第12話…「食は精神を豊かにするのです(下)」


――――「ラピスの精霊湖(昼過ぎ・晴れ・雲あり」――――


『うっまっ!?

 あっちゃん、ヤバいッ!

 私、肉汁で溺れそうッ!』



 などと後ろから聞こえてくる声の主、ラピスには[GC唐揚げ×1]を与えてある。

 贅沢な溺れ方だなと思う一方で、自身の力だけで作った唐揚げをまた1つ頬張った。



「・・・可もなく不可も無く…」



 大きさもバラバラで、モノによってはちょっと味が濃いように感じる唐揚げ、マズくはない…、でも、大きさや味のばらつき、咀嚼する時に舌に伝わる肉汁…、それらを総合的に踏まえて判断すれば、店の一定の美味しさを維持しつつ旨味の上下のブレを押さえた…バランスの取れたモノには及ばない。

 まさにその唐揚げは、マズくはないが店の味には及ばない唐揚げだった。

 今となっては懐かしさすら感じる味だ。

 使う道具も、食材も違うが、そんなものは些事でしかなく、その唐揚げはまさに、アレッドの…前世での、自身の作った唐揚げの味だった。


 涙が出そう…と感じながらも、アレッドは出て来た結果を確認していく。



『あっちゃんが最初に作ったのは、美味しいけど可もなく不可もない感じ?

 2つ目は、もう最高の一言かな』


「それはウチも同意見」



 美味しさその他諸々、全部ひっくるめて、2つ目のジョブ作唐揚げは絶品だ。



『何より舌に伝わる熱々な肉汁がイイったら…。

 食べてるのに飲んでるみたい。

 最初に感じるのは味付けされた塩気、そして噛めば噛む程溢れてくる肉汁から伝わる甘み、肉々しくてジュ~シ~で、薄いのに噛んだ時に、サクッサクッって存在を主張してくる衣ッ。

 食感の違う異文化交流がはかどってしょうがないッ!』


「・・・それはよくわからないかな」



 結論から言って、製作本から作るモノは、あくまで作る事を目的として品質等は考慮されていないモノができ、製作本を使わず自力で作るモノは、そこに全力を注いだ品質重視のモノが出来上がる…。

 ジョブ無しで作ったモノが自力製作なら、製作本がオートモード、全力調理は…全力製作と行った所だ。

 ジョブを変更した場合は、やはりその技術は引き継がれず、ジョブの能力無しの、アレッド自身のスペックに依存する…と。


 唐揚げは1つずつアイテムになるのではなく、1メニュー分…一人前で1ストックらしい。

 いくつか食べた後の[唐揚げ×1]を、アイテムボックスにしまったら、[食べかけの唐揚げ×1]になった。

 他の食べかけと数を合わせても[食べかけの唐揚げ×2]になっただけなので、数を合わせれば[唐揚げ×1]に戻る…という事でもないらしい。

 アレッドはアイテムボックスの圧迫になると思いつつも、合わさらない事にどこか安堵した。


 気づけば比較として作ったモノは全て平らげ終わり、空になったお皿だけがテーブルの上で鎮座している。

 全力製作とオートモードの唐揚げを仲良しこよしでラピスとハティが食べ、最後の方で、どちらが全力製作の唐揚げを食べるかで揉めていたようだが、そこはラピスが勝ち、喜々として平らげた。



『ふむふむ。

 同じように作ってるように見えたのに、蓋を開けて見ると、全然違うっていうか、美味さが違うな。

 ご馳走様ッ』


「お粗末様でした」


『まぁ、あっちゃんがここに来るまで、食事なんて摂って来なかったから、何を食べても美味しいんだけどねッ』



 グッと親指を立てるラピス。

 美味しいと言われる事が、素直に喜ばしいアレッドだが、それでも美味さに違いがある事が、どことなく悔しかった。

 人並みに料理はできる…と自負している分、自分が作ったとは思えない程に出来の良い料理ができている事実が悲しい。

 ジョブのおかげである…と理由はわかっている…、単純に彼女の我が儘と言えるモノだ。

 ゲームで、ステージをパパッと進められるからと、ワープを使って、全然クリアできないステージに来たような敗北感を覚えている。



「…というか、今までご飯を食べてこなかったの?」



 自分の程度が知れて悲しさすら感じるアレッドだったが、その料理の腕も、全部アレッド自身の力だ。

 前世の感覚が残っているせいで、引っかかる部分を感じても、ソレは…さすが娘スゴイ…という事で無理にでも飲み込む事にした。

 そうと決まれば、早々に頭を切り替え、追加の唐揚げを全力調理しつつ、ラミスの方を見る。



『そもそも必要がなかったし』


「・・・ご飯は必要でしょ?

 食べなきゃ死んじゃうよ?」


『この世界が誕生してから、ずっと食べてこなかった私にいわれてもね~』



 新生歴とか言って最低でも284年は時間の流れがある。

 世界が作られた時から生き続けている精霊であるラピスは、そんな年月のさらに長い時間を生きてきているらしい…、なら食事を取らなかった期間なんて、考えるだけ無駄だ。



『精霊だから、体を維持するのには魔力があればいいのよ』


「それはまた便利な仕様だ。

 じゃあ、ウチもご飯なんて食べなくてもよかったの?

 でも、お腹は空くし…、食べたい欲求は普通にあるんだけどなぁ」


『うん、あっちゃんは食べた方がいいよ』



 揚げ終わった唐揚げを、その端から摘まみ上げ、ふ~ふ~と冷ましながら、ラピスは嬉しそう頬張る。



「それはまたなんで?」


『お腹が空いた~とか、体が欲してるのが全てだけど、もっと詳しく話すなら、体の作り?

 あっちゃんと私は同じ精霊だけど、私と比べて、あっちゃんの方は、お母様がより人間に近い作りにしてるから』


「近い…。

 つまり、生命活動に食事は必要不可欠…と」


『というか、その辺の生きるために必要なモノは、大体あっちゃんの種族の竜人と一緒』


「竜人…か。

 じゃあ、ラピス姉さんは、食事の必要のない種族って事か」


『ん~。

 この体は魔族の人魚に近い姿で作ってもらったけど、私は何処までもお母様の為に…て、世界の安定させる事を求めたから、姿こそ人魚だけど、その中身は、限りなく精霊の元の形に近いわ。

 だからこそ魔力があれば生き続けられる。

 普通の人魚はご飯を食べるわ』



 つまりは、人魚の姿を取っているのは見た目だけで、その本質は何処までも世界を安定させるための精霊の形に近い…、湖にそびえ立つ精霊樹も、その精霊に近いラピスの形の表れか。

 世界を安定させるための力をある意味で体現している。

 この湖は、生きていくうえで、環境が整い過ぎてすらいるのは、その安定の賜物だ。



『でも…、確かに食事は必要ないけど、今となっては後悔があるな~』


「後悔?」


『そう…後悔。

 だって、こんなに美味しいモノを食べる…て行為を、自分から放棄してたのよ?

 ただただ勿体なかった…と今は思ってる…。

 悔しいったらッ!』



 ラピスは強く拳を握り込み、苦虫を嚙み潰したように顔を歪ませた。



『でも…でも…よ。

 そうやって、馬鹿正直に、そして真面目にこの場所を管理してきたから、私はあっちゃんに出会えた。

 これはいわゆるご褒美ってやつよ。

 んふふっ。

 この幸せが毎日続くなら、後悔なんてどこ吹く風ってやつねッ!』



 そう言って、ラピスは後ろからアレッドへと抱き着く。



「あぶッ!?

 料理中は危ないから、そう言う事はあまりしないで?」


『え~…。

 私はただ、あっちゃんの暖かさを感じたいだけなのに…て、何してるの?』



 唐揚げの揚げ作業の傍ら、別の事をしている事に気付いたラピスは、興味深そうにソレを覗き込んだ。


 必要量出されたモノは、卵黄、塩、酢、そして植物油だ。



「これは唐揚げに付けて食べるソース?…みたいなモノを作ろうと思って」


『むむむ…?

 それがあると、より唐揚げが美味しくなるとな?』


「好みの問題だと思うけど、そういう種類の唐揚げもあるから。

 後は、作ろうとしてるモノ自体、製作本には無いモノで、ソレを作るとどうなるのかと思って」



 植物油以外をよく混ぜて、少しずつ油を混ぜるだけの代物…だがしかし、その代物の人を引き寄せる魔力は凄まじいモノがある。

 揃えた食材だけを見れば、分る人には分る…出来上がったのは…薄い黄色い代物、そう、[GCマヨネーズ×1]だ。



『うんまッ!?』



 ラピスへは、感想を聞くまでも無く、その返答は帰って来た。



「改めて作ってみると、すごいレシピだ。

 これじゃ、お腹に脂肪が密輸される理由がよくわかる気がする…」



 マヨネーズを作った事で、製作本に載っていないモノでも、問題無く作れる。

 家の中にある野性味のあるベッドもそうだが、マヨネーズの出来も見るに、製作本に無いモノでも、問題無くジョブによる経験値は反映される事がわかった。


 製作本に載ってないから…と、製作の幅が狭まる事はない…、むしろ、載っていなくてもジョブの力を活かせるからこそ、その可能性は無限大だ。

 その事実は、家を作る事を目標としているアレッドにとっては、胸躍る事実であると同時に、技術はある以上、全ては自分次第…という新たなプレッシャーともなる訳だが、横でマヨネーズと共に唐揚げを平らげるラピスの影響か、この瞬間だけは、そのプレシャーも鳴りを潜めるのだった。


 アレッドに得るモノがあったように、ラピスにもまた得るモノがあった。

 といっても、ソレはアレッドが来てからというモノ、毎日のように感じるモノ、その良さを再確認したというのが正しい。

 食事は偉大だ…と、彼女は思う。

 今まで、食というモノを蔑ろにしてきた彼女にとって、それらは未知の領域だ。

 舌が感じる味覚の多さや、腹が満たされる事による幸福感、食べ過ぎて苦しくなってもなお次を求め、食欲が収まる所を知らない。

 知らないモノを食べる程、食欲が増すようにすら感じる。

 食事中にありながら、明日の朝食は何か、昼食は、おやつは、夕食は…?

 知らなかった事による反動は確かにあるだろう。

 それでも、世界の…自分の領域を守護する事しかしようとしなかった彼女にとって、アレッドは鳥籠の扉を開ける鍵と言ってもイイ。


 食事の事を考える…、それだけで、日々の退屈だった時間が、幸福な時間へと変わった。

 たかが食事、されど食事、ラピスの顔に笑顔を浮かべさせるには、ソレ1つで十分だった。


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