3-1 二人旅、のち、おじいちゃん警報
フィルとセレスト、二人だけの旅がはじまる。
途中、イクセタ領に立ち寄り、傭兵団の慰安旅行中のフィルの祖父と会い数日滞在するという予定になっている。そこで
モーリスとアンナには先行してエインズワース領へ行ってもらった。
エインズワースの領主屋敷は現在モーリスの弟が住んでいて領地管理人をしてくれている。
フィルとセレストが滞在するのならば色々と準備が必要だという。モーリスたちは諸々の手配のために一足早く旅立ったのだ。
都の屋敷はしばらく留守になってしまうから、スーはフィルの知人に預けることにした。
軍人であるフィルは、以前から度々家を空けることがあったので、スーが馴れている知り合いがいるらしい。
スーとモーリスたちがいないだけでずいぶんと静かに感じられる屋敷に施錠をしてから、セレストたちは馬に跨がる。
(そういえば、前は一人で馬に乗れなかったのよね……)
この四年ほどのあいだに背は伸びたし、軍では乗馬の訓練がある。
身長に合わせた馬具があればセレストだって馬に乗れるのだ。
旅のあいだは乗馬用のズボンとベスト、そして外套という姿だ。軍の任務ではないから、フィルも似たような私服だった。
「疲れていないか?」
「まだ旅をはじめて一時間ですよ! 甘やかしすぎです」
馬のことを考えて、定期的に休憩を入れながらの旅になるのだが、都の城壁を過ぎてすぐの場所で休むのはさすがに早すぎる。
(なんだかフィル様は一度目の世界よりも私に甘い……? いいえ、激甘だわ!)
一度目の世界のこの時期、二人は師弟に近い関係だった。フィルは最初の頃かなり厳しい師匠だった。おそらく彼は、いずれセレストが独り立ちをしたときのことを考えてくれていたのだろう。王命で無謀な戦いを強いられた場合でも星獣を上手く操り命を落とさないように指導するつもりだったみたいだ。
彼から出される課題はいつも難しいものばかりだったが、優しさも感じた。だからセレストはすぐに彼を誰よりも信頼するようになった。
死に戻ってから、過度な訓練は禁止されている。
スピカが消滅寸前まで力を失ったせいで、セレストとスピカには危険なことをさせられないからだ。星獣の力を使う局面において慎重になるのはわかるが、フィルの過保護はそのようなレベルではない。
少々不満に思いながらも、セレストは旅を続ける。
けれどしばらくするとフィルがまた声をかけてきた。
「喉は渇いていないか? 渇いていないと感じていても定期的に水を飲んだほうがいいぞ」
水筒は旅の必需品だから、各自持っている。今、フィルが指摘したことは軍の座学でも教わる旅の基本だ。
「もうっ! 甘やかしはやめてください。……あ、でもそろそろ昼食の時間ですね」
「そうだな。食事にするか」
セレストは騎乗したまま荷物を探り、携帯用の食糧を取り出した。馬を休ませるために立ち止まるのはいいが、その予定がないのなら馬上で食事を済ますほうが効率がいい。
これは一度目の世界でフィルから教わった旅の技だった。
実際に、軍の訓練でも同じようにしている。
「なにをしているんだ? そんな適当な昼食はだめだろう。しかも、馬上で食事をとるなんてはしたないぞ」
「え……? 軍人ならば、移動しながらの食事が効率的ですよね? それに昔フィ……い、いえ。こういうことは機会があれば、プライベートでも常に心がけていたほうがいいはずです」
たとえプライベートな機会でもそうやって慣れたほうがいいと教えてくれたのはフィルだ。
けれど、そう言ったのは今の彼ではなく一度目の世界の彼だから、セレストは慌ててごまかし一般論だと装った。
「うっ、……ゴホン。ゴホッ」
なぜかフィルが咳き込んだ。
「フィル様大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。……そういえば、俺も昔は部下にそんな指導をしていた時期があったな。若くて未熟だったんだろう。なんというか、俺基準でしかものを考えていなかった。俺ができるんだから、ほかの者も同じようにするべきだ……みたいな……」
フィルはどこか遠い目をしていた。まだ二十六歳なのだから、昔の自分を恥じるほど彼は年を重ねていないはずなのに。
「今は違うんですか?」
「あぁ。時間的に余裕があるときに馬上で食事をしろとは言わない。訓練もそうだ。俺と同じメニューを毎日こなせない者はたるんでいる……なんて、今は思っていない。傲慢な考えだ」
たしかにフィルは真面目だから、自分にはどこまでも厳しい。そして同じように努力する者に好意を抱くタイプなのはセレストも知っていた。それを彼は傲慢という言葉で表した。
なんだか深い部分で、一度目の世界のフィルとの差異が生まれている気がした。
「私が弱いから、そう考えるようになったのですか……?」
未熟で力を持っていないセレストと接するうちに、どんなに努力しても強くなれない者がいると気がついた――そう言われている気がした。
それはセレストの望みとは真逆だ。一度目のときより強くありたいし、フィルとはできるだけ対等な関係でいたいのだから。
「気づかせてくれたのは君かもしれない。十歳の頃、剣術を習いたいと言い出しただろう? ……正直、君はこっちが見ていられないほど自分を追い込んでいた。止める立場になったのははじめてだ」
「でも、私は……できることなら迷惑をかけたくなくて……。フィル様にも子供扱いしてほしくないですし、強くなりたいんです」
フィルが保護者として責任を負っているのと同じように、セレストにだって巻き込んだ者としての責任がある。けれども彼は首を横に振る。
「言っておくが、俺は軍人としての君や星獣使いの君を甘やかしたことは一度もないぞ。セレストがやりすぎなときには止めるが、むしろ厳しいほうだと思う」
「そうでしたっけ?」
絶対に嘘だとセレストは思う。
「間違いなくそうなんだ。家族としての俺は、俺が持っている権利を正当に行使しているにすぎない。この先、君の年齢が十八歳を超えても、俺を倒せるほど強くなっても変わらないから諦めろ」
「嫌です! 断固拒否します」
セレストは頬を膨らませてめいっぱいフィルをにらんだ。歳の差が変わらないとわかっていても、ずっと子供扱いはご免だ。
「違う。……俺に対抗したいのなら、セレストも俺を甘やかせばいいんだ。家族とはそういうものだ」
フィルは家族を甘やかす行為が、一方的な関係性と同義だとは考えていないらしい。
それならばセレストも納得できるのだが……。
(そんなことしたら仲よし夫婦みたいです)
二人の関係は仮初めのもののはずなのに、そうではない未来をフィルが予告すると、セレストはどうしていいかわからない。嬉しいはずだし、セレストの望みが叶うのに、恥ずかしくて気絶しそうだった。
「じゃ……じゃあ、そう……します」
ボソボソと小声で返すのがやっとだった。
しばらく進んで綺麗な沢のある付近で昼食をとる最中、セレストはフィルの顔をまともに見れなかった。
二人きりの旅の困難はこれで終わりではない。むしろはじまったばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます