第8話 魔法

 『ソード&マジック』の世界でクラゲのような生物に転生した僕は奇妙な顔の魚に転生したアイシアに守られながら暗い深海を旅していた。


 光が届かず昼夜の感覚がないこの深海の地では正確な日数など測りようもない。


 けれども赤ん坊だった僕が何倍以上もの大きさにまで成長していることから結構な時間が経過しているものと思われる。


 赤ん坊のクラゲが大人に成長するまでの期間って一体どのくらいだっけ。


 『地球』の世界に転生していた際はゲームばかりに没頭していた僕にそんな海洋学者でもなければ知り得ないような知識があるはずもなかった。


 例え分かったところでこの生物の生態はあくまで姿が似ているというだけで『地球』の世界のクラゲとはまた生態が違うだろうしあまり参考にはならないだろうが。


 「えいっ!」


 「お見事です、マスター」


 ムシャムシャ……。


 成長して更に本数の増した触手を巧みに使って小型の魚を捕獲し口へと運ぶ。


 自分より小さく弱い生物を糧とするのが自然界の鉄則だ。

 

 この辺りは『地球』の世界とあまり変わりはしない。

 

 っというか今ところ辺りにいる生物達の造形が奇抜であること以外ほとんど『地球』の世界と変わり映えがない。


 僕としては少しでも早く魔法・・というものを体験してみたいのだけれどやはり人間に転生してからでないと無理なのだろうか。


 けれども体の奥深くに『地球』の世界に転生していた時にはなかった不思議なエネルギーがみなぎっているのを感じる。


 これこそが魔法を引き起こす為の源。


 乃ち魔力・・であると思うのだがその力をどう引き出せばよいのか分からない。


 もしやと思い転生前に僕が自身の魂に取得した転生スキル。


 【錬金術師】や【水術師】の効果を活かしてそれらの魔法を発動させるイメージを思い浮かべてみたけど何も起こりはしなかった。


 他の取得した転生スキルに関しても今のところ【転生マスター】以外がその効果が得られている実感がない。


 只アイシアに関しては僕を守る為に取得した【護衛】の転生スキルが発動している実感が得られているようだった。


 僕の魂の従者であり何時如何なる時でも僕の身を一番に案じてくれているアイシアには僕の傍にいるというだけで【護衛】の転生スキルの効果が働いているみたいだ。


 とりわけ僕が外敵に襲われそうになった時には体の奥から凄まじい力が湧いてくるのだという。


 「あ~、美味しかった。アイシアが護衛してくれるおかげでこうして食事も安心して行えるよ。ありがとうね」


 「お気になさらず。マスターを護衛するのが私の務めですから」


 「だけどこの生物に転生してからというのも僕もアイシアも順調に成長できてさえいるけど体が大きくなるばかりで魔法に関してはサッパリだね。まぁ、人間に転生するまではまともに魔法を扱うことなんてできないだろうとは予想していたけど……。それでもこの生物になりの何か特殊めいた力が使えると思ってたのに……。これじゃあちょっと姿形が違うだけで『地球』の世界にいたクラゲと何ら変わらないよ」


 「ふむぅ……。もしかしてですかそれに関しても我々が知らないだけで今我々が転生しているこの生物達もマスターの言う魔法に近しい力が使えるのではないでしょうか。以前【転生マスター】としての力があるが故に自身の転生している生物の力を発揮することができないとマスターも仰っていたではありませんか」


 「ああ……そうだったね。確かにその可能性もあるかも。ってことはまた【転生マスター】であることを忘れて無心でこの生物の活動に没頭すれば魔法の力が使えるかもしれないってことだね」


 「それか周りの生物達の活動を参考にしてみては如何でしょうか。この深海に転生した時マスターは周りにいた自分と時を同じくして生まれた者達の姿を見て自身の転生した生物の大まかな特徴を把握したと仰っていました。それと同じように再び成長したマスターと同じ種族の生物の活動を観察すれば何かヒントが得られるかもしれません」


 「なる程……それは良い考えだね。流石はアイシア。それじゃあ早速僕と同じこのクラゲの生物を探しに行こう」


 「畏まりました」


 アイシアの助言を受けて僕は自分と同じこのクラゲの姿をした種族の生物を探して回る。


 その最中他に見当たった生物達の活動も観察していると魔法と思わしき力を引き起こしている生物達が何体かいた。


 目から光線のようなものを放って獲物を仕留めたり、自身の体を閃光のように変化させて高速で移動したりとそれこそ僕が思い描いていた魔法のイメージに合致するものだった。


 僕も早くそれらの生物達と同じような力を振るってみたい。


 そう思うと居ても立っても居られなくなった僕は必死で自分と同じ種族の生物を探し回った。


 けれどもいくら探せどその生物は見つからない。

 

 生まれた時は周りに同じ赤ん坊があんなに大量にいたというのに皆もう大人へと成長する前に死に絶えてしまったのだろうか。


 しかしそれでも諦めずに探し続けて遂に……。


 「いましたっ!、マスターっ!。あれこそまさにマスターと同一種族の生物に違いありませんっ!」


 「何処何処っ!。……本当だっ!。寝るのも忘れて必死に探し回ってようやく見つけることができたよ。念の為に聞くけど姿が似ているだけで実は全然違う生物でした……なんてことはないよね」


 「はい。マスターより多少図体が大きいように思いますが完全に同じ姿をしていますし間違いありません」


 「そうか……よしっ!。それじゃあこれから暫くあの生物の後を付けてその活動を観察しよう。相手に悟られないようなるべく近づき過ぎないようにね。同じ種族の僕のことはそこまで警戒しないだろうけどアイシアの存在に気付かれるとまた何処かに逃げちゃうかもしれないから」


 「畏まりました」


 自分と同じ種族の生物を発見した僕達当初の予定通り相手に勘付かれないように距離を置いてその活動の観察を始める。


 まだ魔法と思しき力は見れていないけれど少しの間観察しただけで僕が本来のこの生物とはまるでかけ離れた活動をしていたことが分かった。


 まず今僕達が観察している生物は自分からはほとんどと言っていい程動くことはない。


 まるで只の布切れかと思うようにひたすら水の流れに身を任せ水中を漂っているだけだった。


 動くのは獲物となるものが自分の体に触れた瞬間のみ。


 触れた相手をその触手で絡め取って捕食する。


 自分からは一切動かないことで他の生物に自身が生物であることを悟らせない。


 自分より強い生物の標的となるのを避け油断して近づいて来た自分より弱い生物は先程のように触手で捕えて捕食するのがこの生物の本来の活動の在り方なのだろう。


 今思えば『地球』の世界のクラゲも同じような生態をしていたはずだ。


 そんなことも忘れて僕はアイシアの護衛があったとはいえ外敵が一杯の危険な海の中をあんな無警戒に動き回って……。


 これまでよく他の生物達に捕食されずに生き延びれたことだ。


 しかしこの生物の本来の活動の在り方は知ることができたが目的としている魔法の力に関しては未だ見ることができていなかった。


 「うーん……。もう大分長いことあの生物の活動を観察してるけど魔法と思しき力を使っているところは見受けられないね。やっぱりこの生物は『地球』の世界のクラゲと変わらない能力しか持っていないのかな」


 「さぁ……。今回が初めて転生である私からは何とも言えません。ですが他の生物の活動を見る限りあの生物もマスターが魔法と仰る特別な力を何かしら有しているのではないでしょうか。今はまだそのような力を使うべき事態に遭遇していないだけで」


 「もういいよ。これ以上観察を続けても時間の無駄だろうし僕達も自分達の食事を確保しに行こう。あの生物を観察して色々と参考になるところはあったけどやっぱり僕達は僕達のやり方で活動した方が良いと思うし」


 「畏まりました……ってああっ!。マスターっ!。あの生物が突然体から強い光を放ち始めましたよっ!」


 「えっ……本当だっ!」


 これ以上は時間の無駄だと判断して観察を取りやめようとした時、僕と同じ種族のあのクラゲの生物が透明な体のその中心から突然眩いばかりの光を放ち始めた。


 まるで交換したばかりの電球のように白くて強い光だ。


 更にその生物は光を放っただけではなく……。


 「んん……なんだ?」


 「分裂ですっ!。あの生物の体から突然もう1体全く同じ姿をした生物が姿を現しましたっ!」


 アイシアが声を強めて言っている通りまるで分裂でもしたかのようにあの生物の体からもう1体同じ姿の生物が姿を現した。


 しかし実際は全く同じとまではいかず光を放っているのは新たに現れた方の分裂の方だけだ。


 しかも透明であるその体は分裂前の本体より更に薄く分裂したというより幻影を生み出したかのように僕には感じられた。


 そして目立たんばかりの眩い光を放つその幻影とは裏腹に本体の方はというとひっそりと姿を隠すように光の届かない闇の中へと消えて行った。


 一体これはどういうことなのかと思ったのだがその答えは光を放つ幻影を観察しているとすぐに得ることができた。


 光を放つ幻影が出現して暫くした後、その光に釣られてやって来たと思われる1匹の大型の魚系の生物がその幻影と大口を上げて襲い掛かった。


 折角作り出した幻影だというのにあっさりと食べられてしまって終わりかと思ったのだが相手に食べられることこそがその幻影の役目だったようだ。


 その幻影を平らげたその大型の魚は次の瞬間まるで感電死でもしたかのように体を横にして白目を剥き動かなくなってしまう。


 そこへ先程闇へ隠れていた本体が姿を現し絶命したと思われるその魚をゆっくりと食していく。


 どうやら先程の幻影は自分より大型の獲物を捕獲する為のトラップだったようだ。


 そしてそのトラップの幻影を生み出したのは間違いなく魔法による力。


 僕は遂にこの生物の持つ魔法の力の詳細を知ることに成功した。

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