第56話 ヴェントとの模擬戦

 「………」


 「………」


 晴れた日の太陽の日差しが互いに睨み合って佇む僕とヴェントの姿を際立たせる。


 模擬戦だからといって手を抜いて戦ったのでは意味がない。


 互いの実力を正確に知る為にも僕とヴェントは兄弟といえど互いに真剣に戦いに臨む覚悟でいた。


 他の『味噌焼きおにぎり』のメンバーであるSALE-99とブランカ、新たなアイシア達が観戦にやって来ているようだが関係ない。


 折角の実力を試す機会だし僕は彼等に全貌を知られるのを承知で『注射器魔法シリンジ』の魔法の能力を最大限に発揮させるつもりでいた。


 そして一陣の風が吹き荒れ、辺りを覆う草原くさはらが波打つように揺れるのと合図に戦いの火蓋が切られる。

 

 「うおぉぉぉーーっ!」


 「………」


 勇ましい雄叫びを上げると共に僕はヴェントに向かって勢いよく直進していく。


 そんな僕に対しヴェントは剣を構えて迎え撃つ姿勢を取っていた。


 ヴェントの構える剣身に不思議に光る筋の模様が入った剣はメノス・センテレオ教団が腕の良い鍛冶師を雇って神の子・・・専用の武器として造らせたものだと聞いている。


 ベル達によるとその鍛冶師というのもヴェント達『味噌焼きおにぎり』の仲間の魂が転生している人物で、もしかしたら【伝説の鍛冶師レジェンド・スミス】という隠しスキルの転生スキルを取得しているかもしれないとのことだ。


 【伝説の鍛冶師レジェンド・スミス

 卓越した鍛冶の技量を得ると共に転生した世界で伝説級レジェンダリーとされる武器や防具、アイテムを鍛造できるようになる。


 っというのが【伝説の鍛冶師レジェンド・スミス】の転生スキルの詳細なのだが、仮に【伝説の鍛冶師レジェンド・スミス】を取得しておらず共ヴェント達『味噌焼きおにぎり』程の規模を誇るソウルギルドなら転生先の世界で自分達専用の装備を造らせる為の仲間を用意している可能性は高い。


 【転生マスター】であるSALE-99達がいればその者との接触も容易だろうし、ヴェントの構える剣は通常の物を遥かに超えた性能を誇っていると考えた方が良いだろう。


 だがしかしこちらにもそんなヴェントの剣に対抗する為の武器の用意がある。


 僕の右手に握られている透明な水色の液体に満たされた『注射器魔法シリンジ』の魔法の注射器。


 この注射器には凡そ2トンの量の水をしてある。


 本来なら現在の僕は最大15トンまで水をできるのだが、残りの分量の水は他の注射器にいくつか分割してしてある。


 15トンというのは本ずつの注射器に対してではなく僕の生成する全ての注射器を合わせての許容量なので、それぞれの注射器の使い道に応じて適切な量の水を《抽出》》しておかなければ効率良く活用することができない。


 そして今右手に握っている2トンの水を収容してある注射器のその用途とは……。


 「……っ!。なる程……『水剣ウォーター・ブレイド』か。相当な量の水を圧縮させていてかなりの強度を誇っているようだけど……。肝心の剣術の腕前の方はどうなのかな、ヴァン」


 『注射器の中の媒体シリンジ・ミディアム』の能力を使う為魔力を送り込むと共に注射器の針の先から溢れ出た水が僕が握る筒の部分が柄となるように一般的なサイズの剣の形を形成していく。


 これは魔力で形状を固定した水を剣として扱うことを可能とする『水剣ウォーター・ブレイド』の魔法。


 他にも火や雷などで剣の代用品を生み出す魔法は数多く存在するけどそれらの利点として比較的軽い重量で強度の高い剣を生成できる点が上げられる。


 しかしながら通常の剣と同等かそれ以上の強度や切れ味を付与しようと思えば相当な魔法の技量と魔力量が必要となる。


 一般的な魔法の技量の持ち主では大抵は通常の剣を下回る性能の物しか生成できないだろう。


 勿論魔法で生成したものである以上通常の剣にはない効果を付与することは可能だが剣として高い性能を持って生成するのは難しい。


 しかしながら『注射器魔法シリンジ』の魔法の注射器に収容された3トンの水を圧縮して生成したこの僕の『水剣ウォーター・ブレイド』ならあの【伝説の鍛冶師レジェンド・スミス】によって鍛造されたかもしれない剣にも対抗できる程の性能を秘めているはずだ。


 『注射器の中の媒体シリンジ・ミディアム』の能力を通して発動させたことにより注射器の外に出て剣を形成した水の重量も通常の剣と変わらぬ程度に抑えられている。


 この『注射器の中の媒体シリンジ・ミディアム』による『水剣ウォーター・ブレイド』を手に僕は自身を持ってヴェントの懐へと斬り込んでいく。


 「はあぁぁっ!」


 斬り込んでいった僕の『水剣ウォーター・ブレイド』と待ち構えていたヴェントの剣が強くぶつかり合い激しい剣戟を繰り広げる。


 特別製の剣を持ち、神の子・・・として超絶な高さの身体能力を誇るヴェントとまともに斬り合うなど無謀と思えるかもしれないが僕の方もこれまで取得したソウルポイントで自身の魂に更なる強化を施していた。


 【水剣ウォーター・ブレイドLv3】

 スキルのLvに応じて転生先の世界での水剣ウォーター・ブレイドの系統に属する魔法の技量が上昇する。


 【剣術Lv5】

 スキルのLvに応じて転生先の世界での剣の技量が上昇する。


 他にも自身の【注射器魔法シリンジ』の魔法の習得に役立ちそうや医学関係の転生スキル等を新たなに取得していた。


 しかしながら今僕がヴェントと互角に剣を交えることができているのはそれらの転生スキルの力というよりもやはりベル達が僕の肉体を内部から細胞レベルでパワーアップさせてくれていることの方が大きい。


 更には今回僕が転生しているこのヴァン・サンクカルト自体が元々高い潜在的な力を有していたこともあるのだろう。


 それが神の子・・・であるヴェントと兄弟として生まれたことが影響しているのかどうか定かではないが何にせよ今回の僕はいつもの人間に転生した際より数倍も高い能力を有していた。


 「ふっ……剣の腕前はまずまずだね。ではこっちの方はどうかな」


 「……っ!」


 剣で強く僕のことを弾いて少し距離を取ったと思うとヴェントは次は僕の魔法の実力を確かめさせて貰うと謂わんばかりに光線を放つ『光線レイ』の魔法を撃ち放ってくる。


 ヴェントの周囲に現れた光球から撃ち出されたいくつもの光の筋が光線となって僕へと襲い掛かって来た。


 まさに光のような速さで襲い掛かって来る光線は避けることで精一杯。


 光線を撃ちつけられた地面にまるで機械にくり抜かれたような正円状の穴が次々と開いていく。


 1発1発が当たれば即戦闘不能となってしまうような威力だ。


 そんなヴェントの『光線レイ』の魔法に対抗する為に僕は攻撃を躱しながら生成した5本の『注射器魔法シリンジ』の魔法の注射器を差し向ける。

 

 「……っ!。この注射器は……」


 僕がヴェントに差し向けた5本の注射器にはそれぞれ1トンずつの量の水を収容してある。


 更にその注射器は手元から離れた注射器を自在に動かす『遠隔注射器リモート・シリンジ』の能力により遠隔操作が可能。


 勿論『遠隔注射器リモート・シリンジ』で遠隔操作中も『注射器の中の媒体シリンジ・ミディアム』の発動は可能であり僕は5本の注射器それぞれからヴェントに向かって『水弾ウォーター・バレット』の魔法を撃ち放つ。


 「くっ……」


 自在に宙を飛び交う5本の注射器から撃ち放たれた『水弾ウォーター・バレット』の魔法の水弾がヴェントへと襲い掛かる。


 流石に水弾を避けながらの状態で魔法を制御するのは困難だったようで僕への『光線レイ』の魔法が止んだ。


 ヴェントが魔法の中断を余儀なくされたのに対し、僕の方は『光線レイ』の魔法を避けながらの状態でも『水弾ウォーター・バレット』による正確な反撃が可能だったのは僕が差し向けた注射器に『遠隔注射器リモート・シリンジ』を発展させた『自律稼働型注射器シリンジ・ビット』の能力を付与していた為。


 『自律稼働型注射器シリンジ・ビット』の能力を付与された注射器は僕によって直接操作を受けることなく、対象へと差し向けただけで自動で目標ターゲットを選定して攻撃を行うようになる。


 そのおかげで僕は攻撃を避けながらの状態でも的確に反撃を行うことができたというわけだ。


 ヴェントが僕の『水弾ウォーター・バレット』を避けるのに手一杯になっている隙を突いて僕は一気に勝負を決めてしまおうと更なる追撃を仕掛けていく。


 「……っ!。足が……」


 ヴェントの足元の地面が突如として急激に液状化していき、ヴェントはその泥濘ぬかるみに足を取られ身動きが取れなくなってしまう。

 

 勿論この泥濘ぬかるみも僕が魔法によって引き起こしたものだ。


 地面へと突き刺した『注射器魔法シリンジ』の魔法の注射器からヴェントの足元の地面へと大量の水を注入し一気に液状化させた。


 僕が生み出した泥濘はまるで底なし沼のような粘土と深さがあり一度捕まってしまえばヴェントと謂えどそう簡単に抜け出すことはできないはずだ。


 泥濘ぬかるみに嵌って抜け出せずにもがいているヴェントに5本の『自律稼働型注射器シリンジ・ビット』の注射器から撃ち出された『水弾ウォーター・バレット』の水弾が一斉に襲い掛かる。


 「くっ……」


 このまま勝負を決することができると思ったのだが『水弾ウォーター・バレット』の水弾はヴェントが自身の周囲に張った光の障壁の魔法によって全弾防がれてしまう。


 しかしながら僕の追撃はこれで終わりではない。


 泥濘ぬかるみを作り出すのにも使用した注射器を再び両手に握り光の障壁に包まれているヴェントへとその先端を差し向けた。


 この注射器には今の僕の許容量でできる残りの量の水を全て収容してある。


 その水量は凡そ8トン。


 泥濘ぬかるみを作り出すのに1トン程度使用してしまっているが僕は残りの7トンの水を全て『水撃ストリーム』の魔法へと変換しヴェントに向かって渾身の一撃を撃ち放った。


 「あれは……流石に防ぎ切れないか」


 この7トンの水の『水撃ストリーム』ならヴェントの光の障壁を打ち破るだけの威力があるはずだ。


 ヴェント向かって行く巨大な水流を眺めながら僕はそう確信していたのだけれど……。


 「……っ!。あ……あれ……」


 ヴェントに直撃すると思われた僕の『水撃ストリーム』だがそのままヴェントのいるはずの場所を通り過ぎていってしまった。


 『水撃ストリーム』を放っている僕の手元にも攻撃が命中した手応えが感じられなかったがそれもそのはず。


 『水撃ストリーム』が直撃する直前にヴェントは泥濘ぬかるみに囚われていたはずのその場所から完全に姿を消してしまっていたのだ。

 

 一体あの状態からどうやって抜け出したというのだろうか。


 移動して回避したにしても全く姿を捉えることができなかったが……。


 「くっ……ヴェント兄ちゃんは一体何処に……」


 「後ろだよ、ヴァン」


 「うっ……!」


 背後からヴェントの声が聞こえてくるのと同時に僕の後ろの首元に剣先が突きつけられてた気配が感じ取れた。

 

 どうやらこの模擬戦は僕の敗北で決着がついたようだ。


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