第40話 怪しい気配

 僕とアイシアが我が家へと連れ帰られ、その日と同時にブランカが家に滞在するようになって1週間程が経過していた。


 RE5-87君とヴェントが作ってくれた赤ちゃん部屋のベビーベットで僕とアイシアは快適な日々を過ごしている。


 「おぎゃあっ!、おぎゃあっ!」


 「おぎゃあっ!、おぎゃあっ!」


 「あ~、よちよち~。ヴァンちゃんもアイシアちゃんも本当に寂しがりさんね~。今皆のところに連れてってあげるからちょっと待っててね~」


 そろそろ皆が夕食を取ろうとする時間帯となり僕とアイシアは2人で大声で泣き叫んでPINK-87さんを呼ぶ。


 しかし母乳が欲しくなったわけでもオムツを替えて欲しくなったわけでもない。


 僕達がこうして泣き叫んでいるのは家族の皆が夕食を囲む場に自分達も連れて行って貰う為だ。


 本来ならまだ離乳食も食べれない僕達が夕食の場へと赴く必要はなく大人しくベビーベットの上で寝ていればいい。


 しかし夕食の場と謂えば食卓を囲む皆の会話が一日の中で最も弾む瞬間だろう。


 それと同時にまだ自分で身動きの取れない赤ん坊の僕達にとって情報を仕入れる為に一番重要な機会でもある。


 ベビーカーに乗せて貰い、自分達も皆の食卓に並ばせて貰ったところで僕達は大人しくなり皆の会話を聞き取ることに集中する。


 「ほ~ら~、ヴァン~。今日の夕食はハンバーグだぞ~。滅茶苦茶美味しそうだろ~。お前も食べてみるか~」


 どうやら今日の夕食はハンバーグらしい。


 濃厚なデミグラスソースと肉汁の滴ったハンバーグの切れ端をRE5-87君が見せてくれるが、赤ん坊の僕は自分がまだ食べさせて貰えないのを承知した上で美味しそうに喜んだ表情を浮かべてあげる。


 「ばぁっ♪、ばぁっ♪」


 「駄目よっ!、ヴィンスっ!。ヴァンもアイシアもまだ赤ちゃんなんだからそんなもの食べさせちゃいけませんっ!」


 「言われなくても分かってるよ……そんなの……。でもソースをちょっと舐めさせてやるぐらいなら……」


 「駄目っ!」


 「ちぇっ……分かったよ」


 ごめんね……RE5-87君。


 気持ちは嬉しいけどこれは母親としてPINK-87さんの対応が正しいと思う。


 そりゃこのハンバーグはソースを舐めるだけでもとっても美味しそうに思えるけどまだ生まれて2週間ぐらいした経っていない赤ん坊の僕達はPINK-87さんの母乳以外を口にするわけにはいかないんだ。


 「それで……ブランカさん。ヴェントや神の子・・・に関する調査の方はどうなっていますかな?」


 僕達の家に滞在中のブランカも当然のように僕達と同様にこの食卓を囲んでいる。


 紳士らしく手慣れた様子でナイフとフォークを使いマナー良く食事をするブランカに対し僕達の父さんであるMN8-26が調査の進行の程を問い質していた。


 国の役所に文書を送りメノス・センテレオ教団の活動の認可が下りていることが確認できたことでMN8-26も一応はブランカのことを信用することにしたようだ。


 上品に口についたソースをナプキンで拭った後でブランカは父さんの質問に答えていく。


 「一応村の住民達から一通りの聞き取り調査が終わったところです。例の光の柱ですが村の住民達の大半が目撃していたようですのでやはりあの石碑に刻まれた文字は神の子・・・の現象とみて間違いないでしょう」


 「ふーん……そうですか」


 「更にヴェント様が生まれてからこの村に不思議な幸運が幾度となく訪れているようです。毎年のように作物の豊作が続き災害に見舞われることもない……。またこの村の名産である緑風石グリーン・ウィンドの宝石が採掘できるようになったのもヴェント様が生まれた直後からだったようです」


 「それらのことについては我々も承知していました。あの大岩に刻まれた文字と村に訪れた度重なる幸運も相まって村の住民達もヴェントのことを完全に神の子・・・と見做してもてはやすようになってしまったんです」


 「ヴェント様は本当に神の子・・・でいらっしゃるのですからそれは当然の反応と謂えるでしょう。しかしそのようにもてはやしてばかりではヴェント様が地上に齎す真の恩恵を賜ることはできません。ヴェント様を指導者として崇め、天上へと導いて頂かなければ我々人類が本当の意味での幸福を得られることはないのです」


 「はぁ……しかしこうして美味しそうにハンバーグを食べている姿を見ているとヴェントも他の子達と何ら変わりがないように思えるのですが……」


 「ええ……。ですがいずれヴェント様自らが自身が天から授かった使命に気付かれる日が来るでしょう。その時が来るまで我々も無理にヴェント様を皆様の元から引き離すような真似をするつもりはありませんのでご心配なく」


 怪しげながらも聖職者というだけあってとても丁寧な口調で人当たりが良く、ブランカはすっかりPINK-87さんやMN8-26さんの信用を得ていた。


 最初は疑って掛かっていた僕もブランカは本当に只真剣に自分達の教団の活動に勤しんでいるだけではないかと感じるようになってしまっていた。


 その教団の活動が正しいか間違っているかに関係なく自分の信念を持って行動できるのは素直に尊敬できることだ。


 「(う~ん……。何だか話しを聞いてる内にブランカも別に悪い奴じゃないんじゃないかって思えてきたよ。宗教自体があまり信用できないことに変わりはないけどヴェントや神の子・・・に関する調査もちゃんとやっているようだし……。アイシアとベル達はどう思う?)」


 「(私もブランカさんに対しては特に不審に思うところはございません。ですがヴェントについては少し気になる点があります)」


 「(ヴェントに……それって一体何なの?)」


 「(美味しそうにハンバーグを頬張っている姿を見ると普通の子供のように思えますが自身がこれだけ神の子・・・ともてはやされているのにそれに対する反応が無さ過ぎます。普通の子なら舞い上がったり反対に委縮してしまったりしそうなものですがヴェントはまるで興味がないように我々の会話を聞き流しています。これではまるでヴェント自身が自らが神の子・・・であることを自覚しているようにも思えます)」


 「(それは本当に話に興味がないだけなんじゃないかなぁ~。ヴェントはまだ3歳でこんな宗教染みた話を聞いたところで理解できると思えないし……。ベル達はどう思う?)」


 「(ブランカの調査の報告を聞く限りヴェントが【神の子】の転生スキルを取得しているのはもう間違いないものになったと謂っていいと思うなの。只【神の子】の転生スキルを取得しているような奴が一体これからどのような行動を取るつもりでいるのか……。僕達の【転生マスター】と同じ隠しスキルの力を持つ奴だから今後の僕達の人生にどれだけ大きな影響を及ぼしてくるか計り知れないなの)」


 「(計り知れないなの)」


 「(でも【神の子】の転生スキルっていうのは地上の人々を救済へと導く神の子・・・に転生できるというものなんでしょ。そんな転生スキルを持った魂が僕達の兄さんになってくれてるならそれはとても心強いことなんじゃないのかな。これを機会に更なる隠しスキルのページの転生スキルを持った魂とも仲良くなれるかもしれないわけだし……)」


 「(LA7-93……それはちょっと楽観的過ぎると思うなの……)」


 「(思うなの……)」


 結局この日の夕食の会話からはブランカが意外と誠実であるということとヴェントが本当に【神の子】の転生スキルを取得している可能性が高まったということぐらいしか情報を得られなかった。


 夕飯の片付けが終わった後で僕達は再び赤ちゃん部屋のベビーベットへと寝かされPINK-87さんに優しく頬を撫でて貰いながら寝かしつけられていく。


 寝る前にまたたっぷり母乳を貰ったことで熟睡している僕達だったが、ちょうど深夜に眠りが浅くなって来た頃に誰かが部屋に入って来た雰囲気を感じて目を覚ます。


 恐らく家族の誰かがトイレのついでか何かに気になって様子を見に来てくれたんだろうけど真っ暗闇の中で感じる気配に少し緊張してしまう。


 少しして部屋の暗闇を掻き消さない程度にほんのりとした明かりが天井に灯る。


 部屋に来た誰かが僕達を起こさないように部屋の電灯を豆電球にだけして灯してくれたのだろう。


 もう起きちゃってるけど真っ暗な状態から急に明るくなると目が痛くなっちゃうから助かる。


 そしてほんのりと明るくなった部屋の中ゆっくりと足音を響かせないように僕達の眠るベビーベットを覗き込んで来たのは……。


 「(あっ……ヴェントだ)」


 「(こんな時間に我々の部屋に何しに来たのでしょうか)」


 「(トイレのついでに気になって様子を見に来てくれたんじゃない?。【神の子】の転生スキルを取得しているだけあってヴェントはとても優しい子なんだよ)」


 「きゃふっ♪、きゃふっ♪」


 僕達が起きているのを知ってヴェントはPINK-87さんと同じように優しく頬を撫でて僕達を再び寝かしつけようとしてくれる。


 それに対し僕は喜んだ態度を見せた後でゆっくりと眠りに就く振りをしようとしたのだがその時……。


 「ようやく2人きりで話せる機会がやって来ましたね、ヴェント様。いや……VS8-44」


 えっ……。


 僕達の部屋の壁際……。


 豆電球の明るさでは照らせない暗がりの向こうから怪しげな声が聞こえてきた。


 しかしその声の怪しさよりもその言葉の内容に僕達は衝撃を受ける。


 VS8-44……。


 それは僕のLA7-93と同じようにまさに僕達の魂が持つ本当の名前。


 創造主から魂の製造時に与えられたコードネームと思えるものだった。

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