完璧な美少女と言われる幼馴染が生活破綻者なダメ人間だという事を俺だけが知っている~彼女の世話係になった俺、毎日がドキドキハラハラすぎる~

つくも/九十九弐式

第1話

芳月香音(よしづきかのん)。


彼女の名を学園で知らない者はいなかった。文武両道、成績優秀。そしてその整った顔立ちはモデルも顔負けだった。学園でミスコン投票が行われるとしたら、間違いなく彼女が選ばれる事だろう。


整った顔立ちと雪のように白い肌。そして小柄ながら出るとこは出ているし、引っ込むところは引っ込んでいる。誰がどう見ても容姿端麗な彼女の事を学園では『天使様』だとか『女神様』だとか呼んで称えている者達も多い。


 その上に彼女は芸術方面にも優れており、よくわからないが海外のコンクールでも入賞する程の画才の持ち主だ。


 それだけではない。当然のように彼女は両親にも恵まれていた。相当な資産家の家に生まれた彼女は財力まで持ち合わせていた。


 学園の生徒達は思う事だろう。彼女こそが神に愛され、天から二物も三物も授けられた完璧な人物ではあると。


 だけど、俺だけは彼女の秘密を知っていた。俺だけは彼女がそんな完璧な人物ではないという事を知っていたのだ。


 彼女の両親を除けば、幼馴染の俺だけは彼女の欠点を知っていた。

 ――その欠点とは。


 ◇


 どうしてこんな事になったんだ。俺——内田光貴(うちだこうき)は頭を悩ませていた。目の前にいるのは凛々しい顔をした美女だ。実年齢を知っているので誤解はしないが、彼女は俺の幼馴染である香音のお母さんだ。決してお姉さんではない。


 その事実を知らなければ、彼女の事を母ではなく、姉だと誤解する事であろう。

 彼女の名は芳月詩音(よしづきしおん)という。ただ美しいだけではなく、海外でいくつものビジネスを手掛けるキャリアウーマンでもあった。今も隙なくビジネススーツに身を包んでいる。


 俺はなぜか、彼女に呼び出されたのだ。今いるのは幼馴染である香音の自宅でもある。落ち着かなかった。なにせ、香音の自宅は俺の自宅の数倍は大きいのだ。今いるのはリビングではあるが、だだ広いこの空間はそれだけで俺の家の敷地面積くらいはありそうなものだった。


「突然だけど、海外に出張する事になったの」

「へぇ……そうなんですか」

「旦那は年中海外に出張してきて、滅多に家に帰ってこないの。だから、家には香音一人になっちゃうの」


 当然のようにその事は知っていた。香音の両親は海外を忙しく飛び回っているという事も。


 その事は近隣の人々なら知っている。だが、両親が不在になる事により、どういう不具合が生じるのか、詳しく知っている者は限られていた。その限られた者の一人に間違いなく、俺が入っている事であろう。


「それで、俺を呼びつけた用件っていうのは何なんですか?」


 何となく予想がついている用件を俺は訊いた。


「香音って他所では評判がいいかもしれないけど、本当は世間で言われているような子じゃないの。その事は光貴君も知ってるわよね?」


 勿論、知っている。容姿端麗、文武両道、才色兼備。完璧な美少女。などなど、香音の事を周囲ではそう目している。だが、本当の意味で完璧な人間など世の中には存在しない……と思う。多分。少なくとも俺は香音が世間で言われているような完璧な存在ではない事を知っていた。


「ええ……勿論です。香音はそんな奴ではない事くらい」


 母である詩音さんが海外出張をして、家を留守にする。赤の他人からすればその事の何が問題なのか、わかりはしない事だろう。高校生になった娘が一人で生活する。防犯上の問題を除けば、差ほどの問題があるようには感じない事であろう。


 だが、なぜ、詩音さんが自分が娘を一人にする事を俺に打ち明けてきたのか。何となく、その理由は察する事ができたが、一応は本人の口から聞いておきたかった。


「だけど詩音さん……どうしてその事を俺に打ち明けてきたんですか?」

「それは勿論、あなたが本当の香音の事を知っている数少ない人物のうちの一人だからって言うのがひとつ」


 詩音さんは事情の説明を始めた。


「そんな本当の香音の事を知っている、あなたにひとつ、お願いがあるの」

「お願いですか?」

「単刀直入に言って、香音の私生活の面倒を見てやって欲しいのよ」


 年頃の娘の面倒を見て欲しい、と実の母親が言うのは香音の実情を知らない第三者からすれば、相当にズレた発言であるように思えた。


 まだ幼女の面倒を見るのであるならば理解できた。幼女なら身の回りの世話ができない事くらい、致し方のない事だ。だが、香音は高校生だ。普通の高校生であるならば、自分一人でもそれなりに生活を営んでいく事ができるはずだ。


だが、俺は知っていた。香音の生活能力が破綻しているという事を。むしろ幼い子供の方がまだしっかりしているくらいだった。

まだ幼い子供であったのならば、託児所があるからそこに預ける事ができた。


だが、当然のように成人してこそいないが、高校生を預かるような託児所は存在しない。高校生という年齢は世間一般では大人とは目されないかもしれないが、それでももはや児童として扱われるような年齢ではないのだ。


「勿論、報酬は出すわ……月これだけよ」


 指を二本立てた。まるでブイサインのようである。

「2万円ですか……」

「いえ、20万円よ」


 月々20万円の収入。一般的な高校生には天文学的な数字すら思えた。それだけの金額が月々入ってくるのは魅力的だ。高校生のアルバイトでは到底手が届かないような金額だった。


 それだけの大金があれば、欲しいものは何でも手に入る。今まで買えなかったゲーム機も、好きなラノベだって何冊だって買う事もできる。しかもこれは表沙汰には決してならないような労働案件だ。


 普通、高校生のアルバイトは歓迎されない。学校によっては禁止されている場合もあるし(とはいえそういう場合でもリスクを冒して黙ってアルバイトをする輩はいるだろうが)そうでなくても届け出と学校側の許可が必要な場合が殆どだ。


 そういった面倒な手続きをしないで良いというのも魅力的な労働案件ではあった。

 ――だが、とも思う。倫理的にどうなのかとも思った。男子高校生が女子高校生の世話をするのはいくら幼馴染とはいえ、問題ではないだろうか。俺と香音は幼馴染ではあるが、別に付き合っているわけではないのだ。


 何か間違いが起きるのではないか、普通はそう心配になるだろう。だが、実の母親からそういう話を持ち出されたという事は俺の事を信用しているのかもしれない。それでも、流石に色々とまずいのではないか、そういった心情が自分の中に湧き上がってきた。


「でも、流石にまずいじゃないですか」


「まずいって、何がまずいの?」


「俺も香音も、もう高校生なんですよ。俺が香音の面倒を見るなんて、色々とまずいんじゃ。何か間違いが起こるかもしれないじゃないですか」


「こう君は香音に手を出すつもりがあるって事?」


「い、いえ! そんなつもりは別に微塵もないんですが……。でも、俺みたいな男に頼むよりも、例えば家政婦でも雇った方が万に一つの間違いも起こらなくて安心できるんじゃ」


「そういうわけにもいかないのよ。あれでも香音は体裁を気にするから、ダメな所を赤の他人に見せたくないの。でもこう君は香音がそういうダメな所を見せてもいい、数少ない心を許した相手の一人なのよ」


「……それは、まぁ……そうですが」


「お願い。こう君。香音のお世話を頼めるのは、こう君だけなの」


 詩音さんは拝むようにして俺に頼み込んでくる。


 うーん。俺は頭を悩ませた。香音の世話をするのは想像するだけで、大変そうではあるし、色々と問題ではあるが、それでも相当な収入を得られるのは魅力的ではあった。


 俺にも夢や、やりたい事があった。その為には資金が多少なりはあった方がいい。それに困っている詩音さんの力にもなりたかった。

 ただ、問題は一つあった。


「香音はどう思っているんですか? あいつは俺が面倒を見てもいいと思っているんですか?」

「……多分、気にしないわよ。香音にとってはこう君は家族みたいなものだし」


 家族か……。幼馴染としての関係はそれだけ近しいものなのだろう。家族のような関係。異性ではあるが、それは母親や妹に対する関係のように、恋愛関係に発展する事はない。それはそれで嬉しいのか、悲しいのか。要するに俺達の関係は幼馴染のまま、特に変化はしないという事だ。


「わかりました……。香音の世話係をお受けします」

「本当!? ありがとう。助かるわ、こう君」


 詩音さんは笑顔になる。普段から世話になっていた人だ。義理もあるし、それに幼馴染として香音の事が心配で放っておけなかった。


「これで香音の事を気にせず、安心して海外出張ができるわ」


 数日後に、詩音さんは海外に出向く事になる。こうして、俺は香音の世話係をする事になったのだ。


 ――だが、この世話係の仕事は俺が想像していたよりもずっと大変で、過酷で。苦労の絶えない仕事でもあったのだ。自分の今後の生活に暗雲が立ち込めているという事に、この時の俺は気づいてすらいなかったのだ。


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