黒笠の無頼者

 夢想に生き、浪漫を追う者達。


 彼らは“無頼者ぶらいもの”と呼ばれ、各地を放浪している。


 そんな人々の中でも、伝説とされる一人の無頼者が居た。


 名を、“黒笠くろがさ”という無頼者。


 の者は各地に多くの逸話を残している。


 鬼を殺し、異形を殺し、邪神を殺し、

 そして──運命の神に抗ったのち、黄泉での戦いにおいて、その後の足跡を絶った。


 彼の者の名が数多の旅人たちの語りぐさから消えて幾十年が経った頃……誰かが言った。


 黒い笠を被った男は黄泉の神によって羅刹と化し、死に場所を求め、かつての様に世界を彷徨しているのだと。


 そうして更に幾十年が経ち────


 いつしか、『黒笠の無頼者は羅刹である』

 そんな伝承と噂だけが残った。



  ◇



 村落と村落の間に出来た谷には山頂からの湧水が流れ落ちていき、細い流れが寄り集まって川となる。


 山間の渓流と呼ばれるここは、旅の神の遊び心によって時折地形そのものが変わった様に錯覚するのだとか。


 そして、その現象はここだけでは無い。旅の神の信仰が根付くこの地域一帯でそうした現象が見られ、司祭のオババが聞いたお告げでは


 しゃらしゃら、と流れる水の音が気持ちいい。浅く意識が起きかけた所に、寄りかかって寝床にしている木の葉の間から差し込む光に瞼を微かに刺激され、〈残火ザンカ〉は目を覚ました。


 ────朝か。


 周囲を見回せば昨晩殺し合った人龍の魔物の死骸も無く、日が変わった事を知る。

 ザンカは渓流へと降りて顔を洗う為に、愛刀を杖に立ち上がり、自身の脚へと視線を落とした。ザンカにとって微かな痛み。

 自らの疲労がまだ抜けきっていない事を脚が痛みによって教えていた。


 ────おれもまだまだ未熟だな。

 などと、自嘲しながら渓流へと向かう。


 その途中で川の向こうに駕籠かごを担いだ幾人かの見窄らしい人々が視界に入り、疑問が浮かんだ。


 ────こんな所で何をしている?

 ここは山間にある清い水の渓流ではあるが、【魔物】が出る。

 見たところ何の武装もせず、用心棒も連れていない村人が容易に踏み込んでよい場所では無い。

 村人達は自分の存在に気付いてはいない様子だが、無理も無い。


 彼らは今、いつ出るかも分からない魔物を警戒して進んでおり、見えているモノが見えていない状況にある。

 しかし、その振る舞いはむしろ危険を招く事をザンカは知っていた。


「うひゃあああ!!」

 村人の一人が声を上げた。

 彼の視線の先には、熊を思わせる体躯に毒々しい斑点模様の濃緑と紫鱗の鱗を纏った二足歩行の蜥蜴。


 その姿は昨晩自身が戦った魔物と同じ人龍アザードであった。

 ヤツらは群れを成すことは無い。だがそれは一匹の強さが並外れている事を意味している。


 出くわせば逃げるか、死ぬか。

 流石に村人達もそれくらいは知っているのか、現れた人龍アザードに怯え、後退りしていた。


 ────まずいな。


 人龍アザードは跳ぶ。相手を怖気させ、下がった所へ飛び掛かるのだ。このままでは村人達が全滅するのは目に見えている。


 ……無意識にザンカの掌は愛刀の柄を手繰っていた。

 だが、間に合うのか。村人達は対岸だ。走ったとて数分はどうしても掛かる。


「あ、ああ……仏様ァァ! どうか儂らを助けてくれぇ〜!」

 手を合わせ天を仰ぐ村人の声にザンカは我に返った。


 ────猶予は亡い!

 愛刀を手に、ザンカは駆け出した。

 対岸までの最短距離。渓流の所々に突き出た岩の上を跳ぶ────。


 一つ。足裏で岩肌を掴む様に着地。

 二つ。前へと蹴り出す様に跳ぶ。

 三つ。更に前へ──────

 ザンカの身体は疾風の如く飛翔した。


 ────限り限りか……!

 持ち前の身体能力もあるが、何より幾多の経験がそうした技の根幹を成し、ザンカは黒い旋風じみて村人達の前に現れた。


「な、なんだべ……!?」

 突如として現れたザンカに村人は喫驚を漏らし、その姿に目を瞬たかせた。

 年季の入った編笠に、黒い鎧────風の噂に聞く“羅刹”。


 それが今目の前にいる事の恐怖に、村人達は言葉を失っていたが、人龍アザードは人を容易に丸呑みするその顎を目一杯に開き威嚇していた。


 ────跳ぶ。


 瞬間、人龍アザードはその場に影だけを残し消えた。尋常では無い脚力によって飛び上がったのである。

 だが、ザンカは人龍アザードの跳躍に合わせて、愛刀を鞘から引き抜いていた。


 鈍色の刃が太陽の元に晒される─────

 あまりにも長く、重い刀。

 その刃渡りは長さにして一間。ヒト一人よりも長い刀は人の扱うモノとは到底思えぬ大太刀であり、見る者を圧倒する。

 されどそれは単なるかぶき者の見栄では無い。

 自身よりも体躯の勝る魔物を斬る為に造られた魔物殺しの大刀。


 それこそが、ザンカの愛刀“大太刀・八咫殺ヤタゴロシ”であった。


 刃が抜かれたと同時────人龍アザードは自らの生存本能が警鐘を鳴らしている事で、目の前の獲物が、最早獲物では無く自らの天敵──或いは死神であると気付いた。


 しかし────もう遅かった。

 跳躍した身体を引き戻す手段は無い。

 人龍アザードはただ、最後の瞬間に閃光を見た。


 人龍アザードの肉体は空中で両断され、残された勢いは死なず、村人達の方へと飛んでいくと彼らの足元に肉肉しい水音を立てて落ちた。


「ひっ……! ひぇぇぇぇ……」

 人龍の死体に村人の一人が腰を抜かしていた。

 次いで、それをやった張本人であるザンカへと視線を向ける。


「お、おおおお前は……黒笠、なのか?」

 村人はザンカの容貌に伝承や噂に聞く、羅刹の姿を重ね問いかけていた。

 ザンカは屠った魔物の血を刃を軽く振って落とすと、背負った鞘へと刀を納め村人達の方へ歩み寄った。


「ち、近づかないでください!! 私達はこんなところで死ぬわけには行かないのです!」

 若い女の村人が一人、ザンカの前へと飛び出してそう言った。

「馬鹿野郎っ! お前が出てきてどうするだっ!?」

 先程魔物の死体に腰を抜かしていた村人が必死の形相で叫ぶ。


 ザンカはそこでようやくこの村人達がなぜこの様な所を歩いているのか理解した。

 以前にも似たような光景を見たことがあると思い出し、それを口にする。


「“捧げ物”か」

 聞いて村人達は「あ……」と音吐し、静まりかえった。


 やはりそうか、とザンカは飛び出してきた女の村人へと近寄った。


 女は若いのもあるが、この辺境にあって健康的であり、それでいて豊かな身体付きをしており肌も白く、漆を塗ったかのように艶やかな黒の髪が映えている。まるで作り物の如くに美しい女であった。


 ────成る程、生まれた時から捧げ物として育てられて来たという事か。まさに貴人。黒髪の君か。


 そうして一人納得していると、その黒髪の君が拳を張り上げて殴りかかろうとしているのが見えた。


「このっ!」


 黒髪の君は大きく振り上げた拳をザンカへと向けて放つが、その拳は宙空を貫くのみ。


 ────どうにも嫌われているようだな。


 空振りし、体勢を崩し倒れかけた黒髪の君を抱き止め、ザンカは他の村人達の顔を見回した。


 村人の衆は全部で六人程であった。

 衆のほとんどは男だが、みな老境の境にいる様な痩せ細った身体をしている。

 そして黒髪の君を含めれば七人。女は黒髪の君の他にもう一人いたがやはり年老い痩ている。

 ザンカには、彼らが到底危険な場所を歩ける様な者達には見えなかった。


「は、離してっ────!」

 今しがたまでザンカの腕の中でその白い顔を撫子色に染め上げていた女が、両の手でザンカの胸を押し退けた。


「はーッ……いきなり女子おなごの身体に触るなんてとんでもない男ですね! 淫蕩道楽男どすけべ野郎ですっ!」

 身体を守る様に両手で隠しながら、女はザンカを罵倒する。


 ────酷い言われ様だな。お前こそ触ったくせに。


 内心むっとしながらもいい加減変な勘違いをされ続けるのも御免だ、とザンカはおもむろに羅刹の象徴とされる編笠と、その黒い鎧を外した。


 その瞬間村人達の中で動揺が巻き起こった。

 ザンカは鎧の下、薄い漆黒の天鵞絨ビロードを村人達の前に晒し「分かってもらえただろうか」と続ける。

 ザンカは問いかけているのでは無く、そこに|ある《、、】という事実だけを認識する様に促していた。


 村人達は一様に静かに頷いた。それと同時にみなが驚嘆していた。


『まさかあの羅刹が美しい“女”だったとは』と。



 それから少しして……ザンカは村人達の事情を知った。

 彼らが辺境の村──鼬鼠いたち村の人々であるという事。黒髪の君がやはり“捧げ物”である事。黒髪の君の名が“カガリ”という事。


 そして、この地に女を捧げ物とする“鬼”がいるという事を。


「羅刹様! あんたの腕ならあの鬼を討てるかもしれねぇ!」

 おねげぇしますだ、と衆の長であるヨスケが跪いてザンカに懇願する。が、すぐにカガリの「やめなさい!」という一喝によって止められた。


「先程の人龍アザードとは訳が違います。アレは……人間が敵う相手では無いのです。私が捧げ物となれば、村の安全は保たれる……無駄に人が傷つく必要は、ありません」

 そうは言うが、彼女とて内心は恐ろしくて堪らないのだろう。強く握り込んでいる掌がその証拠だ、とザンカは推測する。


「ザンカ様……」

 先刻までの気性の荒さが嘘の様にカガリはザンカの掌を握り真っ直ぐに目を見つめてきた。


 羅刹とは呼ばず、名で呼ばれる事に戸惑いながらもザンカはその目を見つめ返すが、女同士だというのに照れ臭くなった思わず視線を逸らす。

 だが、カガリはその先へと回り込んで更に見つめてきた。


「ザンカ様、私は捧げ物になる事に躊躇はありません。ですが、ここにいるみんなは私を届けた後無事に帰る事が出来るでしょうか? ただでさえ危険な道中。先程の様に人龍などに出くわせばみな殺されてしまいます。ですから────」

「分かった。道中の用心棒、おれが承る。だから……」

 ザンカが告げると、「本当ですか」とカガリは玉の様な漆黒の瞳を輝かせ、ずいとザンカの顔へ近づけた。


「なっ……!」

 ────これは身体に毒だ。早急に何とかせねば……。


「その、顔が近いのだが……」

 掌を握られたままな為、離れる事の出来ないザンカにカガリは微笑した。


「いいじゃありませんか。女同士なんですし──……?」


「────ッッ!」

 その表情が妖艶であったのは言うまでも無い。

 存外強かであるカガリに、ザンカは何とも言えない敗北感を植え付けられる事となった。



 ◇赤の峠



 一夜が経ち、山間の渓流を越えて峠に入ったザンカとカガリ達村人衆。

 道中は思いの外、危険な事も無く順調に進んでいた。

 村人達も痩せている割には体力があり、休む回数も少なく歩けている。

 だが、それだけカガリという黒髪の少女が“捧げ物”となる時間も早まるので、喜べる事では無い。


 ────鬼、か。

 一人、鬼という存在についてザンカは考えていた。

 伝承に残る“鬼”。

 彼らは今も何処かに残るというが、人里から離れた地に住まい静かに暮らしていると聞く。

 と言うのも鬼と人はかつて争ったが、一人の鬼の子と一人の人間の子どもによって諌められ和解へと至り、それを見ていた仏によって二度と二つの種が争う事の無いよう鬼と人の世は切り離されたのだと言う。

 ……まるで人と鬼が再び巡り会えば争ってしまうとでも言うような伝承だ。

 ザンカはこれから向かう先で“鬼”と呼ばれる者が、まことの鬼であるなら、と伝承を思い返していると隣を歩いているカガリに気付いた。

「自分で歩いているのか?」

「ええ、この峠で駕籠に乗っている訳にはいきませんもの」

 それに、と付け加えてカガリはザンカの腕に抱きついた。

「なっ!? よ、よせ!」

「ふふ、ザンカ様ったら驚き方が一つしかありませんのね」

 言ってけらけらとカガリは笑うが、いちいち鼓動を早められるザンカとしては堪ったものではない。

「あ、足元が悪い、じゃれていると転けるぞ……」

 なんとかカガリを引き離そうとザンカは試みたが「心配してくださるなんて優しい」とのたまってカガリはより強くザンカの腕に巻きついた。

 ────仕方あるまい……

 カガリのこれからの境遇を考えれば、この程度の戯れにいちいち言を紡ぐのは酷か。

「!?」

 そう考えていると、何かが這う感覚にザンカはびくりと身体を震わせた。

 そしてすぐにそれがカガリが鎧の内に手を差し込んで腹を撫で回していた事によるモノだと気付いて咄嗟に飛び退いた。

「あら」

 などと不思議そうな顔をしているが、一体何のつもりなのかとザンカは言おうとしたが、弾む鼓動のせいで口を金魚の様に喘がせるのみで言葉が出てこない。

「……斯様な事を──」

「お強い無頼様でも苦手な事があるんですね」

 ようやく絞り出した言葉もくすくすと笑って流されてしまい、カガリは何事も無かった様に歩き出していた。


 ザンカが弾んだ呼吸のせいで動けずにいたところに少し遅れて事情を知らぬ村人衆が現れ「おや、どうされました?」とヨスケが言った。

「な、何でも無い!!」

「いやぁ、そんなに顔を赤くしてたら心配でさぁ。まさか熱病に罹られたのでは……?」

「何でも無いったら何でも無い!!」

「ですが……」

「ええい、しつこ────「きゃあああああ!!」


 カガリの声だ。途端、ザンカは風の様に走り出していた。


 ────失態だ! この峠も決して安全では無いのは分かっていた事だというのに。


「カガリッ!!」

 彼女の元に辿り着いたザンカが目にしたのは、地面に倒れ込み怯えるカガリと、彼女を怯えさせている張本人

 峠を縄張りとしている山賊どもであった。

 そこには三人の山賊。

 それぞれが薄汚れた獣皮を肌の上に纏い、手に多種多様の得物を握っている。なにより身なりといい顔といい何もかもが醜い男どもである。

 その一人がカガリに今にも襲い掛かろうとしていたが、ザンカに気付いて手を止めた。

「んん〜? なんだお侍様まで連れてんのかぁ」

「へへへ、やっぱりこの女いいとこのお姫様なんじゃねぇか?」

「気が強いってのはお姫様っぽくねぇけど、そういうのも趣があって俺は好きだぜ」

 下卑た笑みを浮かべると、山賊の一人がカガリへと手を伸ばす────

「触れるなッッ!!!」

 びり、と微かに空気が震えた。

 それに山賊達は苛立ちを覚え、カガリを放置してザンカを敵として見据える。

「なぁ、お侍様よぉ。俺達が最も好きな事と嫌な事を知ってるかよ?」

「……そんなもの微塵足りとも興味は無い」

「そうかよ。だが折角だから教えてやるぜ」

 ザンカの言葉を無視して山賊の一人は続けた。

「俺達が最も好きなのは自分達より身分の良い連中を徹底的に嬲り倒してやる事さ。そういう奴らの尊厳を完膚なきまでに叩きつぶして、屈辱に塗れさせてな……そうした時の連中の顔ったら面白いもんだぜ? ま、大抵自分が誰かも分かんなくなる程に壊れちまうんだがな!」

 一人がそう言って笑うと、他の二人も笑い出す。

「下衆が……」

「おお、そうだとも!俺達は下衆だぜ! だがオメェは今からその下衆に嬲り殺されるって事を覚えておけや」 

 再度山賊達は笑う。山賊達の背後にいるカガリがザンカを不安げに見つめている。

「そしてな、最も嫌いな事を教えてやるぜ!それはな……」

「ふん。そんなもの自分達より位の良さそうな者に指図されるのが嫌だと言うんだろう?」

 鼻を鳴らし、下らんと吐き捨てザンカは山賊達を睨みつける。

 その行為が更に山賊達を激昂させると分かっていながら。

「いい度胸だぜ! 死ねぇぇえ!!」

 怒りにその醜い顔を歪め、山賊の一人が斧を振り上げて突進してきた。

 膂力にモノを言わせただけの愚直な行動にザンカは乾いた笑いで応えた。

「程度の低い連中だ────!」

 刀を抜くまでも無い、とザンカは背負った長大な刀を鞘ごと掴んで鞘の先端で山賊の鳩尾を突く。

 されどそこに加減は無い。

 今の一突きで、突かれた山賊の鳩尾は潰れ、内にある肺や心の臓までもが裂けたであろう。山賊は濁った音を発しながらその場に崩れ落ちた。

「テメェ!!」と残った二人も続け様にザンカへと迫る。


 一人は鉈、一人は石の棍を握りしめている。

 動きは最初の山賊とそう変わり無い。

 つまりは、ザンカの敵では無かった。


 ザンカが鉈を持った山賊の足元目掛け鞘を払う様に振るうと、山賊は簡単にその足を払われて体勢を崩し前へと勢いよく倒れ込む─────ここが岩肌でなければ大事は無かっただろうが、山賊は自らの勢いによって岩へとぶつかりそのまま意識を失った。

「その長い刀じゃ、この間合いはどうにも出来ねぇなぁッ!!」

 その間に残った最後の一人の山賊がザンカの目前へと迫っていた。その手には石の棍。ザンカとてそれで頭部でも殴られれば致命傷は免れないだろう。


 だが────……


「な、なんだ……と!?」

「馬鹿め。おれはその辺の道場侍では無い。無頼者だ。剣術だけがおれの戦い方では無いわ」

 漆黒の具足に覆われた脚が、山賊の股間へと叩きつけられていた。

 自らの逸物が潰れる感触を味わいながら、最後の山賊は泡を吹いて倒れた。

「下衆には似合いの最期だ」

 ふん、と鼻を鳴らし倒れ臥している山賊どもはザンカは睥睨し、大太刀を背負い直した。


 ──ザンカの勝利である。

 

 そこへ、始終を見守っていたカガリがすぐさま駆け寄ってきた。

「ザンカ様! お怪我は……!」

 カガリは自身にも責があると思っているのだろう、ザンカが山賊達を打ち倒したというのにその顔は不安げであった。

「無い。だが心配はした」

 ザンカがそう言うと、先刻の様に「心配して下さったんですか」と茶化す事もせずカガリは更に表情を暗くした。

 無論、ザンカには責めているつもりなど一切無かった為、その反応を見るやいなや「いや責めているつもりなど……」と困惑し、他にどう言うべきかと頭を悩ましていると笑い声が起こった。

「ふふ、どこまでもお優しいんですね……!」

「む。謀ったのか」

「いえ、そんなつもりは。ただ慌ててるザンカ様がおかしくて……つい」

 口元を抑え笑いを堪えている彼女を見て、ザンカは溜息を吐いた。

 ────こうしていれば年頃のおなごと何も変わらぬ。だというのに……

 彼女は“鬼”の捧げ物にされるという。

 ザンカの胸の内を遣る瀬無さに満ちてくるが、それも彼女の意思であり村民の為であると無理矢理抑えつけた。

「ふふふふ!」

「いつまで笑ってるんだ……」

「だって……あんなに強いのに……! 慌ててるのがおかしくて……!」

「し、仕方ないだろう。今まで一人旅で人付き合いなど殆ど無かったのだから……!」

 するとカガリは「あぁ!」と顔を明るくした。

「だから、あんなに初心うぶなんですね!」

 全くなんというおなごだ。ザンカは眉間を抑え、項垂れた。

「いいか。爾今はそうした行動は控えて──」

 ザンカがカガリに説教をしようとした矢先「おぅい、大丈夫でぇじょうぶですかぁ〜!?」

 と、ヨスケ達村人衆が遅れてやって来た事で中断されてしまった。

「はい。ザンカ様が助けて下さったのでこの通りです!」

 言ってカガリは辺りにのびている山賊達を村人衆へと見せつけて自慢げにしていた。

「おお〜!」ヨスケは感嘆を漏らし、ザンカへと羨望の眼差しを向け、他の村人達も同様にザンカを見つめた。

「さすがは羅刹様!」

 ヨスケが言うと続けて「さすが!」「女武者!」「美人侍!」などとザンカを称賛する声が上がった。

「ええい、よせ! おれは無頼者だ。名誉などいらん!」

 そう言うザンカであったが、聞く者はおらず称賛の声はしばらく続いた────。


 ……“鬼”への“捧げ物”、カガリを届ける道中は既に折り返し地点を越し、いよいよこの短い旅も終盤へと差し掛かっていた。



  ◇霧の森



「昼間だというのに何という暗さでしょう……」

 そう呟くカガリの頭上には青空を埋め尽くす程の木々の枝が。それとこの森に充ちる薄い霧が視界に紗をかけていた。

 何よりも峠を越えた矢先にこの霧の森である。進む先も分からず、いつ終わるのかも分からないこの森に対して、流石の村人衆にも疲れが見えてきていた。

 ────休息しなければここを越えるのは厳しいか。

「ここで少し休もう。おれはもう少し先を見てくる」

 ザンカは村人達に休息を提案し、自身は森の出口を探す為、一人で探索に出ようとした。

 無論、一人の少女がそれを許す訳も無く、ザンカの傍らには黒髪の少女カガリが付いてきていた。

「また二人きりになれましたね!」

「そ、そうだな」

 嬉しそうに言うカガリとは裏腹にザンカの方は次は何をされるのか、と内心は不安な気持ちに満たされていた。

 だが、こうなる事は仕方の無い事でもあった。

 村人達は安全なところに置いて来ているが、先程の様な山賊に襲われればカガリを守り抜く術は無い。

 よって多少の危険が伴おうとも、一番安全なのはザンカと行動を共にする事であった。

 霧の森には、動く死体が出る。

 遠い地で聞いたそんな噂話をザンカは思い出していたが、不意に訪れた今やもう慣れてしまった感覚にげんなりする。

「またか……」

「え?」

 知らぬ素振りをしているが、カガリの手はザンカの鎧の内に入り込み素肌を撫でていた。

 一体何が彼女をそうさせるのか、ザンカは疑問に思うが言及した事で更なる“何か”が起きる気がしたので止す事とした。

 赤の峠から霧の森までに二晩が過ぎたが、その間にカガリが鎧の内に手を入れて来たのは四回。寝込みを襲われかけた回数は五回。

 全て大事に至る前に阻止したが、腹を撫でられるくらいの事は看過する程度にザンカは慣れきってしまっていた。

「うーん、反応が少なくてつまらなくなって来ました」

 変わらず腹を撫で回しているカガリが不満げに呟くのを聞き流してザンカは森を進んでいく。

 最早これに構っていては先へ進む事は出来ない、とザンカが割り切って進んでいるとカガリの手が不穏な動きを見せているのを感じ取った。

 一体鎧の内でどんな手の動きをしているのか。

 その手はつぅ、と腹筋をなぞり臍の下へと動いていく─────……

「ッ────ばっ、馬鹿!」

 鈍い音が響き、カガリの手がソコへ至る直前……寸での所でザンカはカガリの手を止めた。

「痛いじゃないありませんかぁ〜」

 叩かれた頭を抑え涙目でザンカに訴えかけるカガリに背を向けてふん、と鼻を鳴らした。

「カガリはそんなにおれの様な無頼者が珍しいのか。言っておくが、おれは魔物でも鬼でも無いただの人間だぞ?」

「そんな事……隅々まで触れているので存じてますとも」

「な────!?」

 さらっと衝撃的な事を言うカガリにザンカは言葉を失った。

「あら、気付いていらしたんじゃなかったんですね。なぁんだ……」

 残念がりながらそこへ「あんなに可愛かったのに……」とカガリが付け加えた事でザンカは顔を紅く染め上げた。

「い、一体おれに何をした!?」

「ええ? 知りたいんですかぁ?」

「あ、当たり前だろう!?」

「そりゃあ勿論……?」

 なんだと言うのだ、そう言いたいのを抑えザンカは妖艶に言葉をはぐらかすカガリにやきもちした心情を抱いて答えを待った。

「なーんて、何にも致しておりませんよ」

 そう言って残念でした、と笑うカガリに対してザンカは安堵した。

「ふぅ……魔物と戦うよりよっぽど心臓に悪いぞ」

「魔物となんて、比べないで下さい」

 ぴたりとザンカにくっ付いてカガリは胴鎧を指先で撫で上げ、漆黒の瞳でザンカを上目遣いに見上げる。

 ザンカは改めて間近に迫った少女の美しさに息を呑む。

 大きな潤んだ瞳でザンカを見つめながら、色の薄い唇からは甘い匂いの吐息が漏れていた。

 こんなにもあえかな少女だというのに、そのくせ何とも言えぬあでやかさを醸し出して迫ってくる。

 もしザンカが男であったなら堪え切れずに襲い掛かっていた事は間違いない。

 しかし、徐々に迫る顔にザンカはハッと我に返って少女の肩を掴んで遠ざけた。

「もう少しでしたのに……」

 残念がるカガリをザンカは再び「馬鹿!」と一喝した。

「何がもう少しだ! 微塵もそんな事は無い!」

「本当ですか……?」

 そう言ってまた近寄ってくるカガリに対し「もうその手は食わん!」とザンカはするりとカガリの身を躱し、先へと進んだ。

「仕方ありませんね」

 すっ、と居振舞いを正してカガリもその後に続いた。

 …………二人はそんなやり取りを時々挟みながらしばらく森の中を歩き回ったが、やはり出口は見つからず致し方無く村人達の元へと戻る事となった。


 すっかり夜になり、一層闇を増した暗い森。

 焚き火を囲む村人達に混ざってザンカは周囲の様子について報告した。

「数刻歩き回ったがどうにも出口らしきモノが無かった。木の上にも登ってみたが、そこから見えたのは見渡す限りの森だけ。登ってきたはずの峠すら見えなかった」

 その事実に村人達は異常を察し、不安な表情を浮かべる。

「い、一体どう言う事なんだべか……?」

 起きている事態が飲み込めずヨスケがザンカに問いかけた。ザンカは真剣な顔つきで頷いて応える。

「幻術だ。何者かがこの森にまぼろしを見せる陣を築いている────おれは以前、こうした術を見た事がある」

 幻術。聞き慣れぬ言葉に村人達はどよめくが、カガリは平然としていた。

「でもザンカ様はどうすればよいのか分かっているのでしょう?」

「無論。幻術の陣は強力だが、術士は離れる事が出来ない。術士と陣が離れる程その効果が弱まるからだ。故に、今なお幻術が強力に働いているという事は術士が近くにいる証拠に他ならん。そいつを倒せば……」

 幻術が解ける、そう言ってザンカはそばにあった石ころを手にして立ち上がった。

「ど、どうなれたんだべか?」

 突然立ち上がったザンカにヨスケが驚いて声を上げるが、ザンカは一瞥もくれずに人差し指を立てて返すと、ヨスケを含め村人達は口を噤んだ。

 虫の鳴き声。焚き火の薪が弾ける音。頬を撫でる夜風が通り抜ける微かなひょうという音にザンカは耳を傾ける。


 そしてその中に異音を捉えた。


「そこだッ!!」

 

 声と共に投げ放たれた石ころが森の奥へと向かって飛翔する。

 だが、焚き火より突然何も無い空間で石は弾かれる様に舞って地面に落ちた。

 すると、石の落ちた場所────焚き火より五間ほど離れたその空間が揺らぎ出し、次第に歪みは何かの形へと変質していく─────


 現れ出でたのは、夜だというのに目立つ赤い布を纏った老人の様に見える何か。

 老人の真白い腕の先には杖が握られており、この老人こそが幻術の主なのだと、全員が理解した。


「あれはなんでしょう……人でしょうか?」

「よく見ろ、あの布から出ている腕を。紛れも無い魔物だ」

 言われてカガリが老人の腕に注視すると、老人の腕はただ痩せこけているのでは無く、完全に肉の無い身体。つまりは“骨”である事に気付いた。

「ひっ……」

 押し殺した様に声を上げるカガリを傍目にザンカは大太刀・八咫殺ヤタゴロシを引き抜いた。

 赤い布を纏う骨は姿を暴れた事でこちらを敵と定めた様であり、ザンカの耳だけが骨が何かを呟いているのを聞いていた。

 その言葉が呪詛の類である事を察し、何かされる前にとザンカは前進する────


 その眼前に光の玉が迫っているのに気付いた時には遅かった。


 ────なんだ、今のは。見えなかった……だと?


 突如、飛来した光の玉にその身を襲われたが、ザンカは咄嗟に刀で受けていた事で大事を免れた。

 しかし────光の玉を受けた刀がザンカの掌から消失していた。


 ────何が起きた? 


 理解するよりも先に次の光の玉が迫っていた。

 物体の消失を間近に観測したザンカは、次なる光を獣じみた跳躍で回避した。


 ────アレを喰らうワケには……!


 だが容赦なく光の玉は次々と飛来し、その度にザンカは木々を足場に跳ねて回避する。

 完全に攻める手を失い、避け続けるだけになり徐々に体力を削られていく。


 ────このままでは負ける……!


 ザンカの頭に自らが死ぬ姿が過ぎる────その時であった。

「ザンカ様っ!!」

「カガリ──!?」

 突然響いた声に驚き、ザンカはカガリへと視線を逸らす。そして、その手の先には光によって消されたはずの愛刀が引き摺られていた。

 だが、ザンカにはカガリの手に何故刀があるのかなど気にしている余裕は無かった。

「ザンカ様────って、えぇ!?」

 カガリのそばに駆け寄ったザンカが彼女の身体を刀ごと軽々と抱き上げる。

 そして、骸骨へと背を向ける様に走り出した。

「ザンカ様────これではみんなが……っ!」

「大丈夫だ! 何でか知らぬがヤツはおれだけに標的を定めてやがる……現に、見ろ」

 言われてカガリはザンカの肩越しに後方を見ると、宙空を滑る様に骸骨が追いかけてきているのが見え小さく悲鳴を上げた。

「な、何故ザンカ様を追うのでしょうか……?」

「知らぬ──だが考えられるとすれば……」

 言いながらザンカはカガリが抱いている大太刀、ザンカの愛刀“八咫殺ヤタゴロシ”へと視線を落とす。

 幾多の魔物を殺し、その血を啜ってきた刀。

 骨の魔物はこの刀と自身の発する魔物の怨嗟の念を感じ取っているのではないか────そんな懸念がザンカの中に生まれていた。

 この世には“妖刀”と呼ばれる曰く付きの刀がある。

 それらは幾多の人の生き血を啜った事でただの刀から呪いを宿した“妖刀”へと変質するのだという。

 故に、ザンカの愛刀も妖刀へと変わっていてもおかしくは無かった。


「まさかとは思うが……この刀がな」

 ザンカの愛刀を鍛ったのは名工と呼ばれる“丙午上斎人ひのえのかみときひと”。

 かつての旅の道中で気に入られその際に渡された刀であった。

 名工の鍛った刀は妖刀になりやすいと聞いた事があるが──────……


「ザンカ様、魔物が迫っていますっ!」

「くそ、厄介な!」

「ああ……なんで……? ダメです、止まってください……!」

 走り続けていたザンカであったが突如静止を促すカガリの言葉によってザンカは状況を理解した。

「崖──だと……?」

 二人の眼前に広がるのは断崖。

 それが骸骨の作り出した幻の可能性もあったが、それに賭けるにはこの崖は命取りである。

 轍鮒の急。ザンカは意を決して立ち止まり、カガリから刀を受け取ると彼女を多少乱暴だと思いながらも横へと放り投げた。

「ザンカ様ッッ!」

 投げられながらもカガリはザンカが何をするつもりなのか察してその名を呼ぶ。

 ザンカは、捨て身であの骨の魔物と戦うつもりなのだ。

「だめです無茶ですッッ!!」

「黙れッッ! 無茶でもやるのだ──!」

 カガリがそう叫ぶのをザンカが叫び返して黙らせる。思えば、ザンカが本気で自分を怒鳴りつけた事は無かった。

 カガリがどれだけ危険な事をしても、寝込みを襲ったりしても怒りを露わにした事は無かった。

 そのザンカが、鬼気迫る表情で“黙れ”と────叩きつけられた言葉にカガリにはもう見守る事しか許されないのだと。

 そんな空気をザンカは生み出していた。


 そして骸骨が追いつき、ザンカとの距離を保った位置で停止した。


 再び杖を構え、その先端に光の粒が収束し、光球が形成されていく。

 ────また乱れ撃たれれば先刻と同じになる!

 ザンカは光球が放たれるよりも先に前へと駆け出した。

 しかし、既に発射体制に入っていた骸骨もザンカが前へ出ると同時に光球を射出。

 光球は一直線にザンカを目掛けて飛行していた。距離があったとて目で追う事の出来なかった光球を先刻よりも短いこの距離で躱せるはずも無い。

 ぶつかる────!

 その瞬間を想像しカガリは思わず目を瞑った。


 だが──────……


「音だ。貴様の術には音が伴う。それさえ聞いていれば、見えずともどこに飛んでくるかは分かる……!」

 

 この土壇場で、ザンカは魔物の上を行ったのである。

 最早骸骨が乱れ撃つ光球はザンカに掠りもしていなかった。

 そして骸骨との距離が間近に迫った所でザンカは姿勢を低くして刀を後方に構える────。

 それこそがザンカの本領。

 魔物狩りの業にして必殺の構え。

「貴様の敗けだ、魔物」

 居合の様に構えた大太刀を振り抜きながらザンカ自身も身体を捻り力を加える。

 大太刀による質量にザンカの膂力が加えられ、その抜刀は瞬間的な真空を纏う────!


荒刃抜鬼アラハバキッッ!」


 業の名を叫びながら渾身の一太刀が振るわれ、骸骨の身体は斬られるというよりも砕け散る様に両断される。更にザンカの一太刀はその正面にあった木々の幾本かをも薙ぎ倒していた。

 まさに、その身に鬼を宿すかの様な荒々しき一撃であった。


 ──今宵もザンカが勝利した。

 魔物が夜の闇に散っていくのを見届けて、ザンカは集中を解いてその場に膝を着き駆け寄る足音に耳を澄ました。

「ザンカ……さま」

 やはりか、ザンカは彼女が浮かない顔をするだろうと分かっていた。

「おれは用心棒だ。危険など承知の上、カガリが気にする事では無い」

 そう言ってみせたが彼女の表情は戻らない。それどころかその瞳には大粒の涙が溜められていた。


 それが、彼女の心の在り方なのだとザンカは気付いた。

 ……カガリには耐え難いのだ。

 自分の為に誰かが傷付くという事、自分が助けられない事。

 だからこそ“捧げ物”という役割には耐える事が出来てしまう。


 そして、村人達もそんな彼女の心に気付いている。

 しかし彼らが彼女の心を利用する卑怯者では無い事をザンカは理解していた。

 元より、この危険な土地をあの様に痩せた力の無い衆で渡ろうとしていたのが何よりの証拠であり、彼らは彼女の示した覚悟を無駄にしない為、力のある若い村人は同行させず老いた衆だけで村を出たのだろう事も。

 彼らがカガリを守る“肉の盾”として同行している事にも。彼らもまたこの旅で死ぬ覚悟を持った人々であった事すらも。


 ────それでもカガリは彼らを生きて村に返す為におれを雇った。だというのに……。


 目の前で泣きそうになりながらも気丈に立ち、瞳はザンカを見つめ無言の言が滲んでいた。


 ────用心棒のおれが傷付く事すら恐れているのだ。カガリはおれに優しい人だと言ったが、その言葉に相応しいのはお前だ。そこまで他者思いやる事が出来る……どうして──


『自分を犠牲に出来てしまうんだ』

 これまで見てきた彼女の姿を思い出し、ザンカは心の内でそう唱えた。

 本来であればただの年頃の少女であるカガリが“捧げ物”などという役割を背負わされ、あまつさえ“鬼”と呼ばれる存在に貢がれようとしている。

 はじめは彼女の意思を尊重し、村人を生きて村に返す約束だけを果たすつもりのザンカであったが、今やその意志は揺らぎ、次の瞬間には崩れ去っていた。


 ザンカは何も言わずにカガリを抱き上げると、彼女の漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめ、カガリも返すようにザンカを強く見つめた。

 

「カガリ────おれは“鬼”を殺すよ」


 それは、誰の為でも無い。

 ザンカ自身が望む、己の為の目的。


「はい……!」


 その意志を汲んで、カガリも力強く応えた。

 

 

 …………森を抜ければ“鬼”の棲まう領域。

 この短き旅も終わりを告げる時が近付いていた。

 “鬼”は強く。人の身では勝てぬ存在。

 死ぬのが必定。

 されど、この旅がどんな結末となるかは運命の神のみぞ知る。


 黒笠が鬼を殺し。果ては神までも殺すか。

 はたまた運命の神に欺かれ足跡を絶つか。

 

 結末は誰も知らぬ。


 後に残るは黒笠の伝承のみ。

 ああ、羅刹や羅刹。

 黒笠の無頼者は羅刹であると誰かが言った。


 篝火を囲む無頼者や村人達。

 いつしか伝承は噂となり……人々の中を行く風となって飛んでいく。


 だがその風がある限り、伝承の火は燃え尽きはしない。

 


 ────そうして、黒笠の伝承は残火の様にいつまでもいつまでも燃え続けている。

 

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