あんちゃんの釣り竿
岩田へいきち
あんちゃんの釣り竿
あんちゃんは、釣りが得意だ。
ぼくは、野球でホームランも打つけど、釣りはあんちゃんにかなわない。
ぼくの実家は、天草の有明海に面している河口近くにある。小さい頃の遊びと言えば、やっぱり魚釣りだ。
近くの山から竿になりそうな真っ直ぐな竹をナタで切ってきて、枝を落とす。それに当時スジと呼んでいたテグス、釣り糸を結んで、丁度良い長さの先に釣針を結ぶ。ちゃんとした釣針の結び方なんて知らないから、カラ結び、適当だ。糸の途中に割ビシと言われる楕円形で鉛の錘を歯で噛んで2.3個付ける。ウキは、何も無ければ、その辺の枯れ枝を折って、少し割れ目を入れて釣り糸を挟む。これならウキ下の長さも自在に調整できる。まあ、だいたいこんな感じで、仕掛けは完成。
有明海は、干満の差が大きい。家の前辺りは、完全に水がなくなってしまう。餌は、潮が引いたあとで、潟の中を流れる川の様なところを網ですくって捕まえた2センチくらいの小さなエビや、うちの庭から階段を降りたところで掘ったゴカイを使った。
エビを獲った時は、そのまま、直径40mくらいの大きな潮溜りまで行って、生きたエビを針に付けて釣り糸を垂らした。特別な技は要らない。ウキが大きく沈んだら合わせるのだ。小学生のぼくでもチヌの子ども、チンと呼んでいたが、九州で言うところのメイタが釣れた。たまには、鰻やナベトシと呼んでいたギンポも釣れていた。今思えば、天然の釣り堀みたいなものだ。近隣の大人も何人か釣りに来ていた。
そんな釣りを楽しんでいたから釣りは釣れて当たり前。ぼくは、釣れないとたちまち飽きてしまう。粘れば釣れることもあるのだろうが、結果を直ぐに出したがる。釣りには向いてなかったのかもしれない。その点、2つ年上で、従兄弟のあんちゃんは違った。釣りに真剣に向き合っていた。ひとりでも粘って、結果を出していた。
そんなあんちゃんが竹製の継竿を手に入れた。
両親がそんなあんちゃんに買ってあげたのか、元々家にあったものを譲ったのか、今となっては分からないが、上等な竿だ。真っ直ぐしている。ぼくの生竹竿のジグザグの先端とは、全然違う。
でも、ぼくは、それを妬んだり、羨ましがったりはしなかった。その竿は、あんちゃんにふさわしいと思ったのだ。ぼくにそんな竿はもったいない。それほど、あんちゃんとぼくの釣りの腕前には差があった。
ある朝、あんちゃんは、がっかりした顔で現れた。
「昨日、竿のなかごんなった」
「えぇ、どがんしたと?」
どうやら、夕方の満潮前に例の継竿で獲物を狙ってたらしい。夕ご飯時になって、石垣の隙間に竿を差し込んで固定し、一旦、うちから奥に50mくらい先にある本家に帰ってご飯を食べたらしい。それで、釣り場に戻ったら、無くなっていたというのだ。
潮は、夜のうちに一回引いてしまい無くなる。釣りをしていた場所も夜は無くなったはずだ。潮の流れも速い。一夜明けた今となっては、もう絶望的である。
ぼくらは、防波堤のコンクリートの上に2人並んで腰掛け、再び満ちてきた海を眺めていた。
あんちゃんは、落胆していた。ぼくも、もうなんと声をかけていいか分からなかった。
海の上では、40mくらい先で、近くの漁師夫婦の船が鰻を狙っていたのか、延縄漁をしていた。
何が掛かってくるのか、その姿をぼーっと見ていた。
その時である。
おばちゃんが棒の様な物を水から引き上げたかと思うと、突然、釣り師の格好になった。大物である。竿が大きくしなっている。ぼくらは、顔を見合わせた。
潮の満ち引きを経て帰ってきたのか。
「あんちゃんの竿」
「おっが竿」
続いて魚が上がった。
スズキとまではいかないが、40センチくらいある。スズキは、出世魚でこのくらいは、フッコと呼ぶが、子どものぼくらから見れば十分、スズキだった。
ぼくは、すごいなあ。あんちゃんは、あんな大きな魚を掛けてたんだと思って見ていたが、あんちゃんは、叫んでいた。
「おっが竿ばな。魚はいらんけん、竿ば返してくれな」
夫婦は、あっさり合意。船をぼくらが座っている岸へ回して、あんちゃんの継竿を返してくれた。
あんちゃんは、大喜び。先程の落胆が一気に吹っ飛んだ。
でも、待てよ。そりゃ、スズキの刺身は、美味しそうでたまらなかっただろうけど、おじちゃん、おばちゃん、ちょっと、大人気なくなかったかい? 相手は、小中学生の子どもだよ。
あるものは、他人の竿でも使えの漁師のプロフェッショナルってことか?
大丈夫、安心して。
あんちゃんはその返してもらった竿でそれからもたくさんの魚を釣ったよ。
もちろん、尻手ロープを付けてね。
終わり
あんちゃんの釣り竿 岩田へいきち @iwatahei
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