第11話…「ここを定住地とする(下)」
――――「ラピスの精霊湖(昼・晴れ)」――――
『痛くはしないわ。
この水圧カッターで一瞬よ』
プシューッとラピスが立てた指先から、ものすごい勢いで飛び出す水。
それをヒュイッと、近くの木に向ければ、瞬く間に太いソレは真っ二つに切り倒される。
『あ…でも、あっちゃんは私の攻撃効かなかったし、この程度の威力じゃ、角に傷の1つも付けられないか…。
今まで土地の管理しかしてなかったけど、この際、私もレベルアップやっちゃう?』
切り倒された木を、冷めた目で見るアレッド。
「能力アップはイイ事…かな。
でもお願い…、それをウチの娘をどうにかするためにやるのは…勘弁して…」
ラピスと戦った時は戦闘ジョブだったが、今は製作ジョブで当然だがステータスの「耐久」等は、戦闘時よりも少なくなっているのだ。
ステータスが、どういう風に体へ作用しているのか知らないアレッドだが、倒れた木を見て、これはダメな奴だ…と察知した。
…「そういえばあっちゃん、最近ずっと木を切ってるけどさ」…
「うん」
…「家の進捗はどんなもん?」…
「ぼちぼちかな。
家を建てる場所は確保したから、後はどれだけジョブを使いこなせるか…」
…「何を言うのかね?
あっちゃんのジョブはいわば神の御業ぞ?
できない事なんてある訳ないじゃないかッ!」…
「自画自賛もいいけど、それを100%引き出せない以上、ウチも頑張んなきゃいけないじゃん?」
…「それはそうだね」…
「切り替えが早い事で…」
…「じゃあ仮住まいは?」…
「ちゃんと作ってある。
問題ない」
抱き着かれ、首に回されていた腕に締められる。
『何が問題ない…よ、大アリよ。
人間の文化に乏しい私でも、アレは手抜きだってわかるわ』
「…んぐッ!」
…「ほほ~。
ラピス、詳しく」…
『それがねお母様、かくかくしかじかなのよッ!』
かくかくしかじか…ソレすなわち、アレッドが作った仮住まいだ。
ばつが悪そうにしかめっ面をするアレッドは、チラッと自身の仮拠点を見た。
板に加工された木々達、ソレは骨組みとして建てられた4本の柱を囲うように、その柱へと打ち付けられ、屋根と床もまた隙間の無いようにみっちりと張り、アレッドが言う仮住まいは、見事な立方体を作り上げていた。
白く塗装なんてした日には、見事な豆腐ハウスと呼ばれる事だろう…、いや、この段階で既に豆腐と呼ばれても、何も文句は言えまい。
その家には、扉は無い、窓も無い…、じゃあどうやって家の中に入る?…、いやそんなモノは必要ないのだ…、何故なら、4つあるはずの壁は、実際には3つしかないのだから。
簡単な話、木の箱を横に置いただけ…と言われても、言い逃れできないのが、アレッドの作った仮住まいだった。
中の広さは大体八畳ほどだが、確かに、家というには、粗末が過ぎる。
…「おいおいおい、どこの片田舎にあるエッチな事するためのバス停だよッ。
質素な長椅子と立て看板付ければ完璧じゃんかッ!」…
『えっち?』
「やめんかッ、ヘンタイへレズッ。
地方のバス停はむしろ建物なんて無い…じゃなくて、ラピス姉さんが変な事を覚えたらどうすんのッ!?
仮住まいだから、質素でも問題ないのッ」
『よくわかんないけど、私の精霊樹に人が住める空間を作ってあげるって言ってるのに』
精霊樹はラピスの分体…、彼女の体も当然であり、全体を弄るのは難しいが、部分的に形を変える事は造作もない。
だからこそ、枝を操るなり、幹に穴を空けて部屋を作るなり…、その程度なら作れるから、家ができる間は、そこで…とラピスは提案した。
それをアレッドは断ったのだが…。
「作らなくていいです…」
アレッド曰く、精霊樹は樹であるものの、それでも精霊の分体…、ラピスの体、ソレを意識すると、どんなに居心地の良い部屋を作っても、落ち着かなそうだから丁重に断りを入れた。
『もう…、あっちゃんは恥ずかしがり屋さんなんだから~』
ラピスはプンプンと頬を膨らませながら、アレッドの頭に顎を乗せる。
アレッドはそんな彼女の様子に、ははは…と苦笑いを浮かべた。
…「まぁあっちゃんがそれでイイなら、別にいいか。
それより、戦闘ジョブの方は直に見たけど、製作ジョブの方はどう? 1つがちゃんと機能してれば、他のジョブも問題ないと思うけど」…
「問題…かぁ。
ジョブの技術は持ってても、こういうのはガチな素人だし、ジョブのおかげで大丈夫ってわかってても不安がある…とかかなぁ。
といっても、コレは製作ジョブに限らず戦闘面でも言える事だ」
…「そこは慣れよ慣れ。
あっちゃん自身が慣れてもらうしかない」…
製作ジョブは、戦闘ジョブの攻撃用のスキルのような、要所要所で使うスキルは無い。
強いて言うなら簡易作業セットに備え付けの本から、製作するモノを選んで作るぐらいか。
戦闘ジョブの時と同じで、こういう動きをしたい時に、こういう体の動かし方をする…と感覚的にわかる。
木を切り倒したいなら、どの位置へどういう風に斧を振ればいいのか…、それがわかるのだ。
調理職人なら、食材をどう切って、どう火を通すのかがわかる具合だ。
素人であるからこそ、不安はあるが、今の所問題は起きていない。
「こういうのは面倒だな。
ファンラヴァなら、適当に製作したいモノを選んで、スキル選択すれば、後はアイテム化されて手元に出てくるのに。
木をアイテムにしても、その木が無くなったりもしないし…」
…「戦闘ジョブのスキルと違って、自分だけで完結しないからしょうがないのじゃよ?
アイテムだけ手元に来て、木が無くならないとかも、便利だけど、流石に自動化され過ぎる。
まぁ、結局は僕のさじ加減ではあるけど」…
『あとね、あっちゃん?
お母様は神様だし、やろうと思えばなんだって機能として追加できる…、でも、それにも限界があんのよ?』
「というと?」
『あっちゃんに分りやすい言葉を使うなら、リソースが足りない…て所かな?
木材のアイテムが欲しい時、木を1本消費せず…加工せず、同質量のアイテムをどうやって手に入れるのか…、アイテムは無から発生する訳じゃない。
その木を消費せずアイテムを手に入れるとなるとアイテム分を作り出さないといけない…』
それは、精霊のように魔力から実体のあるモノへ、木材として実体化させれば済むが、結局魔力を消費する事となる。
木材以外でもそうだ。
鉄でも、土でも、本来あるモノを消費せずに新しく作り続けたら、世界の魔力があっという間に干上がってしまう。
『それじゃ困るのよ。
特に私達精霊は』
魔力は万物に宿る…、生き物にも、植物にも、土や鉱石にだって、魔力は宿っている。
特に精霊は、その魔力が命そのモノだ。
魔力が少なくなれば弱るし、無くなれば死んでしまう。
精霊に限らず、動植物だって、魔力の有無によって健康を害する事があるのだ。
魔力というモノに縁の無かったアレッドにとっては、そこまで?…と思い、半信半疑になっている部分もあるが。
「そもそもウチは、魔力ってのがどういうモノか。
それすらわかってないんだけど?」
『んふふ~ッ。
そこはほら、おいおいお姉ちゃんが教えてあげる~ッ。
話を聞く限り、あっちゃんの能力は偏ってるし、Aスキルとか覚えるのに、魔力の事がわかってないと困るから、その時になったらも~、寝かさないぞッ?』
「その時はお手柔らかに…と、ラピス姉さん、コレお願い」
ラピスの意味深な提案に相槌を打ちつつ、目の前に横たわる幾本もの木を指差す。
『まかせてちょうだ~い』
アレッドに抱き着くのを止め、スッと彼女の前に移動したラピスは、その木々達に向かって手をかざす。
すると、ブクブクと、まるで鍋の中で沸騰する水のように、木々から水が溢れ出してきた。
木は当然水分を含む。
伐採した以上、アイテムボックスに入れていない限り、時間経過でその水分は抜けていく…、それだけだったらいいが、その過程で木材が変形する事があるのだ。
歪んだり…、割れたり…、とにかく建物を作った後で、その木材が変形して、家が欠陥住宅になる…なんて事は、絶対に避けたい。
そのため、木を乾燥させてから使っていきたい訳だが、モノによっては1年以上乾燥させなければいけない訳で、そんな事を丁寧にやっていては、ゼロからスタートのこの地で、ちゃんとした家ができるまでに時間がかかり過ぎる。
アレッドは、時間の短縮を兼ね、ラピスの力を借りた。
彼女は水を操る事が出来る…、それもAスキルだそうだ。
水が操れるのなら、木の中にある水分も操れるだろう…と考えた訳だが、ソレが正解だったらしい。
成功までに、迷いの霧の外から取って来た木で練習してもらい、10本は優に超える量を、力加減のミスで粉々にしながら、適度な力加減で、水分だけを取り出せるようになった。
その結果出来上がったのが、田舎のバス停モドキなのだが、どうしようか悩んでいた木材を乾燥させる時間が短縮できたのは大きい成果だ。
『はい完璧~ッ!』
バチャンッと木から取り出した水を、精霊湖の方へ、放り投げるように捨てる。
「精霊湖の扱いって、ウチが思っているより雑なのかな?」
精霊の加護を受けていると言っていい精霊湖、精霊が神の使徒とされているのなら、その水はそれなりに神聖なモノではないのか…と、アレッドは苦笑するのだが、当の本人はいいのいいの…と手を振った。
『少なくとも迷いの霧の内側にある木は、精霊湖の水を吸ったりしてるし、返してもらってるだけよ』
「そう…なの?」
『そうよ。
私だって、自分の湖に、鉄くずとかゴミを捨てられたらさすがに怒るけど、元々あったモノを戻してるだけだし』
「まぁ…うん。
そいう事なら、別にいいのか」
そうやって、家を作るための素材が集まっていく。
材料が集まった後は、いよいよ家の建設だ。
実際のファンラヴァでは、場所さえ用意してしまえば、後は費用を負担するだけで家が建つ。
プレイヤー側が何かをする必要はない。
材料の不安は無くなったが、ヘレズ的に全く気にする必要のない建築の不安、ソレを抱きながら、アレッドは、水分の抜けていく木々を見るのだった。
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