柔らかくて温かい

陰陽由実

柔らかくて温かい

 だいぶ気温も下がり、厚手を着ないとちょっと寒いかな、と思う冬の始めの頃。

 私はキッチンでシチューを作りながら、同棲中の彼の帰りを待っていた。

 そろそろ時計は18時を指す。夏に比べて日が短くなり、窓の外はほぼ真っ暗だ。

 スマホで見た天気予報では、この時間はすでに気温は1桁だったはず。だいぶ冷えてるだろう。

「ただいま」

 玄関の扉が開く音がして、彼の声が聞こえた。

「おかえりなさい」

 玄関の方に声をかける。そのあと、水が流れる音がした。

 火を止めて、私は手洗い場に向かった。

「あーくん、外寒かった?」

「あ、はるちゃん。もうね、冬本番! って感じ」

 濡れた手をタオルで拭きながら、彼は笑った。

「今日って結構冷えててさ、ずっとポッケに手突っ込んでたけど、指先冷たすぎてちょっと痛いかも」

「どれどれー?」

 タオルを置いた彼の手を取り、包み込んであげる。

「わっ、つめたっ!?」

「手洗ったからってのもあると思うけど」

「キンッキンじゃないですか」

 そのくらい彼の手は冷たかった。

 昼頃はまだ温かいけれど、そろそろ手袋を用意しておいた方がいいかもしれない。

「はるちゃんの手はあったかいね」

「こんなに冷えてたら大抵のものはあったかく感じるでしょ」

「そうかなー? 普通にはるちゃんの手があったかいんだと思うんだけど」

 そう言いながら、私の手をさすり始めた。

「俺さ、はるちゃんの手、好きだよ」

「えっ?」

 思わず顔をあげると、彼はニコッ、と笑った。

「白くてちょっと小さいし、あったかくってかわいい。柔らかいのも、俺のと違って女の子なんだなー……って」

「そっ……んなことないよ」

 言われて少し照れてしまう。どうしてそんなことをさらっと言えてしまうのか。

「急にどうしたの」

「んー? 思ったことをそのまま言っただけだけど?」

 絶対わざとだ。

 さっきの柔らかい笑顔が、意地悪な、何か企んでそうな感じの笑みになってる。

「はるちゃん?」

 私は照れくさくなってしまって、なんとなく彼の両手を自分の頬に当て、手で包み込んだ。

「手よりこっちのほうがあったかいでしょ」

「!」

 あ、もっと意地悪な顔になった。

「そうだね、はるちゃんの顔、さっきよりちょっと赤いもんね」

 やばい、墓穴掘った。

「赤くないもん。元々こんな顔だもん」

「へぇ? いつも顔がちょっと赤くなるくらい俺のこと考えてたりするの?」

「……違っ! 違うもん!」

「ふぅん? またちょっとあったかくなったかな?」

 さすがに今のは頬がカッとしたのが分かった。でも認めるのはちょっと悔しい。

「……気のせいよ」

「俺はどっちのはるちゃんもかわいいから好きだけど。……はるちゃん、ほっぺも柔らかくて気持ちいい」

 両方の手から頬が少し押された。そのまま何度かふにふにと遊ばれる。

「マシュマロみたいだね。食べたら甘くておいしそう」

「そんなことないもん」

「食べてみないとわかんないよ」

「なに、それ。どういう、意味よ……」

 直視できなくて、少しずつ視線が俯きがちに右へずれていく。

 心臓の音が耳元で響いているみたいでうるさい。

 あーくんに聞こえてしまいそう。

「だーめ」

 ぐいっ、と無理矢理顔を上げさせられてしまった。いつの間にか体が密着している。

 顔が近い。

「よそ見しないで」






 優しいリップ音が、耳に届いた。

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柔らかくて温かい 陰陽由実 @tukisizukusakura

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