第218話 思いと想いがぶつかって……
「葵、やっぱりここにいたんだね。」
息を整えた俺は、河原に座り込んでいた葵にそう声をかける。
「ゆうくん……。」
嬉しいような、悲しいような声を出して葵はそう言う。
「ゆうくん、ごめんね。私、ゆうくんのこと、縛り付けちゃって。ゆうくんの気持ちを、全然考えられない女の子でごめんね。」
瞳に涙を浮かべながら、葵はそう言う。……別に、別に葵は俺のことを縛り付けてなんかいない。確かに、ほかの女子と話していると怒ることが多かったけど、それは別に仕方のないことだと俺は思う。実際、そのせいで葵とあまり一緒に過ごせていなかったわけだし。でも俺には、葵の気持ちがわかる……いや、わかるなんて言っちゃいけないか。人の気持ちを完全に理解するなんてこと、無理なわけだし。でも、それでも俺の経験上、こうなってしまったとき、自分に自信がなくなってしまったとき、自分自身が、すべて悪いと思い込んでしまう事があるということを俺は知っている。この時、自分に自信がなくなった人が求めている言葉は、自分を肯定してくれる言葉、自分のことを、ダメだと思い込んでいる自分のことを、愛してくれていることがわかるような言葉を求めていることを。
「ゆうくんは、わたしなんかと一緒にいるより、日鞠ちゃんと一緒にいたいんだよね?本当は、日鞠ちゃんと付き合いたいんでしょ?指輪まで、買っちゃってたし……。」
……。そういう事だったのか。あの光景を見ていたから葵は、急にこんなことを。
「別に、別にそういうわけじゃ……。」
俺が本当の理由を言おうとすると、
「やめて‼」
と、葵は大きな声で、今まで聞いたことの無いくらい大きな声で俺のことを止める。
「わかってるから。ゆうくんが私のこと、傷つけたくないからそう言ってくれること。だってゆうくん、優しいもんね。大っ嫌いな私にも、面倒くさいと思っている私にも、優しい言葉をかけてくれるんだよね?」
「……葵、本当は明日渡すつもりだったけど、寝ている間に、葵の枕元に置こうと思っていたんだけど、葵と別れるくらいなら、離れ離れになっちゃうくらいなら、今きちんとここで、この指輪をプレゼントするよ。」
そう言って俺は右ひざをつき、指輪の入っている箱を開けた。15年間、俺が貯め続けたお金で買った、安っぽい指輪。ただ、そのてっぺんに輝く小さなダイヤモンドは、月に照らされ、綺麗に輝いていた。
「確かに、日鞠ちゃんや優香さん、渚ちゃんは魅力的な人だと俺は思う。それでも、それでも俺は葵がいい。葵がいいんだよ。俺にとっての一番は、ずっと一緒にいたいと思う一番の相手は葵なんだ。葵と一緒にいると、すっごく楽しいし、すっごくうれしい。ずっと隣にいたいと思うしずっと隣にいてほしいって思う。それくらい、大切な人が葵なんだ。それは絶対に変わらない。葵のすっごくいい部分も、醜い部分も全部含めて俺は葵のことが好きなんだ。だってそれ全部が葵っていう、神崎葵っていう人間なんだから。俺は神崎葵のことが好きだ、大好きだ、超好きだ。……こんな俺だけど、こんなバカみたいなことしか言えない俺だけど、これからもそばに、ずっと隣にいてくれませんか?弱い俺のことを、ずっとそばで支えていてくれませんか?」
言葉は、最強の道具だと、俺はそう思う。簡単に人を傷つけることもできれば、簡単に人の心を温めることも、人に想いを伝えることだってできる。そんな最強の道具だと思う。だって、
「こんな私でよければ、ずっとそばにいさせてください。」
葵に俺の気持ちが、しっかり伝わったんだから。
葵のこの言葉を聞いた後、俺は、葵のことを優しく抱きしめた。
「ふぅ。……先輩方、さすがにもうこれは、あきらめるしかないんですか?ゆうき先輩の、葵先輩への想いと、葵先輩の、ゆうき先輩はこう考えてるんだろうなっていう思いがぶつかって……今の2人はもう、固い信頼関係で結ばれてるじゃないですか?私たちは、ゆうき先輩と付き合いたいだけで、2人の関係を壊したいわけではないんですし。」
目の前に見える光景を機の陰から見ていた三人組のうちの一人がそう言う。
「……そうだね。私、ゆうきくんにあんな宣言しちゃったけど、さすがにこれは、もう友達としてかかわっていく以外の方法はなさそうだね。」
「うん。……私、今から急いで帰って荷物をゆうきお兄ちゃんの家から、引っ越してきたあと住んでいた家に戻さないと。」
「あ、先輩、それなら私も手伝いますよ~。」
「私も私も~。」
元気な三人組は、月とは反対方向の、イルミネーションが輝く町中へと向かって歩いていくのだった。
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