5-1 星の再会

 フィルと結婚し、エインズワース伯爵家の再興が叶ってからはじめての夏がやってきた。

 セレストはこの八ヶ月ほどの期間、フィルから術を習い、モーリスから剣術を習い、アンナからは料理や裁縫を習い、充実した日々を過ごしていた。

 時々ドウェインとヴェネッサが訪ねてきては皆で一緒に食事をする。二人とも星学が得意だから月に二回ほど、座学を教えてくれた。

 セレストは元々勤勉であったし、十八歳までの記憶があるから基礎はできていた。

 ただ、どれだけ学んでも常に足りない気がして、やりすぎてしまうことがあった。その度に過保護なフィルに怒られてしまうのだった。


 この日は、もうすぐ星の間で行われる儀式で着用するドレスがほぼ仕上がり、調整をするために仕立屋を訪れた。

 調整はすぐに終わり、ドレスは三日後に届けてもらえることになった。

 二人で出かけたら、通り沿いにある店をのぞいてみたり、カフェに立ち寄ったりするのが決まり事になっている。

 フィルと二人きりの時間は楽しくて仕方がない。けれどセレストは、ガラスに映る二人の姿が明らかに夫婦に見えないことで時々我に返る。


 セレストの身長は秋から数センチ伸びたが、まだフィルには不釣り合いだ。もうすぐ一つ年を取るけれど、フィルもその一ヶ月後に二十三歳になってしまう。結局何年経っても歳の差は縮まらない。


(いいえ! 知識はもう大人なんだから、スピカと再会して立派な星獣使いになれば、歳の差なんて気にならないわ)


 不釣り合いだと嘆くより前に、立派なレディになるための努力をするべきなのだ。


「なぁ、セレスト。誕生祝いのパーティーは本当に当日じゃなくていいのか?」


「はい。どうしてもそうしたいんです」


 セレストの誕生日は七月三日。儀式を行う予定となっているのは一度目の世界と同じ七月八日だった。スピカと再会できると信じるならば、そのあとにスピカや皆と一緒に十一歳の誕生祝いをしたかった。


 毎年、百名以上の貴族の子弟が星の間での儀式を行う。それでも現役で主人を定めている星獣が現時点ではたったの三体、星の間で眠っているのがスピカを含めて三体だ。

 主人を定めた星獣は、その人物の寿命が尽きるまでそばで寄り添い、主人を失うと星の間に戻り、眠りにつく。

 再び仕えてもいいと思える相手に出会えたとき、目を覚ますのだ。

 一年で百名以上の者が試しても呼びかけに応えず、何年、何十年、眠ったままの星獣もいる。星獣使いというのはそう簡単になれるものではない。


 未来視という説明をしているが、セレストはその未来では自分がスピカの主人になったという説明をしている。

 未来視と実際に起こることは違う。にもかかわらず、セレストは油断すると自分がスピカの主人になって当然であるかのような言動をしてしまうことがある。

 誕生日パーティーを儀式のあとにしたいだなどという主張は、傲慢に思われてしまうかもしれない。

 言葉を間違えただろうかとフィルの様子をうかがうが、彼は気にしていないみたいだった。


「プレゼントはなにがいい? 一緒に選ぶか、それとも内緒にしておこうか?」


 セレストがフィルからもらった最初のプレゼントはサイズの合わない指輪だった。

 いつも首にかけて、傷つかないように服の内側に隠している。なんとなく指輪がある場所を手で押さえながら、セレストは誕生祝いについて考えた。


「儀式のための――」


「言っておくが、それは必需品だ。プレゼントにはならない」


 儀式のための衣装を買ってもらったのだから、それがプレゼントになる。セレストはそんな主張をしようとしたが、フィルに読まれていた。

 もらわないという主張は通らない。ならば、ほしいものを買ってもらったほうがいいだろう。


「じゃあ、儀式のときにも使えるような髪飾りがほしいです。……指輪と同じ銀色で大人っぽいデザインの髪飾りです」


「わかった。ならこれから宝飾品店に行こう。指輪を買った店がいいだろう」


「はい!」


 結論が出たところで、フィルはセレストの手を引いて歩き出す。

 店はすぐ近くにあった。通り沿いにしてはめずらしく間口の大きな建物は、見た目からして高級店だとわかる。背の高い扉、エントランスにあるシャンデリア、大理石の床、そしてガラスケースの中に飾られた宝飾品の数々。

 セレストは一応貴族の令嬢だが、こんな店には来たことがない。煌びやかな大人の世界に足を踏み入れた気がして心が踊る。


 すぐに案内係が近づいてくる。フィルが用件を言うと、セレストにぴったりな品物がありそうな場所へ連れて行ってくれる。


 店員がガラスケースの中からセレストの要望に沿った色合いの髪飾りを出した。

 ベルベットのトレイに並べられたのは、十種類の髪飾りだ。


「銀色の髪飾りってそれなりにたくさんあるんだな」


「はい……。迷ってしまいます」


 どれもセレストの淡い髪よりも一段階暗い色合いだ。花のモチーフが多く、細かい細工が美しい。


「これにしようか、バラの花だ」


 フィルはしばらく並べられた髪飾りを眺めて、その一つを指差した。


「綺麗ですけれど、どうして?」


 楕円形のベースの上に、三輪のバラ。豪華で大人っぽい髪飾りだった。


「婚約が決まった日に、二人で見ただろう?」


 フィルが将軍となり叙爵された日、二人で城のバラの咲き誇る庭園を歩いた。軍の礼装をまとったフィルは格好よかった。彼はその日を思い起こさせる髪飾りを贈ってくれるというのだ。


「そうでした。……あともう少しで一年になってしまうなんて信じられません」


「俺も。不思議と、君とはもうずっと一緒にいるような気がするんだ」


 フィルがバラの細工がされた髪飾りを手に取って、セレストの耳の上あたりにそっとあてた。


「うん、とても可愛い。これにしよう」


 フィルは自分のものは専門家に任せるくせに、セレストのものを選ぶときは面倒くさがらず、なにがセレストに似合うかを考えてくれる。

 二人でバラを眺めた日に彼は、変態疑惑が増すから「あと十年待ってくれ」と言って、綺麗なワンピース姿のセレストをほめるのは嫌だと言っていた。

 にもかかわらず結局人目のある場所でもフィルはセレストを「可愛い」と連呼する。

 指摘したら言ってもらえなくなるかもしれないから黙っているセレストは、ずるいのだろうか。


「フィル様、ありがとうございます。私、この髪飾りがいいです」


 彼が選んでくれたというだけで、セレストにとってはその髪飾りが特別に見えた。

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