花街吹雪は恋の色

きんちゃん

第1話 会社の飲み会って害悪ですよね?

「おつかれさまでした~!!」


 最敬礼して上げた自分の顔がビルの窓に映り、死にたくなった。

 そこに張り付いていた笑顔は嘘くさい作り笑顔そのものだったからだ。

 今日は金曜日、時刻は午後10時35分だった。

 接待での飲み会はなかなかストレスを感じさせるものだった。こんな気持ちのまませっかくの週末を迎えるのは、やり切れなかった。

 学生時代は金曜の夜と言えば(当時は金曜の夜に限ったものでもなかったが)朝まで騒ぎ倒す、というのが恒例だったが、社会人になるとその頃がウソだったかのように仲間達と会うことは無くなっていった。


(………どうするかな?)

 俺は少しの間迷った。明日は休みで何の予定も無い。

 最近では残業で終電間際にならない限り金曜の夜はキャバクラに行く、と決めていたが、それが可能となるのは月に1回あるかないかだった。


 今日は終電までまだ2時間あるわけだからかなり余裕があったが、どうも今日はそんな気分になれなかった。思った以上に取引先との飲み会で神経を使っていたのかもしれない。

 ではキャバクラを通り越し、そのまま風俗にでも行くか?とも考えた。接待とはいえ酒は結構入っているから多少はムラムラしている。……だが今日は、風俗のお姉さま方との事の前後の多少の会話ですら想像しただけで煩わしかった。

 しかしこのまま真っ直ぐ家に帰るという気にもなれなかった。

 既にこの時間の電車は酔客が大半だろう。俺自身がベロベロに酔っ払っていればそんなことどうでも良くなるのだが、満員に近いそんな車両に身を投じることは、何かとても馬鹿げた行為のように思えた。




 結局俺がとった行動は、3駅・30分ちょっとの距離を歩いて帰る、というものだった。スマホで地図を調べ5分も歩くと、繁華街を抜けた所に大きいブックオフがあった。


(……ちょっと寄ってみるか)

 ブックオフに入ったのなんて何年ぶりだろうか?

 小学生の頃はゲームばかりしている子供だったし、中高生の頃は洋楽を聴き漁っていた。大学生の頃はバカ騒ぎばかりしていたが、たまにふと一人になりたくなる時もあり、そんな時は部屋で映画を観るのが常だった。


 しかし社会人になってからは、そのどれにも情熱が向かなくなった。休日は一応あるわけだからそこまで時間が無いわけではない。しかしゲームをして、音楽を聴き、映画を観ても以前のように面白いとは思えなくなってきた。集中力というものはここ何年かで明らかに低下していた。


 しかしもし酔っ払って入ったこの場所で、何か運命的な傑作と出会うことが出来たならば、俺の休日は充実したものとなり、仕事にも意義を見出すことが出来、人間関係も積極的に築いてゆこうと思える、そんな好転のきっかけになり得るのではないか?……そんな都合の良いことを考えていたのかもしれない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る