第109話 心境の変化

イシュカは泣きそうだった。

拓哉の声色が恐ろしく低く、そして言葉が重く思えたから。

しかし、そんなイシュカの思いとは裏腹に、次の瞬間。拓哉は声を上ずらせイシュカに抱き着く。


「そうか!妊娠したか!そうか、そうか。俺の子供を授かったのか!」


拓哉は嬉しかった。

確かに九人の女性が、「当分子供は作らない」と言っていたのは知っていた。

だが、自分を好きでいてくれる女の子達との間に授かった子供は、やはり嬉しいものである。

その一番最初が、出会った頃から拓哉に猛アピールをし続けていたイシュカなのだ。

嬉しさ増大である。


「えっ・・・いや、あの・・・。」


しかし、イシュカとしてはそれを喜べない。

何故なら、九人との協定があるから。

だが、夫である拓哉のこの喜びようは、素直に嬉しい。

イシュカは、それをどう表現していいのか悩んだ。


「ん?イシュカは嬉しくないのか?俺達の子供だぞ?」


そんなイシュカの気持ちなぞ終ぞ知らない拓哉は、浮かないイシュカの顔を覗き込む。


「いえ、嬉しいです。」


「なら一緒に喜べばいいじゃないか。」


「いえ、それは・・・。」


イシュカは半分泣きそうだった。

愛する夫は喜んでくれている。しかしこの後、他の八人に頭を下げ詫びなければならない。

九人で話し合った協定を、イシュカが破ってしまったのだから。

しかし、そんなイシュカを見た拓哉がイシュカに言い放った。


「出来たものは仕方ないだろ?子供は、授かりものだとよく言うしな。国王夫妻の様に作ろうと思っても授からない人もいれば、作るつもりがなくても授かる人もいる。いくら避妊してても授かる時は、授かるんだ。これこそ、神の思し召しってやつじゃないのか?他の女子には俺も説明してやる。だから、今は子を授かった事を一緒に喜ばないか?」


イシュカはその言葉を聞き、拓哉の胸に顔を埋めて泣き始める。

拓哉はそんなイシュカの頭を優しく撫でる。

ひとしきり泣いたイシュカは「ごめんなさい」と一言言うと、拓哉の胸から顔を上げ、そして腕から離れる。


「私もタクヤさんとの子供を授る事が出来て、とても嬉しいです。ですが、約束を破ったのは事実です。今から他の皆さんに、お詫びに行こうと思います。」


「ああ、俺も付いて行くよ。」


拓哉はそう言うと、イシュカの手を取り、共に部屋を後にした。


食堂に定休日は無いが、、服屋には定休日がある。その定休日が、たまたま今日だ。

涼子、春香、美奈子、加奈子、裕美、エヴァ、ロラ、シーラの八人の内、ロラは屋敷警備の為に屋敷の門前に立っている。

裕美は知世と共に、食堂の管理に行っている。

涼子と春香は、キッチンで何やらワキャワキャと料理を作っている。

美奈子は、庭で素振り。加奈子は自分の洋服なのか、裁縫をしている。

エヴァとシーラは、リビングでリバーシ―をやっていた。


「なあ、ちょっと話があるんだが。誰か、裕美を呼びに行って来てくれないか?」


「あたしが行ってくる!」


ちょうど勝負がついた所だったのか、エヴァが手を上げてすぐさま屋敷を飛び出していく。

拓哉は全員に「少し待っててくれ。」と伝えると、門で番をするロラの元へと向かう。




「全員揃ったな。みんなに報告がある。」


拓哉は八人の顔を眺めながらそう告る。

相変わらずイシュカは申し訳なさそうに俯いたままだ。


「実は、イシュカが妊娠をした。」


そう告げた瞬間、八人の顔が驚きの表情へと変わり、そして全員がイシュカの方を向く。

イシュカは、みんなから文句を言われるものと覚悟をし、下を向いたままで必死に心を落ち着けようとする。


「マジで!おめでとう!」

「おめでとう!」

「イシュカ、良かったね!」

「おめでと~」

「おめおめ~」

「羨ましいのです!」

「羨ましいぜ!」

「次は私が・・・」


涼子、春香、美奈子、加奈子、裕美、エヴァ、ロラ、シーラの言葉を聞いたイシュカは、恐る恐る顔を上げる。


「み、みなさん。協定を破った私を、怒ってないのですか?」


イシュカは、全員から怒られるものと思っていた。ネチネチと文句を言われると思っていた。それを覚悟していた。

しかし、蓋を開けてみると、全員から「おめでとう」と言われた。一部、妬みがあったのかもしれないが。


「なんで怒らないといけないの?」


涼子の言葉に、全員頷く。


「だって、子供は授かりものだよ?」


「そうそう、いくら避妊してるって言っても、出来ちゃうときは出来ちゃうもんだしね。」


春香と加奈子も別に怒っては無いらしい。


「コンドーム無いんだから、当たり前っしょ。」


「あんたは、少しオブラートに包みなさい。」


「へへへっ」


裕美、美奈子も怒ってはいない。


「羨ましいな~。次は、あたしの番ですかね?」


「何言ってんだ。年齢的に考えれば、オレが先だろ。」


「んーん。次にタクヤお兄ちゃんの子供を妊娠するのは、シーラなの。」


エヴァ、ロラ、シーラは次を狙ってるらしい。


「あ~、そうなると、私も子供が欲しくなってきたな~。」


「涼子も?実は、私も。」


「だよね。あの草で避妊出来るとは言え、あまりいい物では無いしね。」


「そうそう、感触が何ていうか・・・ちょいキモ?」


「わかる~!」


何故か妊娠報告が、妊娠したい話へと変わっていく。


「おい、子供と一緒に戻れるか分からないんだぞ?」


拓哉は異世界組の五人を諭す。


「ん?そうなったら、この世界に永住すればいい事でしょ?」


「「「「「確かに~。」」」」」


話は早い。永住するそうだ。


「本当にそれでいいのか?」


「ん~。私はもし子供が出来たら、こっちで暮らす方を取るかな。そもそも、こっちの世界に来て、かれこれ二年は経ってるよね?向こうに戻ったら、その時の私達は、何歳で戻る事になるの?」


涼子が言っている事は、今まで龍平達と喧々諤々と話してきた事だ。

既にこの世界に飛ばされて約二年が経とうとしている。飛ばされた時に18歳だった俺は、今や20歳になっているのだ。

ミッションをクリアした時、戻った時の年齢は18歳なるか?と言われれば、そんな事は何処にも書かれていないし、誰にも分からない。死んでしまった譜海野星雄と普光星子の存在は、自分達が戻った時にどう言う扱いになっているのか。一緒に戻らなかった、他のクラスメイトの奴らの説明をどうすればいいのか。それらに関しても、全く分からないのだ。

考えれば考える程に、向こうへと戻るのが嫌になって来る。

となれば、色々とあり成功して金にも困らない、こちらの世界に永住すると言うのも悪くはないのではないか?俺達男衆はそんな事を考えていた。

だが、それはあくまで一案としてであり、実際は「やはり戻りたい」だ。

だがここに来て、女性陣が「子供欲しいし、戻らなくていんじゃね?」と言い始めたのだ。


拓也は、どうしたものかと考え始める。

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