーなど存在しないように、キンバライドポケットの形成は既定事項ですらあった。これは最早戦争でも作戦でも何でもない。


 連邦に生を得たのは幸運だったのか不幸だったのか。茫漠とした想いと共にコウは遠方に断続する爆煙を見遣る。

 この戦いに勝敗など無い。それは公国が千載一遇の機会、唯一、物理力を無視し得る、連邦を講和のテーブルに就かせしめ、しかしその妥結に失敗した時点で決している。

 あの砲撃の下で尚抗堪しているダイクン残党軍。

 今、自分は確かに勝者の側に居る。

 だが今の自分に、彼等が持つ一欠片ほどの信念でも、在るだろうか。

 今の連邦に。その価値が。

『棒立ちしてるんじゃないぞ、ウラキ』

 バニングの怒声にコウは我に還る。

 そうだ、今の自機は母艦護衛の、ゴール・キーパーポジションだ。

 「アルビオン」の命運を担っている。

『勝利を策定確信しそのまま勝ち切った戦例は史上唯一カンナエだけだ。各員!敵が勝ちを諦めない限り決して気を抜くな!』



「熱源探知、2、同定、ムサイ-B級2隻」

 

 やはり仕掛けてきたか。

 胸奥で毒づきながら艦長は令する。

「ブラヴォに警告、全機出撃」


 母艦から1万の距離で直援、ピケットを形成していたジムコマ2機。ブラヴォ・リーダーは発されたアラートを正確に理解した。

 ブレイク。身体が先に反応している。

 直後、機体の過去位置を火線が射抜く。

 慣性航法により存在を秘匿しつつ前進した艦載機群。発砲により存在を暴露した上に獲物を射損じた14JG“イェーガ”の指揮官は思わず舌打ちを漏らしつつ突撃を発令。

 対峙する「デヴォン」は古老ならではの高い練度を示していた。左舷側方より出現した敵艦に対敵姿勢を放棄しそのまま全力加速。

 地球を盾にの退避ではなく、無論逃亡でもない。

「なるほど、地球を背負うか」

 太陽を背にする、稜線に後退でのハルダウン、情報雑音に身を沈めた敵手のセオリー通りの戦術をムサイ戦隊旗艦指揮官は無感動に評した、地球防衛の要職に任じられるだけの職務意識は持ち併せているようだな。

 見ている前でMC反応が増大する。一瞬だけ艦尾を向け、推進剤混載のミノ粉を噴霧したようだ、正に古の海上戦で駆逐艦が不良燃焼により煙幕を展張したように。








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