第10話…「お姉ちゃんという響きは、心に突き刺さる(下)」
――――「精霊樹の湖(昼・晴天)」――――
「月光狼とか、黄金鶏とか、神獣がエライ存在ってのはわかったけど…。
ヘレズ?
実際どうなの?
その神獣達とハティやビルは、超エライ感じ?」
種族とか、その括りでなら偉い存在という事はわかった。
でも、ハティもビルも、アレッドにとっては、この世界で出会った存在ではない…、あくまでゲームでいつも一緒に居たというだけ、しかもデータ上は…だ。
「種族としてはそうだね。
そういう存在がいると雰囲気が出るじゃん?
伝説とかロマンあるし。
でも、あっちゃんが召喚した子達は、君の為に新しく作り出した子達だ。
だからこの世界に存在する月光狼とか黄金鶏とかと、関係があるかと言われれば…、ただ種族が一緒ってだけで赤の他人だね」
「そうか」
「うんうん、どこぞのカプ〇ル〇獣みたいな感じッ」
『カプ…ん?』
「うん、話がややこしくなるからやめて」
「え~…、まぁいいけど…。
とにかく…だ、ラピスが気にするような事はないよ。
この月光狼達は言うなればあっちゃん専用の使徒…というか使役物?
この世界には何ら影響は無い」
『そ…そうなの?
なら尚更、ソレを理由に攻撃をした事、重ね重ね謝罪するッ』
そう言って、ラピスはまた頭を下げた。
「所で、精霊喰いとかそんな物騒な奴もいるんだな。サバイバルブックには載ってなかった気がするけど?」
「ん?
うん、そうだね、載ってないのは当然なんだな、コレが」
ヘレズはチッチッチッと舌を鳴らしながら立てた人差し指を振る。
「だって、僕も今さっき初めて知ったばかりだもん。
サバイバルブックに載ってなくて当然だ。
それに神とて、全てを把握している訳じゃない。
全知全能なんて無いよ…、神の事をそう言い始めたのは人間だ。
あれだけの事が出来るモノた…そのくらいできるだろう…てね。
僕達はそんな事一度だって自称してない」
「ウチはその辺の事はよく知らないけど、言っている事は…わかる気がする」
「でしょ~?」
「でも、こっちはそれで命の危機があった訳だし、図々しいけど、こっちに来させる前に、世界の状況はちゃんと調べるぐらいの事はしてほしかったな」
あの時、ヘレズが来なければ、きっとアレッドは2つ目の人生を早々に終えていただろう。
それは感謝しているけれど、この湖に来る事はわかっていた…というか、ココを勧めたのは他でもないヘレズな訳で、アレッドとしては、ラピスに自身が来る事を伝えておいてほしかった…と思うばかりだ。
それで問題が起きる事も無かった訳だから。
アレッドは溜め息の1つでも出そうなものだったが、その不満は飲み込む。
危険こそあったが、この世界に転生してもらった事自体には感謝をしているし、ヘレズとしては自由に生きて遊ぼう…というスタンスではあるけれど、それとは別途お礼をしていきたいと思っている。
その感謝は返そうと思って返しきれるものじゃないが、とりあえず貰ったモノの大きさに比べれば、事前調査だとか伝達とか、思う所があっても些細な事だ。
「ウチは、創造神へレズを信仰でもしようかな」
彼女は無宗教で前世を生きて来た。
大きな括りで言えば仏教徒…と言えなくもないかもしれないが、それも形だけだ。
だから信仰する…といっても何を必要とするかはわからない。
「おお? おおおおッ!? イイんじゃよ?いいんじゃよ?
僕ってこの世界では一番偉大な存在だし?
もっと崇め奉ってくれても、一向に構わないのよ?」
ヘレズは、アレッドの言葉に、鼻を伸ばし有頂天になって胸を張る。
「・・・創造神ヘレズは信仰しても、少なくともヘレズを信仰する事はないかな?」
「なんでじゃああぁぁーーッ!?」
ガクッと膝を付くヘレズ。
ヘレズという存在は、アレッドにとって先に言った通り、友達という位置づけだ。
今更神様です…と言われたところで、ソレがガラッと変わる事はない。
だから、アレッドはぼかし、切り分けるのだ。
もっと概念的なモノの神様として偉大で超常的な存在と、友人としていつも傍に居たパーティメンバーのヘレズを…。
そんなアレッド達のやり取りを、ラピスは呆気にとられる…とは少し違うが、驚きの混じった目で見ていた。
『お母様とアレッド様は、本当にご友人なんだよね?
仲がイイというか…』
「そう、当然よ、僕とあっちゃんはマブダチだから」
「まぁ、否定はしないかな」
『関係性は友人同士で、でもお母様が生み出したと考えると、友人というより「親子」…の間柄に…、複雑ね? ですが…』
「おやこ?」
母が子を産み落とし、親子という形が生まれるのなら、ヘレズとアレッドは…。
その身に宿す魂は、友人である前世のモノ、しかし、その体はヘレズが生み出した子だ。
友人であり親子…というのが正しい所なのだろう。
だが、当のラピスは、友人の部分よりも、親子という部分に興味津々なようだ。
その頬が高揚しているように見える。
薄いとはいえ青い肌色だ…、その機微をアレッドはまだ見分ける事ができない、しかし、友人よりも親子という関係に引かれるものがあるのだろう…とは、彼女も気づいた。
『親子…、イイですね、親子ッ!』
何故なら、ラピスは頬に手を当てて、どう見ても緩んだ顔をしていたから。
『という事は、諦めていた私にも、その…、い、妹…ができた訳ですねッ!?』
「え…?」
確かにヘレズとアレッドが親子なら、同じくヘレズの生み出し精霊であり子であるラピスは、その狭い括りでだけ見れば、彼女にとってアレッドは妹…と言えなくもない。
アレッド自身、ゼロからスタートで、前世の記憶無く子供からの再スタートをしていたら、その関係をすんなり受け入れていただろう。
しかし前世の記憶がある分、いささか飛躍した考えのようにアレッドは見えてしまった。
「そう言えば、ラピスは精霊の作成順的には一番最後に作った子だっけ?」
アレッドとしては、勘違いだったとはいえ殺されそうになった間柄だ。
ラピスの興奮に追いつけない部分があるのだけれど、すぐそばにいるヘレズは、得心いったように頷く。
「末っ子だから、兄姉は居てもその下がいない…、無いモノへの憧れかな?」
『そうッ!
知識としては持っていましたし、他の精霊たちがここに来て話をする事はあったけど、皆、私の事を妹だからと、いっつも世話焼き側に回って、私は焼かれる側に…』
それに加え、生真面目な性格から来る堅さも相まって、強く出る事も出来ず、少なからずな鬱憤を溜め込んだようだ。
『ですが、アレッド様が妹であるのなら、いいえ、アレッドちゃんなら、私は世話を焼けるという事ねッ!』
生真面目だからこそ、自身の責務を全うする…、それは逆に、自身のやりたい事を抑え込み後に回す事…にも繋がる。
「まぁそうかなぁ~。
実際にはあっちゃん以外にも弟も妹もいるんだけど…、まぁうん、ラピス、十分あっちゃんを構ってあげて、世話を焼いてあげるよろしよ?」
精霊に寿命は無い、魔力がある限り、存在し続ける。
長らく溜め込んだソレは、ほんの小さい好奇心だったのだろう…、しかし長い年月と共に、溜まりに溜まって大きな形になっていた。
『え、本当ですかッ!?』
「うんうん。
あっちゃんにはここで色々とやってもらおうと思っていたから。
僕が傍で教えられればいいんだけど、正直、時間がね。
たまに来る事は出来ても、僕がいない間に問題が起こっても困る」
チラッとやる気に満ち溢れ始めているラピスの顔を見る。
「まぁ今回みたいな事が起きないように、あっちゃんに色々な事を教える世話役が必要だと、僕は考えた訳だ。
そのやる気…ラピスには人一倍あるよね?」
『ありッ!
私、お姉ちゃんとして頑張るッ!』
「よろしいッ!」
「・・・」
自身の意思が介入する暇も無く、話が進んでいった。
この世界で生活していく上での最低限の知識は、ヘレズから貰ったサバイバルブックでどうにかなるだろうが、ヘレズもこの世界への対応が完璧でない事は、アレッドも、今回の一件で分かった。
なら、世界の情報を知る意味でも、ラピスという存在は、実にありがたいと言っていい。
世話を焼いてくれるというのも、実に頼もしいと言える。
それでも先の一件のせいで、見た目は可愛いというより美人…。人間としての見た目年齢なら、アレッドと大差ないというのに、殺されかけた…という事実が容姿に反して恐怖を与え、どうしてもその胸に一抹の不安を抱かせた。
「という訳で、あっちゃん、今この時から、あなたにお姉ちゃんができました」
『お姉ちゃんよ~?』
「何なら僕の事を、お母さん…て呼んでもイイんだぞ~?」
『仲良くしましょうねぇ~』
「・・・なんかイヤ…」
再婚相手の連れ子をあやすような流れを作るのはやめてほしい…、アレッドは溜め息をつく。
それでも、姉妹…はともかく、この場所はイイ。
非現実的な巨大な樹に、綺麗に光を反射する澄んだ湖、緑あふれる樹海…、立地としては最高だ。
恐怖を感じるお姉さんがオマケでついてくるが、それを引いても拠点にするには持って来いと言えるだろう。
損得勘定ではないが、良い部分の方が多いのは間違いない。
アレッドは状況を踏まえ、自分が納得するように言い訳を考えていく。
「わかった…。
ウチも損な部分は無いし、ココは良い所だってのも認める」
なに生意気な言い方を…とは思うけど、あれよあれよと自分が外野になって話が進む事に、少なからず不満があるのも事実だ。
そんなアレッドの不満の表明も、大して主張が強い訳でもないので、当の神様と精霊の親子には届かず、頷きながら何かを期待するように彼女を見つめて来た。
「・・・なに?」
「何って…、いう事があるでしょうが。
僕達の関係を改めて確認するために、言う事が…さッ!
娘よッ!」
『妹よッ!』
種族も違えば、普通の…人間的で一般的な考えでは、親子というにはいささか疑問のある間柄…、種族も違えば、見た目も大して似ている訳でもない両者だが、息が合うのか…それともノリが一緒なのか…、生真面目な部分も何だかんだ言ってヘレズにも存在する。
見た目は違えども、確かに2人は親子なのか?…とアレッドは無理矢理納得した。
「わかったわかった」
納得は少々難しくも、自分だけ不満顔でいるのも気が引ける。
アレッドはとりあえず、この場のノリに乗っておいてあげよう…と、ラピスを見て、軽い会釈をする。
「これからもよろしく、お姉ちゃん」
『は?』
ラピスは目をまん丸に…。
一瞬、心ここにあらず…と言えなくもない魂の抜けた表情をする…がしかし、その顔にはすぐに正気が宿り、彼女の頭の中には、音楽が奏でられる。
ドンドンッパフパフッドッカンッガッシャンッウォーーンッ!
『ハゥアアアァァァーーーーッ!!』
彼女は、両手で顔を覆い、のけ反りながら身悶える。
急に女性の奇声が頭の中に木霊し、アレッドは思わずビクッと体を震わせた。
「え…、急にどしたの?
怖いんだけど…」
「あっちゃんあっちゃん、僕は? 僕は?」
思わずラピスの変化に顔を引きつらせていると、ヘレズは自身を指差しながら、アレッドの顔を覗き込む。
「へ…ヘレズは、友達だから違う…」
ヘレズが何を求めていたのか、ソレはアレッドにもわかる。
しかし、ラピスの変化に怖気づいて、その場のノリ…勢いに乗り切れず、お母さん…と呼んであげる優しさが、彼女から欠如する事となった。
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