第44話 悪夢の前の平穏

 「んちゅ……んちゅ……ぷはぁ~っ!」


 「あ~、今日も一杯お母さんのお乳を吸いましたね~、ヴァンちゃん。そんなに満足げな顔をしてそんなにお母さんのお乳が美味しかったんでちゅか~」


 「ばぁっ♪、ばぁっ♪」


 「あら~、そうなの~。ヴァンちゃんに喜んで貰えて母さんも嬉しいわ~。は~い、次はアイシアちゃんがお乳を貰う番ですよ~」


 「んちゅ……んちゅ……」


 僕達が『ソード&マジック』の世界の5回目の転生を迎えて約2か月半が経過。


 まだまだ赤ん坊から成長できていない僕とアイシアは今日もPINK-87さんから栄養たっぷりの母乳を貰うことに勤しんでいた。


 前は左右両方の乳房から僕とアイシアで同時に母乳を貰っていたのだが、少し体が大きくなってきたこともあってPINK-87さんも僕達を支えるのが大変になって来たのか最近では交代制で母乳を貰うようになっていた。


 先日その正体について衝撃の事実が明らかになったヴェント達のことも気になるが、あの夜以降SALE-99僕達の前に姿を見せないし秘密の会話も行っていない。


 最近ではヴェントは村に建設されたメノス・センテレオ教団の教会へと1人でよく赴いているようで、僕達はそこでSALE-99やブランカ、他の『味噌焼きおにぎり』のメンバー達と密会を行っているのだろうと推測していた。


 一応夕食の機会なんかにできる限り話を聞くようにしていたが教会ができて以降はブランカもそちらに滞在するようになり、特に情報を仕入れる手段を失ってしまった僕達は今は赤ん坊として立派に成長できることに専念し、アイシアやベル達とも共に僕の固有オリジナル転生スキル、『注射器魔法シリンジ』について色々と構想を話し合っていた。


 「(僕達が今回の転生を迎えてからもう2か月半か……。まだまだ赤ん坊の状態だけど大分体も大きくなっていつも以上に順調に成長できてる感じがするね)」


 「(はい。これもPINK-87さんの母乳のおかげでしょうか)」


 「(そうだね。今回のPINK-87さんの母乳は特別濃厚で出が良い感じがするしいつも以上に母乳に気を遣ってくれてるのかな。毎日も食事も母乳に良さそう物を取ってるみたいだし……。この前なんて『母乳の良い小魚チップス』なんて栄養食っぽいお菓子を食べてるのも見たよ)」


 「(それもあるけど僕達がいつも以上に順調に成長できてるのは僕達自身の肉体のスペックが高くなってるからなの。LA7-93の細胞に転生した僕達も快適且つ活発に活動できているしなの)」


 「(活動できているしなの)」


 「(おおっ!、それは尚更成長するのが楽しみだねっ!。でもってことは僕達を産む前からPINK-87さんは自分の母体にそれだけ気を遣ってくれてたってことなのかな?)」


 「(っていうよりPINK-87から受け継いでる遺伝子が滅茶苦茶優秀なの。細胞に転生した僕達の力でLA7-93の遺伝子情報をできる限り探って見る限り、どうやらPINK-87の世代で突然変異でもしたみたい細胞の持つ力がパワーアップしているなの。これはもしかしたらPINK-87さんの両親に遺伝系の特別な転生スキルを取得している魂がいたのかもしれないなの)」


 「(しれないなの)」


 「(PINK-87さんの両親……。つまりは僕達のお爺ちゃんかお婆ちゃんに当たる人がそうかもしれないってことだね。どちらも病で早くに亡くなってるみたいだけどもしそうならできれば会ってお礼を言いたかったな)」


 この時の僕はPINK-87さんの両親。


 その祖母の方が【聖母】の転生スキルを取得したヴェントやSALE-99の仲間であった人物だということを知らない。


 もし知っていたらあのような冷徹な魂の集団達のおかげで僕達の能力まで高めることができていたことを複雑に感じてしまっていただろう。


 「(それにしても最近は日中に家の中でヴェントを見ることがめっきりなくなったね。PINK-87さんの話を聞く限りどうやら毎日ブランカ達の教団が建てた教会に通っているみたいだけど……)」


 「(はい。恐らくその教会がヴェントの所属する『味噌焼きおにぎり』のメンバー達の密会場所となっているのでしょう)」


 「(やっぱりそういうことだよね……。普段は僕達の優しい兄さんを演じておきながら裏でとんでもない計画を企ててると思うと悲しくなってくるよ……)」


 「(まぁ、こうなってしまった以上はもうヴェントのことは家族じゃないと割り切るしかないし、僕達は僕達の転生の計画を進めていくなの。さっき話した通り折角今回は相当なスペックを秘めた肉体に転生できたんだから今度こそLA7-93の『注射器魔法シリンジ』の能力を完成させるなの。前回の転生では能力の基盤となる『抽出エキストラクト』と『注入インジェクト』の能力を備えたを具現化することに成功したけどまだまだ実戦で扱えるレベルには達していなかったなの。取り敢えず今回は具現化したの容量の増加。通常の成分の水で10トン程度はできるようになることを目標とするなの)」


 「(目標とするなの)」


 「(了解。前回は未完成であったけれど『注射器魔法シリンジ』の能力を活かしてとして結構な活躍ができた人生を送れたからね。今回こそは『注射器の中の媒体ミディアム・シリンジ』の能力まで完成させて冒険者としてやっていくところまで辿り着きたいところだよ)」


 僕が固有オリジナル転生スキルとして完成を目指している『注射器魔法シリンジ』の能力。


 それについてザックリと説明すると要は、なんて謂う万能めいたを生み出す能力だ。


 っていうのは例えば『地球』の世界の普通の注射器なら僕の肉体からまともにものと謂ったら血液ぐらいのものだけれど……。


 僕が構想している『注射器魔法シリンジ』の能力のは血液だけでなく、僕の体にした針から全ての細胞、それからそこに含まれる水分やミネラル、他の成分なんかも自由に選んで容量に制限なく抜き出すことができるというものなんだ。


 実際に実戦で扱う例でいうと相手の体の水分を全部抜き取ってからびさしたり、筋肉細胞を抽出して動けなくしたりなんかできる。


 次にっていうのは普通の注射器で体に薬品を投与する時の機能を超絶に強化したって感じ。


 この『ソード&マジック』の世界で謂うと、体力回復の効果を持ったポーションなんかを口から飲んだり或いは他の通常の手段で投与するより僕の『注射器魔法シリンジ』の能力のした方がずっと高い効果を得ることができる。


 そしてこれらに加えて今僕達が完成を目指しているのが『注射器の中の媒体ミディアム・シリンジ』という『注射器魔法シリンジ』のに抽出した物質を利用して何かしらの能力を発動させるというもの。


 構想としてある例を1つ上げると【水術師】の転生スキルを持ち僕の得意な水属性の魔法をに抽出した水を媒体として発動させることでその性能を1から水を生成して発動させるより飛躍的に上昇。


 【水撃ストリーム】の魔法で謂えばに抽出しておいた大量の水を放出することでその水圧、魔法の持続時間を倍以上に高めることができる。


 勿論これらはまだあくまで構想の段階であり、これまでの転生で僕はまだ一度も『注射器魔法シリンジ』の能力を実戦で扱えてはいない。


 一応前回の転生では『抽出エキストラクト』の能力で病に掛かった患者の体内からその原因となっている細菌やウイルスを、『注入インジェクト』の能力で衰弱した患者にポーションをして体力を回復させたりと魔法を用いた治療を行う魔法医として活躍し能力を完成させる為のとっかかりは掴めてはいるのだけれど……。


 「(でもまだ実際には扱えてなくてもこうやって自分のオリジナルの能力を構想しているだけで滅茶苦茶ワクワクしてくるよね。ベル達にも本当は自分達の目指す固有オリジナル転生スキルがあったりするんじゃないの?。もしそうなら僕の能力の完成ばかりに付き合って貰うのは悪い気がするんだけど……)」


 「(勿論僕達にも目指してる固有オリジナル転生スキルはあるなの。だけどそれはLA7-93のと違って細胞として更なる力を発揮させるものだし、こうしてLA7-93の細胞として活動することで僕達の能力も着々と完成に近づいているわけだから気にしないでいいなの)」


 「(気にしないでいいなの)」


 「(そっか……なら良かったけどアイシアはどうなの?。アイシアにも完成させたい固有オリジナル転生スキルがあったりしたら遠慮なく言っていいんだよ)」


 「(いえ……私よりもまずはマスターの能力の完成を優先して下さい。どの道私にはマスターのように固有オリジナル転生スキルとなるような能力を思い付く独創性はありませ……)」


 お腹一杯になるまで母乳を貰い、満足げな表情を浮かべてベビーベットで横になり僕達は【転生マスター】によるテレパシーで今後の人生の計画について色々と会話を行っていた。


 そんな僕達のことをPINK-87さんがベビーベットの横に座り優しげな表情を浮かべて見守ってくれている。


 まさか自分の赤ん坊達が生まれて間もない今の内からそんな風に人生設計を行っているなんて夢にも思っていないだろうな。


 傍から見れば無邪気な赤ん坊とそれを思う母親のとても平穏な光景だ。


 だけど次の瞬間僕達の赤ちゃん部屋の扉に届いた思わぬ知らせによりその平穏は終わりを迎えることとなる。


 「大変だっ!、パーナっ!。今すぐヴィンスと一緒にヴァンとアイシアを連れてここから逃げるんだっ!」


 「え……ええっ!。一体何があったのっ!、あなたっ!」


 「話は後だっ!。とにかく早く……」


 「おらぁぁーーっ!。俺達は様率いる魔王軍だぁーーっ!。神の子・・・子供ガキがいるってのはこの家かぁーーっ!」


 「……っ!。い……今のは……」


 「くっ……遅かったか……」


 突如玄関を打ち破る音と共に僕達の家に鳴り響いて来た如何にも野蛮そうな男達の荒々しい叫び声。


 仮に僕達が【転生マスター】でない普通の赤ん坊であっても明らかな危機を察し今頃泣き叫んでいただろう。


 PINK-87さんも異常な事態に気付き慌ててヴィンス兄さん。


 RE5-87君と共に僕とアイシアを抱き抱えてそれを守るように前に立つMN8-26と共に部屋の窓際に背中をつけて鍵を閉めた扉の方を警戒する。

 

 率いる魔王軍。


 そう名乗った襲来者達は瞬く間に僕達のいるこの部屋までやって来るだろう。


 僕達の赤ちゃん部屋は家の2階にあり窓から脱出することもできない。


 という強い思い込めてギュッと僕のことを抱きしめてくれるPINK-87さん。


 その腕の中で僕はアイシアとベル達共にどうにかこの状況に対処する方法を必死に考えていた。

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