第42話 突然の窮地

 「あなたは……SALE-99」


 僕達の赤ちゃん部屋の開いた扉の向こう……。


 廊下の暗がりからまたしても僕達の元へとやって来た新たなる人物。


 ブランカがSALE-99と呼び返すその人物はゆっくりと歩きながらこちらへと近づいて来た。


 暗がりの中響き渡る静かな足音が僕達にとてつもない緊張を走らせる。


 「こいつは……」


 「ふっ……お初にお目にかかります、VS8-44。……っといってもそれは今回の転生に限っての話ですが」


 「こいつも俺の所属する『味噌焼きおにぎり』とかいうメンバーの一員なのか、CC4-22」


 「ええ……彼はSALE-99。私と同じく我々『味噌焼きおにぎり』のギルドのの1人です」


 「だと……」


 豆電球の照らす明るみまでやって来たことで明らかになった新たに僕達の部屋を訪れて来た者の風貌。


 灰色の混ざった暗い群青色の髪を持ち、白い十字架の刺繍の施された襟の立った黒のロングコートを着て手には白の革手袋をしている。


 ブランカと同じく聖職者らしい気品あふれる格好をしているがその常に人を見下しているかのような鋭くも厭らしい目付きには明らかな邪気が漂っていた。


 どうやらこいつも【転生マスター】らしいけど一体いつの間に僕達の家に侵入して来ていたんだ。


 そして更にそのSALE-99に対してブランカから出た言葉……。


 とはまさかこいつ等の仲間には少なくともまだ2人の【転生マスター】がいるってことなのか……。


 「VS8-44との接触は私に任せてくれるとの約束のはずですが……。何故あなたまでこちらへやって来たのです、SALE-99」


 「そうだけど【転生マスター】となって日の浅い君に任せて本当に大丈夫かと心配になってね。案の定様子を見に来てみればまさかこんな失態を晒していようとは夢にも思わなかったよ」


 「失態ですと……?。一体この私がどのような失態を犯したというのです。VS8-44に対する説明も上手くいき我々との関係性や自身の立場をしっかりと理解して頂いたところだというのに……」


 「その説明だけど……。VS8-44との接触は人気のないところで行えと命じておいたはずだよ」


 「ですからこの場のどこに人気など……まさかっ!」


 「(……っ!)」


 「(ヤ……ヤバいかもしれないなの……)」


 「(なの……)」


 SALE-99の言葉に何かを察したかのようにブランカがこちらを振り向き共に僕達へと視線を向ける。


 まさか僕達に会話を盗み聞きされている可能性に気付いたのか。


 「まさかこの者達に我々の話を盗み聞きされていたと仰りたいのですか……。彼等はまだ生後2週間足らずの赤ん坊なのですよ」


 「だけどその生後2週間足らずで人語を理解できる程この子達が成長している可能性もあるだろう。僕達が迎えに来たVS8-44も知性と精神に関しては通常の人間を遥かに超える速度で成長しているわけだし……」


 「しかし3歳と2週間とでは訳が違いますよ」


 「そうだね……。けどそんなことに関係なく生まれた時点から大人と同等……いや。その器に宿る魂自体の意識を持つことのできる存在を僕達はよく知っているはずだろう」


 「ま……まさかっ!。この赤ん坊達も我々と同じ【転生マスター】の転生スキル取得した魂が転生しているというのですかっ!」


 やはりこいつ等は僕達も【転生マスター】である可能性に気付いたようだ。


 けれどこちらと違って向こうには僕達が【転生マスター】であるという確証はないはず……。


 普通の赤ん坊の振りをしていれさえすればこいつ等に僕達が【転生マスター】だと確かめる術はないはずだ。


 「僕達としてはそちらの方がまだ有難いけどね。もしこの子達が隠しスキルのページを知らずに人語を理解できる程成長していたとするなら僕達はその時点で隠しスキルの力を失ってしまうわけだし……。まぁ、既に話を聞かれたにも関わらず僕達が【転生マスター】としての力を失っていないところをみるとどうやらその可能性はないようだけれど……」


 「残るはこの子達も【転生マスター】であるという可能性だけということですか」


 「さっきから赤ん坊にしては大人し過ぎるしジッとこちらの様子を窺っているようにも見えるしね。可能性は低いけど僕は怪しいと思うよ」


 「(こ……こいつ等に僕達も【転生マスター】だってバレたらマズイっ!。普通の赤ん坊の振りをしてどうにかこいつ等を誤魔化すんだっ!、アイシアっ!)」


 「(了解しましたっ!)」


 「きゃっ♪、きゃっ♪」


 「どうやら普通の赤ん坊であるように見えますが……」


 「あからさまに振りをしているだけかもしれないしどの道可能性は捨てきれないよ。僕達の話を聞かれた憂いを確実に取り除く為には……」


 「まさかこの場でこの子達を始末するつもりですかっ!」


 ……っ!。


 ブランカの言葉に僕達にこれまでで一番の衝撃が走る。


 転生のルーティンを完成させる為に平気で自分達の仲間を何度も殺害してきたような奴等だ。


 可能性でしかないにしろ自分達の脅威になり得る僕達を始末することに躊躇なんて感じるはずがない。


 例えそれがまだ赤ん坊の僕達であっても……。


 悍ましいまでの視線を向けながらSALE-99の魔の手が僕達へと差し向けられてくる。


 「(ヤ……ヤバいっ!。こうなったら泣き叫んで今すぐPINK-87さん達を呼ぶんだっ!)」


 「(畏まりましたっ!、マスターっ!)」


 「おぎゃあっ!、おぎゃあっ!」


 「おぎゃあっ!、おぎゃあっ!」


 差し迫る身の危険を前に僕とアイシアはPINK-87さん達を呼ぶ為脇目も振らずに大声で泣き叫ぶ。


 まだ赤ん坊の僕達にこいつ等に抵抗する術はない。


 僕達の異変に気付いたPINK-87さん達が間に合わなければ今回の僕達の人生はこの場で終わりだ。


 「……待て」


 「……っ!」


 SALE-99の伸ばした手が僕達へと届こうとするその間際。


 突然ヴェントがSALE-99の前へと割って入りその行動を制止した。


 まさか僕達のことを助けてくれたのか。


 「一体どういうつもりだい……VS8-44」


 「まだヴァンとアイシアがお前達の言う【転生マスター】であるとう確証があるわけではないのだろう。俺の魂がお前達の仲間のVS8-44であろうとヴァンとアイシアが俺の家族であるということに変わりはない。確証がない内は2人に手出しすることは許さん」


 「ふっ……分かりました。【転生マスター】である我々と違い本来持つべき魂の記憶がないとはいえあなたは我々『味噌焼きおにぎり』の正式なリーダーですからね。命令には従いますよ」


 この場にいる中で一番の狂気を感じさせるSALE-99だがヴェントに制止を促されると僕達に向けて伸ばした手をあっさりと引いてしまった。


 僕達の兄さんであるヴェントに転生している魂。


 VS8-44とやらが彼等のリーダーである為のようだがヴェントが僕達を庇うような真似をしたことの方が驚きだ。


 これまでの彼等との会話の様子からもう僕達のことを家族とも何とも思ってないものと思っていたのに……。


 ブランカから本当の自分。


 現在ヴェントとして転生しているその身に宿っている魂であるVS8-44としての自身を知った今でも僕達を家族と見做してくれているのだろうか。


 それが【転生マスター】のように完全に魂を記憶を取り戻したわけではない為にまだ少し躊躇いあるだけなのか、それともヴェントに宿るVS8-44という魂が家族を大事にするような性質を持っている為なのかは分からないが……。


 いずれにせよどうにかこの場は生き延びることができて僕達は赤ん坊の意識の中でホッと安堵したため息をつく。


 「けれどそもそも僕がこんな真似をしなければいかなくなったのは君が軽率な行動を取ったせいだよ、CC4-22。まさか自分達以外にも【転生マスター】の転生スキルを取得している者がいる可能性を考慮しないなんて……」


 「申し訳ありません……。目の前にいるは只の赤子だと思い完全に注意を怠っていました」


 「それだけじゃなく周囲に霊的結果を張ることもしていないじゃないか。【転生マスター】の転生スキルを取得し僕達の会話を盗み聞きしている可能性があるのは何も目に見える存在だけとは限らないんだよ」


 「まさか霊体としてこの世を彷徨う者達にも【転生マスター】の力を持つ者がいるというのですかっ!。転生先の世界で霊体となった者は意識を持つことができずこの世に残した未練や執着に囚われたまま無意識な活動を行うことしかできないとものと思っていましたが……。」


 「いつ如何なる状態でも魂の記憶と思考を有することができるのが【転生マスター】としての力だからね……。【守護霊】のような自身を霊体化する転生スキルを取得し霊体として活動することを主にした【転生マスター】がいたとしても不思議じゃないよ。そもそも死後霊体化する形じゃなくて精霊のような元々意識を持った状態で霊体として活動する存在に転生する魂もいるわけだし」


 「くっ……そのような可能性まで考慮しなければならないとは……。私としたことが完全に失念しておりました」


 「はぁ……。どうやら君にはまだ【転生マスター】として教育しなければいけないことが山ほどありそうだね」


 「仲間の失策を咎めるのはそれくらいにしておけ。そんなことより俺に『味噌焼きおにぎり』の転生の計画やその進行状況を教えろ」


 「はい。ですが今夜はもう遅いですしそれはまたの機会にお話することにしましょう、VS8-44。今度は僕の方で僕達が魂の記憶を有していることを隠さず気兼ねなくお話できる場所を用意しますよ」


 「……分かった」


 取り敢えず今日のところは話が一段落ついたのかヴェントとブランカは自分達の部屋へと戻り、SALE-99とやらは何処かへと消えて行ってしまった。


 緊張状態から解放されホッとする僕達だったが、すぐに自分達の置かれた状況の深刻さがドッと圧し掛かってきて不安へと追いやれてしまう。


 「(た……大変なことになっちゃったね……)」


 「(はい。まさかあのような危険な考えを持つ魂の集団と共に転生することになろうとは……。自分達の組織名を『味噌焼きおにぎり』と称しておりましたがこれからどのような行動を起こすつもりなのでしょうか)」


 「(分からないけど【神の子】の転生スキルを取得している奴をリーダーとしている以上はやっぱり宗教的な活動を主としていくつもりなんじゃないかなの。きっとブランカの所属している教団……。メノス・センテレオ教団とかいうのを根城にして世界に対して多大なる影響力を持つようになるつもりなの)」


 「(つもりなの)」


 「(それって宗教を隠れ蓑にして世界を征服しようと企んでいるかもしれないってことだよね……。あんな危険な考えを持つ奴等が本気で世界を救済しようなんて考えるわけもないし……。あいつ等を放っておいたら僕達の転生してる今回の『ソード&マジック』の世界を滅茶苦茶にされちゃうかもしれないよ)」


 「(う~ん……。まぁ、でも今の僕達で敵う相手ではなさそうだし……。【転生マスター】だということがバレなければ向こうも僕達のことを敵視しないだろうし余計な危険が及ぶこともないと思うなの。あのリーダーの奴も一応は僕達に家族としての絆を感じているようだしここは余計なことに構わず僕達の当初の計画通りLA7-93の固有オリジナル転生スキル、『注射器魔法シリンジ』の能力を完成させることに専念するなの)」


 「(専念するなの)」


 「(う~ん……。確かにそれが得策なのかもしれないけど……)」


 ベル達の言う通り相手は【神の子】の転生スキルを持つヴェント。


 そしてという言葉から察するにSALE-99とブランカに更にもう2人いると思われる【転生マスター】。


 この時点少なく共合計5人の隠しスキルのページの転生スキルを取得した魂を有する連中だ。


 いや、数の上でこっちも僕とアイシアとベル達で4人の【転生マスター】がいるのだけれども……。


 ソウルギルドなんてものを組織していることからして向こうはもっと多くの仲間の魂を引き連れて転生しているのだろうし今の僕達ではまともに立ち向かっても勝ち目がないことは分かり切っている。


 むしろこのような危険な連中と家族になれたことで危険である判明敵対する行動さえしなければ一定の安全が確保されているとも考えられるのはある意味ラッキーな状況とも謂えるかもしれない。


 ここは大人しく普通に転生した魂の振りをして『注射器魔法シリンジ』の能力に完成に勤しんだ方が懸命かな……。


 だけどこいつ等がPINK-87さんやRE5-87君に危害を及ぼすとも限らないし何の対策もせずに野放しにしておくというのも……。

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