死に戻り令嬢の仮初め結婚~やり直し世界で生真面目将軍と星獣もふもふ~

日車メレ

第1部

プロローグ 星の嘆き

「セレスト・ゴールディング。貴様は怪しき力を使い、星獣せいじゅうを不当に使役した罪で死罪とする!」


 セレストは縄で腕をしばられた状態で、牢獄の冷たい床に跪いていた。覚えのない罪状を言い渡したのはこの国の王太子だ。

 鉄格子の向こうにいる王太子。その隣には勝ち誇った様子の義妹ミュリエルがいる。


「誤解です! ……なにか怪しい力により不当に星獣を使役する方法があるというのなら、今がまさにその状態です」


 ミュリエルの左目が輝き、巨大なハリネズミが出現した。

 体長は大型犬くらいで、周囲には氷の針が浮かんでいる。その針は、まっすぐセレストに向けられていた。

 星獣スピカ――現在七体しかいない強い星神力せいしんりょくを持つ特別な獣は、つい先日までセレストが使役していたはずだった。それが今はなぜか義妹に従っている。


 不可解な力によって奪われてしまった。それがセレストの認識だ。


 けれど、目の前にいる二人はセレストこそが権利もないのに星獣を使役していた邪悪な存在だと決めつける。

 逆だと訴えても聞いてもらえなかった。


「セレストお姉様、なんてひどい方なの! 学問も星神力も、すべてわたくしより劣っているあなたと、優れているわたくし。どちらが星獣の主人としてふさわしいのかは明らかでしょう? だったら嘘をついているのはお姉様だわ」


「スピカの主人たる資格は、そんなに簡単に決められるものではありません!」


 セレストとミュリエルは実際にはいとこ同士だった。

 セレストが魔獣の襲撃により家族を失い、伯父であるゴールディング侯爵の養女になったからだ。

 学問も星神力を使った術も、ミュリエルより劣ってなどいない。

 養女になってしばらくはミュリエルと同じ時間、同じ家庭教師からの指導を受けていた。けれどセレストのほうが優秀だとわかると、取り組む姿勢が悪いだとか謙虚さが足らないだとか、わけのわからない理由で拒絶されるようになった。

 もう一度指導してほしいと教師に頼み込み、ようやく許されるとミュリエルだけが教わった内容を問われた。答えられないとやる気がないと見なされて、学ぶ機会を奪われたのだ。

 星神力を使った術を習う機会も同様に奪われていた。


 それでもセレストは独学で術を学び、十一歳のときに星獣の主人に選ばれた。

 そこからは星獣使いとして実戦を積んで十八歳まで懸命に生きてきた。

 けれど、現在の能力は星獣あってこそのものだと言われてしまったら、七年以上前のミュリエルの認識を否定する言葉をセレストは知らない。

 そして、星獣は星神力の強さだけで主人を選ぶわけではない。魂には相性があり、出会った瞬間に引き寄せられるように互いが相手を選ぶのだ。


 言葉は通じないが、星獣たちには心がある。


「王太子殿下。お願いです、レグルスの主人であるヘーゼルダイン将軍閣下にご確認を! ……レグルスはスピカと親しいのです。こんな禍々しい力――」


 セレストは鉄格子を掴みながら懇願した。

 スピカの星神力がいつもとは違っている。親しい星獣使いの将軍ならば、絶対におかしいとわかるはず。

 そう訴えようとしたが、ツカツカと歩み寄ったミュリエルに髪を掴まれて、最後まで言葉にならなかった。


「序列第三位の星獣使いである王太子殿下の見立てが間違っているとおっしゃるの!? 養女のくせに、ゴールディング侯爵家を潰すおつもりかしら? もういいですわ……お姉様」


「なに……」


 ミュリエルが手を掲げると、付き従うスピカが低いうめき声をあげた。まとう力は星神力ではなく、魔獣のそれに近かった。

 スピカの序列は第四位だ。

 第三位の星獣を従える王太子が、スピカの異常に気づかないはずはない。


「一族の恥晒しはわたくしが始末いたします。……スピカを偽の主人との悪しき縁から解き放ってあげますわ」


「やめ……て。スピカにそんなこと……っ。王太子殿下! どうかミュリエルを止めてください。星獣が穢れてしまう……」


 スピカの頭上で氷の針が輝いた次の瞬間、セレストの体に衝撃が走った。


 遅れて、声も出ないほどの痛みを自覚する。腕に二本、脇腹、太もも、それから肩にも一本ずつ、氷の針が突き刺さっていた。太ももと脇腹は致命傷で、セレストはその場に倒れ込んだ。


「あぁ……うっ、うっ、」


「こんな罪を犯すなんて残念だよ、セレスト・ゴールディング」


 王太子は温和な人格者として知られていた。けれど、もしかしたらセレストは大きな勘違いをしていたのかもしれない。

 一人の人間が殺されそうになっているというのに、嫌悪感の一つも表さない、むしろにこやかにしている男のどこが温和なのだろう。それは非情というのだ。


(ご自分の星獣を出さないのが答えだわ……)


 星獣ならば、きっとスピカの状態に違和感を覚えるはずだった。

 あえて出さないのも、聞く耳を持たないのも、王太子自身が真相を正しく理解しているからだ。理解しているというより、この状況を作り出したのが王太子とミュリエルの二人なのだろう。


「スピカ……こんなことをさせてごめんね……。守ってあげられなくて……」


 主人であるセレストにはスピカを守る義務があった。それなのに、むざむざと奪われてしまったのだ。

 鉄格子の隙間から手を伸ばすが、スピカには届かない。手も、声も、今のスピカには無意味だった。

 それでもセレストは続ける。


「……遠征が終わったら、ヘーゼルダイン将軍閣下が……どこか景色のいい、ところ……一緒に行こうって……スピカとレグルスと、……で、のんびり……」


 ヘーゼルダイン将軍は最年少の星獣使いをなにかと気にかけてくれる人だった。

 星獣同士も仲がよくて、魔獣討伐の遠征が終わったら一緒にどこかに出かけようという約束をしていたのに叶いそうもなかった。


「ごめんね……」


 激痛に襲われても、妙に頭が冴えていた。

 死を悟るというのはこういう状態なのだろう。

 セレストは悪あがきとしてありったけの星神力を放出した。スピカに「私はここだよ」と伝えるつもりだった。

 だんだんと視野が狭くなり、体に対してやたらと小さなスピカの前足だけがわずかに見えるだけになった。

 それすらもぼやけて、世界が黒に染まった。


「……わたし、の……スピカ……」


 死の間際、セレストに残された感覚は聴覚だけだった。

 最後の記憶は獣の咆哮、獣の嘆きだった。

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