3-1 来訪者

 遠征から帰り、久々に自分のベッドでぐっすり眠った翌朝、セレストはスピカとスーからの攻撃で目を覚ました。


「ピッピ! ピ!」


「ワン!」


 スピカがセレストの額を鼻先でつつき、スーは腹の上に乗って飛び跳ねている。

 朝が弱いセレストが彼らに起こしてもらうのはいつものことだが、今日はなんだか乱暴だった。


「ピッ!」


 うっすら目を開けると、朝日が差し込む時間だとわかる。


「もう……っ、まだ寝かせて……さすがに旅の疲れが溜まっているんだから……」


 毛布をたぐり寄せ丸くなると、脚がはみ出してひんやりとした。

 この時期、朝は寒いのだ。


「ピッ」


「ワゥゥゥン」


 今日のスピカたちはしつこかった。

 二体でセレストの毛布を剥ぎ取ろうとする。


『セレスト、とりあえず脚を隠してくれ』


 急に男性の声が響く。普段と少し違うが、明らかにフィルの声だ。


「へっ?」


 セレストは飛び起きて、声がした窓のほうを確認する。眠るときはしっかりとカーテンを引いていたはずなのに、今は外の景色が見えている。

 そのあいだに太もものあたりまではだけていた寝間着の裾はスーによって整えられた。


「遠見の鳥……? フィル様!?」


 バルコニーの手すりに、オオルリのような綺麗な鳥が止まっていた。

 セレストは慌てて立ち上がり、寝る前に着ていたガウンを羽織る。遠見の鳥がバルコニーのテーブルに降り立ったため、セレストも椅子に腰をかけた。


『おはようセレスト』


「おはようございます」


 姿が見えないのが残念だが、声を聞けただけでセレストは嬉しかった。


『話もできずに都を発たなければならなかったから。任務の前の時間しか鳥を送れないからこんな早朝になってしまった。すまない』


「寝起きが悪くて、それから寝相も悪くてごめんなさい……」


 一応、夫婦ということになっているが、本当の二人は恋人未満の関係だ。

 はしたない姿を見られてしまったセレストは、真っ赤になって縮こまった。


『い、いや……ちょっと可愛かった』


「あ、あぁ……あの! イクセタ領はどうですか?」


『ケレット大佐の話では、夜中に大型の魔獣らしき影が目撃されているというし、森の中には荒らされた痕跡があった。だが、俺たちが到着してからはパタリと動きが止まってしまった』


「警戒心の強い魔獣なんでしょうか?」


『かもしれないな。……今までにない事態だ。調査には時間がかかると思う』


 一度目の世界との差異はセレストの行動によって生じるはずだ。

 やはりフィルも翼竜討伐の際に取りこぼした魔獣が成長したと考えているのだろう。

 未知の存在に対しては星獣使いであっても油断は禁物だ。


 セレストは、スーを都に留めておくべきかどうかを考えはじめた。今、危険なのはセレストではなくフィルなのだから、彼が本気を出せるように、スーにもイクセタ領に向かってもらったほうがいいのではないかと思った。


「……フィル様、スーがいなくて寂しくはありませんか?」


 これは、もちろん言葉そのままの意味で言っているわけではない。

 セレスト側からはフィルがどんな場所にいるのかがわからない。セレストの声が誰かに聞こえてしまう可能性を考慮して、聞かれてもいいような言葉を選んだ。


『俺は大丈夫だ。スーはどれだけ可愛くても我が家の番犬だ。セレストがきちんと世話をするんだぞ?』


 おそらくこれは、常に一緒に行動しろという忠告だ。


「わかりました」


『スー、スピカ。……セレストは少し抜けているから、しっかり守ってやるんだ』


「ワン!」


「ピ、ピ!」


 スピカとスーは元気よく返事をした。


『よし! セレスト、遠征はどうだった? 参加した部隊の中でトップだったという報告は受けているが、困ったことはなかったか?』


「バートランド中尉という方から嫌味を言われたり、妨害工作を受けたりしました」


 小隊長になってから人間関係でつまずいてしまったという事実を、セレストは今までフィルに話していなかった。

 精神的に何歳なのかはよくわからないが、二度目の世界でももう十七歳なのだし、責任のある立場になったのだから自分で解決したかったのだ。

 今回、話す気になったのは、すでに解決したからという理由が大きい。


『なんだと?』


 声色が一段階低くなった。


「でも、もう大丈夫みたいです。……私とスピカが本気で戦っているところを見て、バートランド中尉は改心してくれたみたいです」


『それはよかった……が、無自覚に人をたらし込むのはやめてくれ。心配になる』


「たらし……? でもバートランド中尉はどちらかと言えば私よりスピカに対して、よりキラキラした視線を向けていたので、問題ないと思います」


 バートランドからの好意は素直に受け取りたくないセレストだったが、あれには恋愛的な意味合いは含まれていない。セレストとスピカの両方に熱の籠もった視線を向けてくるし、熱量は間違いなくスピカに対してのほうが強かった。


『そうか。スピカは現役の星獣の中で一番可愛いからな。ミモザも可愛いが』


「ピィィィ!」


 スピカが猛抗議している。

 星獣たちの中で、可愛いと言われて喜ぶのはミモザくらいだろう。スピカは格好よさを追求したいと思っているタイプの星獣だ。

 二度目の世界での再会直後、消滅寸前まで弱っていたスピカは本来の大きさで実体化することはなかった。

 大きいほうが強いという概念が彼の中に存在しているのか、回復してからのスピカは逆に、小さくなることがなくなった。


 同じように、レグルスにも大きな姿を好む傾向が見られた。

 レグルスは一緒に眠るときや、小さめの扉を使うときなど、都合のいいときだけこっそり小さくなっているのだが、小さな姿では威厳を保てないと思っている様子だ。


 その一方で、スーことシリウスは姿を変えることに対して、一切の抵抗がないようだ。

 こっそりセレストの護衛をしているときなどは、セレストでもどこに隠れているのかわからない。

 姿に対するこだわりがないのは、序列第一位の余裕かもしれない。


 星獣はそれぞれ性格が違う。

 セレストの一番は相棒のスピカだが、三体とも可愛くて格好いいと思っている。


『すまない。……もちろん、戦っているときのスピカは勇ましくて格好いいよ』


 フィルは反省しているようだ。


「ピィピ!」


 けれど怒っているスピカも、「僕は強いんだ!」とアピールしているスピカも、セレストにとっては可愛く見えてしまうのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る