第113話 新型
女子六人が、女々しくも「彼氏欲しい」と話した日から半月後。
拓哉は、セバスチャンと商業ギルドのアンナと共に、大通りを歩いていた。
「完成したんだって?」
「ええ。試行錯誤はしたそうですが、無事に完成したそうです。」
「そうか。なら、今後流通方面で、かなり期待できますね。」
「そうですね。まだ製作に時間が掛かる為、直ぐにとはいかないでしょうが、量産できるようになれば相当変わると思います。」
拓哉とアンナが何の話をしているのか。
それは、数カ月前に遡る。
拓哉が地底ダンジョンで大怪我をし、龍平達から休業を言い渡された時。
すっかり忘れていたゴムの樹液を、馬車屋に持ち込んでいたのだ。
タイヤを作る為に。
そもそも、康太の持ち物である自転車を作れないか。と言うのが発端だったのだが、その自転車は断念せざるを得なかった。
理由は、チェーンが作れないからだ。
どう頑張った所で、あの精密なチェーンをこの世界の技術で再現する事は出来なかったのだ。要は、親方がバラせなかったのだ。
ただ、嬉しい誤算があった。
この世界の馬車は、全て木で出来ている。
と言う事は、無論車輪も木製だ。
その木製車輪にゴムタイヤを履かせれば、多少の悪路でも地面を拾う振動を抑えれるのでは無いか?馬車屋はそう考えた。
馬車屋がその事を拓哉に伝えに来た際、何気なしに言った言葉に馬車屋が喰い付く。
「あ~、確かに俺の馬車は、車輪にゴムタイヤが付いてたな。」
拓哉達の馬車はガチャから出た物で、前輪がサスペンションで後輪が板バネ付きのゴムタイヤだ。しかも、車輪はアルミ製でベアリングまで付いている。
その一言を聞いた馬車屋から「仕組みが知りたい!」と言われ、一つ返事で所有する馬車の内のほぼ使っていない一台を貸し出した。無論、元に戻せない程の過度な分解をしない様に重々言い含めて。
それから馬車屋は試行錯誤を重ね、ようやく納得のいくものが出来上がったのだそうだ。
「いや~、楽しみだな。」
「ええ。タクヤ様のご協力で、この国の馬車がより良い物になりそうです。」
そんな会話をしながらも、三人は馬車屋へと到着する。
馬車屋と言っても、馬車を売っているのではない。
馬車を造っている方だ。
その為作業場は広く、日本で言う所のリフトが設置されている。
ただ電動では無く、頑丈な縄を四人で引っ張り上げる手動式だが。
そんな馬車屋の倉庫には、親方が試行錯誤をして造り上げた新型馬車が置かれていた。
「お~!正に、俺の馬車だな。」
それを見た拓哉の第一声がそれである。
「見た目、車輪が鉄製に変わり、ゴムが付いただけの様にしか見えませんが?」
アンナの目からは、そうとしか見えない様だ。
しかし、拓哉は車体の下を屈んで覗き込む。
「いや、スプリングでは無いものの、前後左右が独立したシャフトで、鉄製の板バネが入っているからクッション性は向上してると思うよ?」
一応この世界の馬車にも木製の板バネが使われている。
主に貴族など身分の高い人用の馬車にはだが。
だが、それはこの世界の人が考え出した物であり、拓哉達が使っている馬車の物とは大きく違う。
拓哉の言う通り、前後左右で独立していないのだ。いや、前後は独立しているが、左右は独立していない。車輪を支える車軸が、車体の下に一本通っているからだ。
なので多少揺れが少ないくらいだ。
しかし、新型———と言うより拓哉達の馬車———は、車軸が左右別々で独立している。
本来自動車には、ハンドルで車輪を動かす為のシャフトがあるが、馬車は馬を操り向きを変えるのでハンドルが無い。と言う事は、シャフトが必要無い。
シャフトが必要無いのであれば、車軸を一本通す必要も無い。
感じ的に言えば、シャフトの無い自動車の車輪だ。
それにゴムタイヤが付いているのだから、揺れが分散され少なくなる。
「そうなんですか。」
「俺もあまり詳しくは知らないけど、多分それで合ってる筈。ただ、板バネにしろ車輪にしろ鉄製となれば車重が重くなる。確か、その為にベアリングが必要になる筈だけど、これに使ってあるかどうかは分からないな。」
そんな話をしていると、馬車屋の親方が遅れてやって来る。
「おぅ!すまん。待たせたか?」
「いや、全然大丈夫ですよ。新型の馬車を見てましたし。」
「ええ。先程来たばかりですから。」
「そうか。それじゃ、こっちに来てくれ。説明する。」
親方は馬車へと近付くと、何をどう変えたのか話し始めた。
ただ、拓哉が事前に説明した通り、「今まで木だったバネを鉄製に変えた」とか、「車軸を独立させ、鉄製に変えた」と言った事くらいだった。
拓哉の馬車をバラして研究したのだから、当然と言えば当然だろう。
ただ、そこで話題になったのが
「あの丸い球と、車体に止めたり各部品を繋ぐ為の釘を作るのが厄介だったな。後、釘を回す道具だな。前輪のバネは再現出来なかったから、後輪同様板バネにした。」
釘では無い。ボルトだ。そして、それを回すのはスパナだ。
流石にサスペンションは再現出来なかったらしいが、精密製品であるベアリングボールやボルトナットを造るのに苦労しただ再現出来たそうだ。
そもそも、サスペンションをバラすには、専用の工具が必要になる。
なので、無暗にバラさなくて正解だ。
「まあ、拓哉には申し訳ないが、全てバラして型を取らせて貰った。言っとくが、ちゃんと元に戻してあるからな?」
「別に疑ってませんって。でも、ベアリングボールも、ボルトナットも作れたんですね。」
拓哉は「流石、本職」と感心した。
「へ~。あの部品って、そう言う名前なのか。これは、しっかり覚えとかないといけねえな。と言う事で、完成したのがこの新型馬車だ。ただ、コストはかなり高くなるがな。」
「そりゃそうでしょ。鉄製なんだから。だけど、既存の馬車の車輪と取り換える事も出来るから、一から馬車を造って売るよりは改造費だけになるし安く済むでしょ?」
「まあな。んでだ。タイヤだっけか?これも型取りして今量産体制を作ってる。だから、バンバン持って来てくれ。あればあるだけ助かる。」
「わかりました。うちのアランさんにそう言っておきます。ただ、採れる量が限られているので、在庫を出した後は大量って訳にはいきませんよ?」
「ああ、そこら辺は心得ているさ。」
その後、拓哉、アンナ、親方の三人で契約書を取り交わし、預けた馬車を回収した拓哉は、最後に親方と握手をして屋敷へと戻った。
この数カ月後、オルトラークで新型馬車の改造が始まり、その乗り心地の良さに瞬く間にランデウ王国中に広がる事になるのだが、そんな事を拓哉は全く知らない。
ただ、ゴムの木を管理しているアランだけが、嬉しい悲鳴に右往左往していたが。
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