5-5
フィルに手伝ってもらい、セレストは馬車から降りる。向かうのは城の中でも奥まった場所にある星の間だ。
城の回廊を歩くと両側には庭園が広がっていた。
夏の濃い緑が、強すぎる光を遮ってくれる。木々を通り抜けて運ばれてくる風は爽やかだった。
しばらくすると、バサバサという羽音が響きだす。鳥にしては大きすぎるなにかだ。
「え……? アルタイル……」
セレストたちのすぐ近くに巨大な鷲が舞い降りた。体長が約二メートル、
その背中には金髪の青年が乗っていた。
華麗に降り立ったのは王太子ジョザイアだった。
「やあ! 将軍。それから……うーん、エインズワース夫人……とは呼びづらいな。セレスト殿でいいだろうか?」
一応伯爵夫人という肩書きを持つセレストだが、あまりに若いためその名には違和感があるとジョザイアは言っているのだ。
「はい、お好きにお呼びください。お久しぶりでございます、王太子殿下」
やはりセレストはどうしてもこの人物を恐ろしいと感じてしまう。ミュリエルに会ってもここまでの動揺はしない。
彼は王族としての権力を持ち、術者としても優秀で、現役では序列最高位のアルタイルを従えている。それになにを考えているのかよくわからない。
どこを取っても勝てそうもないから、怖くて仕方がないのだ。
ただ、セレストが望みどおりにスピカと再会したならば、同じ星獣使いとしてジョザイアとも顔を合わせる機会が増える。
いつ彼が邪法を手に入れるのか、いつからセレストに悪意を持っていたのか見極めるためにも逃げてはだめだった。
「かしこまらなくていいよ。まずは十一歳の誕生日を無事に迎えられたとのこと。私からもおめでとうと言わせてくれ」
ジョザイアはセレストが今日儀式を行うと知っていて会いに来た様子だ。
毎年、多くの貴族の子弟が儀式に臨む。すべての者に同じように声をかけていてはきりがない。
セレストのどこかに、ジョザイアが特別気にかける理由があるのだろうか。
きっと王族から気にしてもらえることは名誉なのだろう。けれど、秘密を抱えているセレストは警戒した。
「もったいないお言葉です」
隠し事や不安を見抜かれないように、笑ってみせた。
「去年、セレスト殿は魔獣が出現した山で討伐に参加したらしいね」
「……は、はい」
「報告書を読ませてもらったよ。その歳で闇狼を三匹も倒すなんて将来有望だ。術は将軍に習っているんだろうか? 以前から、ゴールディング侯爵家のもう一人の令嬢の噂はよく聞いていたけれど、君はあまり表に出ていなかったからそんなに優秀だなんて知らなかった」
「ええっと、あの……」
セレストが魔獣三匹を倒したことは、ドウェインが報告書に書いてしまったので広く共有されることとなった。不自然な行動をした自覚があるセレストにとっては、深く追求されたくない話題だった。
「ゴールディング侯爵はなぜ縁談を進めて君を手放したんだろう? もしかして、今までわざとできないふりでもしていた?」
「いいえ、そのようなことは決して」
矢継ぎ早の質問に、セレストはついていけない。一つ一つの問いが、都合の悪いものばかりだ。伯父がセレストを不当に扱っていたとジョザイアに告げれば、セレストの能力が高いことの説明はつく。けれど、一応育ててもらった恩のある侯爵家を貶めるのは、貴族社会を生き抜くためには悪手である。
学ぶ機会を意図的に奪われていたというセレストの主張は、ゴールディング侯爵家の者が口裏を合わせれば隠蔽できる。
セレストはそれを覆す証拠を持っていないから、家門を侮辱したと取られかねない。
「だが……」
「殿下、恐れながら……セレストはまだ子供です。あまり問い詰めないでやってください」
フィルが助け船を出してくれた。
「ごめん、そうだね。つい気になってしまって。大切な儀式の前だというのにすまない」
ジョザイアは素直に引いてくれた。
やはり、セレストの知っている王太子は、あからさまに敵視してくるミュリエルとは違う。常識と良心を持ち合わせている理想の王族――そう見えるからこそ、恐ろしい。
「お気になさらないでください」
セレストは無難な返事をする。すると急に目の前が暗くなった。いつのまにかアルタイルが目前に迫っていたのだ。
「アルタイル……?」
一度目の世界の終焉前、姿を見せてくれなかったアルタイルも、過去の記憶を持ったままなのだろうか。主人を得て活動している星獣の中で、セレストはアルタイルとの関わりが一番薄かった。元々感情を表に出さない性格だ。
アルタイルが頭やくちばしの丸い部分をセレストに押しつけてくる。それはなんとなく、好意のように感じられる。
ジョザイアはセレストからスピカを奪った主犯だ。
もしアルタイルがジョザイアに従い、星獣と主人を引き離す邪法を認めているのなら、この星獣もセレストの敵だ。
ミモザのように、一度目の世界の記憶を持っているのならどうして今、セレストに優しく触れてくるのだろうか。
(それとも、アルタイルには記憶がないのかしら?)
ミモザはなんらかの記憶を持っているようだが、アルタイルは別なのだろうか。ただ、レグルスやミモザもそうだが、星獣が初対面で懐いているのは一度目の世界と二度目の世界の大きな差異だ。
金色の大きな瞳を覗き込んでも、嫌われていないこと以外はなにもわからない。
セレストは手を伸ばし、アルタイルの頭を撫でてやった。見た目は大きくて、星獣の中でもとくに勇ましいのに甘えん坊だった。
「どうしたの……?」
問いかけてもなにかを伝えたいという様子ではなかった。
「めずらしい。アルタイルが君を気に入っているみたいだ。……これは、もしかするかもしれない」
「もしかする、というのは……」
「星獣の主人に選ばれるかもしれない」
ドクン、と心臓が音を立てる。
もとよりそのつもりでいるセレストだ。セレストは自分が星獣に好かれている自覚があった。ただ他人から指摘されるほどの事態は喜ばしいものではない気がするのだ。
「なれたらいいな、と思います」
ノディスィア王国の貴族ならば、誰もが憧れる特別な存在が星獣使いだ。星獣使いを目指しているという事実は隠さなくてもいい。
「もし、そうなったら……。再興したエインズワース伯爵家は二人の星獣使いを有する最強の伯爵家になるね! では、私はもう行くよ。セレスト殿に吉報が訪れますように」
キラキラした笑みに悪意や嫌みは感じられなかった。彼は再び星獣に跨がる。
アルタイルは大きな羽をバサバサと羽ばたかせ、風を巻き起こしながら浮上し、どこかへ飛んでいってしまった。
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