第34話…「何もしてないのに攻撃してくるとか、理不尽すぎるんじゃが?」


――――「????平原(夕暮れ前・曇り)」――――


「我が名はアレッドッ! この迷いに住む精霊であるッ! あなた達は北の魔族領デモノルストの民で間違いないかッ!?」


 自身の持つ槍の石突きを地面に突き刺して、アレッドは、目の前の大量の魔族たちに名乗った。

 森を抜けたアレッドは、眼前の軍を見る。

 獣の顔をした二足歩行の魔族から、両手がそのまま鳥の翼のようになっている魔族、果ては見上げるような…ビルを前にしているかのような大きさの巨人まで、見た目様々な種が、目の前に集まっていた。


 魔族は、一応のカテゴリは人…という事だが、数千…万に近い魔族が集まっていると、その光景は壮大で、それだけで嫌な汗が背を垂れ落ちる。

 クンツァたちのように、少人数なら、大して感じる事も無いが、ここまで多いと、彼女の思う人の基準とは、その見た目が大幅にズレて、その違いに対しての恐怖に、カタカタと口元が震えた。


「なんでウチがこんな事…」


 アレッドの存在に気付いた魔族たちが、続々と、各々の武装を持ち、威嚇しながら臨戦態勢を取っていく。

 その光景に、アレッドは思わず愚痴をこぼした。


「来た人みんなで出てくればいいのに…、何でウチだけ出て来なきゃいけないの?」


 ただでさえ少人数で来ているのに、さらに人を減らす必要が何処にあるのか…と、恨めしそうな目を、自身の後ろで待機している人達に向けたいのを、グッと堪える。


『あっちゃんここはカッコつける所だよッ! 万に近い軍勢の前にたった1人で現れる…、そんな軍怖くない…自分1人でどうにでもなる…て相手へのけん制なんだから』


 耳に聞こえる声は、ノリノリで楽しんでいるきらいがある。


『名乗りも重要だぞ? 自分が何者で、何が目的か、それをハッキリとさせた上で、言う事聞かなきゃ怖いぞ?…てちゃんと教えなきゃいけないし』


 おまけに、魔族軍に対しての台詞は全部、その声の主の指示だ。

 確かに初対面の相手に名乗るのは大事な事だと、アレッドもそれには同意するが、この状況でソレがイイ事なのかは、ヘレズとじっくりと話をしたい所だ。


 とはいえ、これだけの人数を前にしては、いくらナイトリーパーで気配を消した所で、確実にバレるため、密かにイオラの母親だけを連れ出す事は出来ない。

 そもそもアレッドは、その母親の事を知らず、当然顔も分らないので、一応面識があるらしいアパタはいるが、彼女を連れて行けば、余計バレずに行動するなど不可能で、結局相手に気付かれずに事を成す事は実質不可能だった。


 そのため、こうして出て来た。

 隠れられないのなら、いっそのこと正面突破だ。

 森の中で、ヘレズ達が待機しているとはいえ、1人森を抜けて衆目に晒される事の恐怖たるや…、アレッドは事が大きくなる前に胃に穴が開きそうな心地である。


 もちろん1人で前に出る事に、一緒に来たクンツァたちは反対した…、それでは自分達が一緒に着た意味が無い…と。

 ソレはアレッドの身を心配しての事だが、実際、この軍勢を相手にしたとして、アレッド自身自分がどこまでやれるのか、興味はある。

 試したいとは思ってはいないが。

 ヘレズ辺りは、大丈夫大丈夫…の一点張りだ。


「ウチは、偉大なるお母様を信じたい所だけど…」


 今は緊張や不安を表に出さないように…と、心の平静を保つので必死だ。

 自分が不安だと、それ以上に不安を感じてるはずのクンツァたちを、余計に心配させる事になる。


 この状況で他人を心配する余裕がある事に、一番驚いているのはアレッド本人だが、その驚きが自身の平静を保つ一助となっていた。


『大丈夫大丈夫、あっちゃんは一騎当千どころの話じゃないモノノフ、あんな軍勢、1人で壊滅させられるって。あ…巨人を倒す時はうなじを狙わなきゃダメだぞ?』

『・・・なぜうなじなのですか?』

『巨人はうなじ…て、相場が決まってるのじゃ』

『そうなのですか? 聞いた事がありませぬが…、創造神が言うのならそうなのでしょうな』

「変な事教えるなよ」


 先ほどから向こうの話し声が聞こえてくるのは、あのスマホに、ヘレズが即席で作ったワイヤレスイヤホン(マイク付き)を付けているからだ。

 こんなザ・ファンタジーなドラゴンナイト装備を身に着けて、イヤホン越しに知り合いの声を聴いていると、差し詰め急遽ヒーロードラマのスタントマンに選ばれたド素人感を感じる。

 実際は、そっちの方がまだ現実味を感じるような現実を、アレッドは前にしているのだが…。


『つかッ! あっちゃんがせっかく名乗ったのに、連中は無視か?お? 僕のあっちゃんがお気に召さないってか?おッ!?』

『え? ちょっ!? お待ちくださいッ! 創造神様ッ、落ち着いて…ッ!』


 向こうは向こうで楽しそうだ。

 自分との温度差を感じ、アレッドは胸にちょっとした疎外感を感じた。

 しかし、ヘレズが言うように、確かに相手側に動きが無い。

 一番近くの魔族たちが、彼女に対して威嚇をしている以上、アレッドの名乗りが、相手に全く聞こえなかった…という事はないだろう。

 この軍を率いている者…、総大将への連絡待ちか…それともまた別の何かか…。


『あっちゃん様、お気を付けください。軍勢の中に竜族が混じっていたという事は、恐らくこの軍を率いているのは、竜族…、それも称号ではない本物のドラゴンナイトを納めたマスタージョブの恐れがあります』

「マスタージョブ…か…」


 ファンラヴァでは、この世界で言う所のマスタージョブは、プレイヤーが当たり前のように取得する…むしろソレを1つ取得してそこで初めて、チュートリアル終了まであるゲームの登竜門だ。

 別段取得に苦労する…なんて事も無く、なんならただストーリを眺めるだけで取得できるモノ…、そこに苦労と呼べるモノは一切ない。

 学校帰りにコンビニで買い食いするぐらいに容易な事だ。

 故に、話でマスタージョブを得る事は、相当の苦労をしたとしても得られない可能性のあるモノ…と言われても、アレッドにはピンッと来なかった。


 だからこそ、クンツァに気を付けろ…と言われても、何をどう気を付ければいいのかわからない。


「もう一回、名乗ってみる?」

『よろしい、あっちゃん、ならもう一度じゃ』


 このままでは埒が明かない。

 アレッドは、今にも襲い掛かって来そうな狼顔の魔族の威嚇に、不安を抱きつつ、一応話し合いで解決できる…なんて一抹の希望を消すまい…と、今度はさっきよりも大きな声で、叫ぶように要件を言おうとして、アレッドは肺に目一杯空気を送り込む。


 彼女は、自分の事ながら馬鹿な事をやっている…と、内心思った。

 目の前の血の気の多そう…というより、多い連中を前に、なに余裕ぶってんだ…と自分で自分にツッコミを入れたくなる。


 戦い以外の道があるのなら、ソレを選択したいと思うのは、別におかしい事ではないが、だからって、こうして名乗りを上げるのは、いくら何でもおふざけが過ぎるのでは…とさえ思う。

 人を殺す事を何とも思わないような連中を前に、よくこんな事をできるよな…と、半ば他人事のように感じる部分さえあった。


 内心では、そうやって自分の行動を疑問に思ったり、目の前の軍にビクビクしているのに、今まさに自分がやっている事を平然と熟せる自分にも驚く。

 感情が、心が感じている事と、体が感じている事、それらのズレを、この瞬間、アレッドはより一層強く感じた。


「我が名…」


 改めて、こちらの要求を、大声で叫ぼうとしたその刹那…、森を出てから眼前に人がる平原にある、少しだけ小高い丘の上が、一瞬だけ光ったような気がした。


「…ッ!?」


 そう思ったのも束の間、そこからアレッドの下へ、殺意が飛んできた。


 ソレは、まっすぐ、一直線に、アレッドの首元付近目掛けて、まるで弾丸のように空気を貫きながら飛んできた。

 放たれた瞬間こそ、アレッド自身はソレが何なのかわかっていなかったが、体の方は何が起きているのかはっきりと理解して動き、飛んできたソレを、槍で弾き飛ばす。


ガアアァァーーンッ!!


 金属同士のぶつかり合い、鳴り響いた騒音が、振動となってアレッドの頬を撫でる。

 彼女が弾いたモノ、ソレは槍だった。

 刃が金色に輝く三俣槍だ。


 アレッドに弾かれた槍は、地面に落ちる前に、一筋の光となって、ソレを投げた持ち主の方へと戻る。

 違うように見えたが、何となく、アレッドにはその槍が、ドラゴンナイトの戦闘スキル【ピアッシングクロー】で投げられたものだとわかった


「あそこに、ドラゴンナイトがいるのか?」


 それとも、【ピアッシングクロー】を使う事の出来る槍術士がいるのか…。

 このスキルは、その射程、精度、威力、どれをとっても、その辺の矢や投擲される槍よりも、何段階も上の性能を持つ、兵器のバリスタだって目じゃない、人間が文字通り砲台になる。

 ほかならぬ自分…アレッド自身がソレを受けて、そう感じたのなら、ただスキルが使えるだけの下位ジョブではないはずだ。


 あのスキルを喰らっていたら…、アレッドはただでは済まなかった。

 それこそ、致命の一撃を受けていたに違いない。

 死ぬかもしれない…という予感が頭を過ったのに、アレッドは1人動揺する。


 なんで胸が熱くなるのか…と。



 竜族の男ズィートは、自身の手元に戻した槍を一瞥し、再び森から出てきたモノを見る。


「竜人族…か。小娘を守っていた精霊はアレか?」


 ズィートは、横に控えているラミアの女に問う。


「はい。その精霊は、頬の横を通る様に伸びた角と尻尾を有していました。ソレは人間の竜人族と一致する特徴かと」

「だが、アレはナイトリーパーではないな。お前の妖精は、他に竜人族の姿をした精霊がいたと報告したか?」

「いいえ。妖精の報告では、竜人族の姿をした精霊と、ウンディーネの姿をした精霊、その2体だけと報告を受けています」

「そうか」


 ズィートは、眉間に皴を寄せ、目を細めながら、そいつを睨む。


 男が放った【ピアッシングクロー】を皮切りに、一番その者に近かったワーウルフ部隊が、一番槍として迫っていた。


 腕力こそ魔族の中では中の下ではあるが、その武器はバランスの取れた筋力と、その輪から突出して優れたスピード、言うなればスピード特化のバランス型と言った所の種族。

 スピードだけでないその身体能力から、先陣を切り、一番槍として敵に噛みつく者達だ。


 他の者達も、そんなワーウルフ達に釣られるように、突っ込んで行く。

 敵はたかが1人、数だけを見れば、ワーウルフの部隊が突っ込んだ時点で、敵は屠られ、動くだけ無駄だと動く事はしなかっただろう。

 だが魔族たちは、ズィートの【ピアッシングクロー】を防がれた事に、コイツは強い…と考えるよりも早く体が…本能が感じ取っていた。


 ワーウルフ達が動いたのも、コイツは早急に始末しなければいけない障害だ…と、本能が察知したからだ。

 だがそれは愚策である。

 ソレが障害であろうと、ズィートの攻撃を防いだ時点で、その辺の連中が束になろうと、その者に勝てるはずはない。

 ソレは、ズィートだけでなく、大柄の竜族の男も分っていたらしい。


「馬鹿どもめ。血の気が多いのも考え物だなッ!」


 呆れながら、怒り交じりに吐き捨てる。


「おい…」

「わかっている」


 ズィートが男を睨みつけ、男も自身のやるべき事を理解して、前に出る。

 大口を上げ、ヴォッヴォッヴォッ!…と、間隔を開けながら、連続で咆哮を轟かす。


「予定が変わった。ここは俺がやるから、お前達は先に行けッ」

「ああ、あれを相手にしちゃ、兵がいくらいても足りねぇ」

「しかしそれでは総大将様がッ!?」


 ズィートの言葉に大柄の男は頷き、ラミアの女は、その急な話に戸惑いを露わにする。

 しかし、男は、女の困惑を歯牙にもかけず、別の咆哮を上げた。



 遠くから、聞こえてくる咆哮に、クンツァは眉を顰める。


「停止の次は、集まれの咆哮…。魔族の軍にしては引きが早いな。やはり、先ほどの攻撃はあの男のモノだったか」


 場の流れに察しを付け、遠くの丘の上に立っている者を彼は睨みつけた。


「あの男…ですか」


 クンツァの言葉に、察しがついて、アパタは溜め息をつく。


「誰?」


 その中で、唯一ヘレズだけは、頭に疑問を浮かべた。


「デモノルストにおいて、過去には神童と呼ばれ、その実力を見せつけた戦闘狂い、ドラゴンナイトのマスタージョブを持つ者ズィート…」



 唐突に槍を投げつけられ、アレッドは緊張が吹っ飛び、冷え冷えするように冷めていた。

 先陣を切って自分に突っ込んでくる狼の頭を持つ人間…俗に言うワーウルフは、その手に持った湾曲した剣を光らせ、アレッドに対して痛い程に殺意を飛ばす者達…、明らかに自身を殺しに突っ込んでくる者達に、アレッドは口元をキュッと結ぶ。


 ワーウルフ達だけじゃない…。


 その後ろにいた魔族の軍勢たちもまた、こちらに迫ってきているのが見えた。

 交渉決裂、そもそも交渉すら許されぬ一方的な殺意…。

 まさに戦場のソレ、自分は無害だと手を上げた所で、聞き入れられぬ、止まってもらえる道理のない、一方的な暴力…。

 そこまでのカードを切られて、アレッドは相手の事を考える余地もなく、迫りくる暴力に向かって槍を向けた。


 まず最初は【ピアッシングクロー】…、意趣返しではないが、初撃で打ち込むのに都合がイイ。

 放たれた槍は、まっすぐ迫ってきていたワーウルフの先頭の胴体を貫き、後ろにいた者を数名巻き添えに貫く。

 その直後には、軍勢に向かって跳び、上から、手元に戻した槍を振るった。


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