底辺声優の私が、遠い未来で神声優になっている件

大橋東紀

底辺声優の私が、遠い未来で神声優になっている件

「写真お願いしまーす」


 その声に応え、沙織はチラシを胸に抱えると、笑顔を作った。

 笑う時は歯を見せること。

 ファーストフードのバイトで叩き込まれた事が、今でも役に立っている。

 まるでバズーカの様な、太いレンズを向けた青年が、バシャバシャとシャッターを切る。


「こちらもお願いしまーす」


 沙織の今日の衣装は、メイド服をアレンジした戦闘服。

 一人終わると、別の声がかかる。


 同じ格好をしたCGキャラクターが、背後の巨大モニターで動き回っている。

 スカートは短く、当然、下にはサポーターを履いているが、撮影者を引きつけるには充分な衣装だ。

 撮影を希望する客が一段落すると。沙織は再び、行き交う人々にチラシを配り始めた。


 ここは臨海地域にある巨大コンベンションセンター。

 休日の今日は、五つある展示場すべてを使い、ゲームの新作発表イベントが開催されていた。

 天井近くにキャラクターの巨大風船がいくつも浮かび、コスプレ・コンパニオンや着ぐるみが場内を闊歩している。

 チラシを配っている沙織に、スーツ姿の青年が歩み寄った。彼女が所属する事務所のマネージャーだ。


「沙織ちゃん、お疲れさま。お昼の休憩入って」

「川本さん!ありがとうございます」

「一般日だから人が多いね。ちゃんと水分取ってる?」

「はい、大丈夫です」


 手にしたチラシを近くのラックに置き、休憩を取るべくバックヤードへ向かおうとした沙織に向かい、川本は気マズそうに言った。


「それでね。沙織ちゃん、ちょっと話があるんだけど……」



 そして、先日のオーディションの落選を告げられた。

 一般客は入れない、展示場奥の関係者控え室で。沙織はテーブルに突っ伏した。

 事務所に入って九ヶ月。そろそろ実績を出したかったのに、


 沙織は弱小声優事務所に所属している。

 テレビアニメや洋画の吹替を得意とする大手の声優事務所と違い、もともとは美少女ゲームの音楽制作からスタートした事務所だった。

 ゲームに出る声優のマネジメントだけでなく、コスプレ衣装の販売、メイド喫茶の経営まで、幅広く手がけていた。


 また沙織の様に、役が付かない新人の受け皿として、平日はメイド喫茶のウェイトレス、休日はイベントコンパニオンを派遣する業務も行っている。


 あきらめようか……。


 十九歳なら、大学でも専門学校でも。まだ間に合う年だし。

 ギュっ、と両こぶしを握り締め、沙織は顔を上げた。

 今日を最後に辞めよう!

 やっぱり声優なんて、簡単になれる仕事じゃなかったんだ!

 決めたら、逆にスッキリした。涙が流れた頬を両手で軽くはたき、沙織は自分に言い聞かせた。


「最後のお仕事、あと三時間、頑張ろ!」



 その後も何回か休憩を鋏み。沙織はチラシを配り続けた。


「間もなくサイン会が始まりまーす!整理券をお持ちの方はお並び下さーい」


 チラシ配りから写真撮影の対応、ブースで行われるイベントの呼び込みまで。コスプレ・コンパニオンは何でもやらされる。

 今日のイベントは、これが最後……。

 気が緩みかけた沙織の前に。

 いつの間に来たのか、若い女が立っていた。


 最初は、自分と同じコスプレイヤーかと思った。

 腰まで伸ばしたロングヘアー。

 体に密着したスーツは、ロボットアニメのパイロットを思わせた。

 その右手には、これまたSFアニメで出て来る様な、大きな銃を持っている。

 端正な顔立ちに、気の強さを感じさせる釣り上がった目。

 そのブルーの瞳に見据えられ、沙織は吸い込まれる様な気がした。


「お前がサオリ・ヘキミズ。やっと見つけた」

「えっ」


 今まで無表情だった顔を歪めて笑うと、女は、右手に持った銃を構えた。

 私、撃たれるの?

 その時。

 耳元で風を切る様な音がしたかと思うと。

 後ろから前へ、衝撃波が走り抜け、沙織の髪がフワッ、と舞い上がった。


「!」


 飛びのいた女の背後にあったガラスケースが、粉々に砕け散った。

 避けるのが一瞬遅かったら、彼女自身が吹っ飛んでいただろう。

 床に散らばるガラスの破片を踏んで。

 沙織の前に、もう一つの人影が現れた。


「ディアさん!サオリさんは殺させませんヨ!」


 大きなバイザーで両目を隠し、体に密着したスーツを身に付けたその人物は、右手に持った銃をディアと呼んだ敵に向けた。

 それを見て、ディアが驚く。


「反重力銃?この時代にレジスタンスの野郎がいるだと?」

「野郎じゃないデス!」


 二人の戦士は、床を蹴って走り出すと、反重力銃の打ち合いを始めた。

 銃から放たれた重力波が、展示ブースの巨大モニターを直撃する。

 CGキャラクターが踊っていたモニターは、火花を散らして倒れ、周囲にいた人々は悲鳴を上げて逃げ出した。


「犯人は武器を、何か武器を持っています」


 展示物である痛車の陰に隠れた警備員が、トランシーバーに向けて怒鳴っているのが聞こえた。


「このままじゃ、マズいデスね!」


 後から現れた人物は、銃をホルスターにしまい、沙織を抱き寄せると。

 紫のリップを引いた唇を開き、沙織に囁いた。


「跳びマス!捕まって下サイ!」


 風変りなイントネーションに、沙織が驚いた瞬間。

 二人は軽やかに、空中へと跳び上がっていた。


 ホールの天井近くまでジャンプした二人は、そこに浮かんでいたゲームキャラクターの巨大アドバルーンの上に落下する。


「きゃああああ!」

「喋らないで下サイ!舌を噛みま……はがっ!」


 巨大なカエルをかたどったバルーンの上に着地した二人は、ボヨン、ボヨンとバウンドした。

 不安定な足場で四つん這いになり、必死でバランスを取る。


「はうっ!舌を噛んでしまったのデス!」

「あ、あなた、一体何なの?」

「私、ケイトリン!ケイトでいいデスよ」

「名前を聞いてるんじゃなくてぇ!」

「いいから、外へ逃げマス!」


 そのまま壁沿いのキャットウォークに飛び乗ると。

 再び跳躍し、窓ガラスを割って。

 沙織を連れたケイトリンは、展示ホールの外へ跳び出した。

 展示場の脇を走る、臨海鉄道の屋根に着地する。


「やっと一息つけたのデス」

「つけてない!全然つけてない!」


 走る鉄道の車体の上で。沙織はケイトリンに説明を要求した。


「あの、ケイトリンさん?」

「ケイトでいいデスよ!さおりサン!」

「じゃぁ、ケイトちゃん。あなた私の事、知っているの?」

「はい!私たちの時代では、さおりサンは有名人デス!」


 ケイトリンの語った事は、俄かには信じられなかった。


 遠い未来。

 人類は全ての文化活動を制限させられた。

 本、歌、演劇、映画。

 全ての創作活動に検閲が入り、体制側に都合の良い内容しか認められ無かった。


 当然、各地でレジスタンス運動が起こったが。

 体制側の圧倒的な武力に、レジスタンスが敗れそうになった時。

 誰かがネット上に流した、一曲の歌が、戦局を変えた。


 有名なシンガーでも、専業のアーティストでもない。

 アニメのヴォイス・アクターが歌った、キャラクター・ソング。


 その歌で描かれる、ポップで自由な生活に、人々は魅了された。


 歌は消されても消されても、ネット上で拡散され。

 自分で歌ったり、合わせて踊ったり、歌に合わせた動画を作るなどの「文化」が復活した。


 それと同時に。

 レジスタンス側も、民衆の応援を受ける形て、息を吹き返し。

 体制側は押されまくり、敗北寸前だった。


「歴史を変えた一曲の歌。それを歌ったのが、サオリ・ヘキミズ」

「わっ、私?」

「体制側は、サオリさんのいる過去に、暗殺者を送り込みまシタ。声優になる前のサオリさんを殺せば、歌は存在せず、逆転は起こりまセン」

「ちょっと待って。なんだか、ややこしい」

「暗殺者は、様々な時代に送られまシタ。それを察知した我々レジスタンスも、サオリさんをガードする戦士を、様々な時代に送ったのデス。そしてビンゴ!私ケイトリンが、当たりを引き当てたのデス。おっと、来ましたヨ!」


 その言葉に、後ろを見た沙織はギョッとした。

 空飛ぶ円盤。最初はそう思った。

 直径2メートルほどの円盤の上に、ディアが直立している。


「反重力で飛ぶ兵器。この時代の人たちに見られる事を気にしないなんて、大胆不敵なのデス!」


 そう言うとケイトリンは屋根に立て膝をつき、ホルスターから銃を抜いた。

 ディアは重心移動で円盤を操り、ケイトリンの放つ重力弾を、いとも簡単に避ける。

 みるみるうちに列車との距離を縮めてきた。

 追いつかれる!と思った瞬間。

 列車は駅に到着しようとしていた。


「くそっ!」


 ディアは駅舎への激突を避ける為に、円盤を列車から離した。


「今デス!」


 列車がホームに滑り込む直前。

 ケイトリンの放った重力弾が、駅を避ける事に気を取られていたディアに命中した。


 乗っていたディアは吹っ飛ばされ、高架のそばに建っている屋内型テーマパークにガラスを破って突っ込んだ。

 操縦者を失った円盤は、回転しながらテーマパークと隣接するビルとの隙間を飛んで行った。

 観光客で賑わう人造ビーチを越え、屋形船が浮かぶ横に、水しぶきを上げて落ちる。


「このまま逃げまショウ!」

「ここからだと地下鉄に乗り換えた方が……」


 液のホームに止まった車両の屋根から飛び降り、沙織とケイトリンは、駅の外へと駆け出した。



「いただいていきます。ありがとうございます」


 音響会社の受付に声をかけて、沙織は自分の分のアフレコ台本と、練習用の白箱ⅮⅤⅮを受け取った。

 三日後の収録に向けて、練習に励まないと。

 いつ、どんな形だかわからないが、私はアニメに出演して、キャラクターソングを歌う。

 そして遠い未来、それが世界を救う。

 まさにアニメみたいな話だが。

 一度、折れた心を蘇らせるには十分だった。


 私が声優になれる未来が、あったんだ。

 地道に練習して、オーディションを受け続けるうちに、ポツポツと役が付く様になった。

 今回のお仕事も、小さな役だけど頑張るぞ!


 帰宅した沙織が、ワンルームのドアを開けると。


「サオリさん!お帰りなサイ!」


 沙織のお古のジャージを来たケイトリンが飛びついてきた。

 ケイトリンは「過去に送り込まれたっきりで、元の世界に還れない」一方通行のタイムトラベラーであり、沙織の家に居候していた。

 そして、もう一人。


「おう、バイト先から余りもん貰って来たぞ」


 ディアがお惣菜の入ったビニールを手に言った。


「いつもありがとう。ディアちゃん」


 あの後、数回、沙織の命を狙って襲って来たディアだが。

 彼女も同じく、帰る手段の無い、一方通行のタイムトラベラーであり。

 何回も何回もケイトリンと戦ううちに、帰れるわけでもないのに、命を賭けて戦うのが馬鹿らしくなり。

 なし崩し的に、沙織の家に同居していた。


「メンチカツなのデス!今日のご飯は豪華デス!」

「いいからお前も、バイトして生活費を沙織に入れろよ」

「はうぅ、未来人は雇ってもらえないのデス!」

「おめぇは履歴書を偽造しても偽造しても、ドジだからすぐクビになるんだろうが!」

「まぁまぁ、ご飯食べてから考えましょ」


 沙織は思った。

 ここも手狭になってきたから、そろそろ引っ越さなきゃね。

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