第25話

「さあ、腹は満たされたかな? 子供の時間はもうおしまいだ。部屋に行って休みなさい。これからは大人の時間だからな」

 王は三人の少年たちにそう言った。

「はい」

 と返事をしたのはもちろんヤマトで、二人の王子は小声で文句を言っていた。

「子供じゃないのに……」

「もう大人だよ」

 それが王にも聞こえたのだろう、

「何か言ったか?」

 と声をかけて、厳しい目で二人を見た。

「いいえ。なんでもありません。おやすみなさい」

 ジュペが王にあいさつをすると、王は立ち上がり、ジュペのほほにキスをした。

「おやすみ」

 続いて、シュリを抱きしめ、ヤマトも抱きしめた。シュリは照れたような、はにかんだ子供らしい笑顔でおやすみなさいを言った。ヤマトは硬直して直立不動。彼はこういうことに慣れていないのだろう。しかし、ただ恥ずかしいというような反応には思えない。


「今日は、私の部屋で休むように用意してある。部屋はいくつもあるけれど、君たちの話を聞きたいんだ。いいだろう?」

「もちろんだとも。わたしのこと君だなんて呼ぶのはよしてくれ。シュリでいい。ジュペと呼んでもいいかい?」

「うん。うれしいよ。新しい友達ができた」

 二人はうれしそうに腕を絡ませた。ヤマトは黙って二人のあとをついて歩いた。廊下をしばらく歩くと、いかにもというほど派手な飾りふちの大きなドアの前に来た。

「さあ、ここが私の部屋だ。入ってよ」

 ジュペはうれしそうにそう言った。彼は王子という立場であるがゆえに孤独だったのだろう。それはシュリも同じことだ。二人の王子は不満を言い合い、打ち解けていった。ヤマトはすすめられたイスに腰かけたまま、じっとしていた。

「ヤマト、大丈夫か?」

 シュリに声をかけられ、我に返ったように、身体をピクリと震わせた。


「はい。ご心配なく。ジュペ様にお話ししなくてはいけませんね。僕たちは、ある男を追ってここまで来たのです。彼の名はソンシ。闇の洗礼を受け、ケシュラの王の命を狙ったのです。彼は今、東の方角へ向かっています。そこに闇があるのでしょう。ソンシはただ操られているだけにすぎません。彼を助けてやらなければならないのです」

「そうか、分かったよ。光の子ヤマト。私は君に興味がある。剣の腕も長けている、そして何より、すべてを知ることができる。光と闇の対決はどうなる? やはり、光が勝つのだろう?」

「なんと答えたらいいか分かりません。ただ言えることは、僕にも分からないことがあるということです」

 期待はずれといった感じで、ジュペは肩をすくめた。

「ヤマト、お前は闇を見たことがあるか?」

「ソンシが闇の力を使いました。それと、僕たちが宿場町を出たとき、空中で黒い風に襲われました。闇というのはすべてを飲み込んでしまう、邪悪で重たい空気なのです」

 ジュペは理解したというふうにうなずいた。


「今日は何だか疲れたよ。いろいろあったからね」

 シュリはもう、まぶたが重くなってきているようだ。それも当然だろう。夜が明ける前にヤマトに起こされ、闇の追ってから逃げるために、宿屋の窓から空飛ぶ壁掛けに乗り飛び出し、風に襲われ地に落ちて、そこから何時間も歩き、この要塞の国ドクーグにたどり着いたのだから。一国の王子がこれほど過酷な旅をすることなんて、そうそうないことだ。

「私のベッドを使ってくれ」

 ジュペはそう言って、天幕のついた立派なベッドを指差した。

「ありがとう。そうさせてもらうよ」

 疲れ切ったシュリは、ヨタヨタ歩きベッドへ倒れ込んだ。

「おやすみ、シュリ」

 ヤマトは優しい声で言ってから、ジュペと向き合った。

「あなたはどこで寝るのですか?」

「奥の部屋に二つ、客人用のベッドがあるからそれを使うよ」

 彼は豪華なベッドの向こうにある部屋へ顔を向けた。続き間になっている部屋には、同じベッドが二つ並んでいた。


「そうですか。もうおやすみになられますか?」

「いいや、私は疲れていない。まだお前の話を全部聞いていない」

「何をお聞きになりたいのでしょう?」

「すべてだ。私は幼いころから、光と闇の戦いの話を聞かされてきた。王家の者が勇者の仲間になって戦うことを教えられ、その日が来ることを待ち望んでいた。しかし、伝説の物語はいつ起こるか分からない。まさか、私の代で伝説が現実のものとなるとは、きっと、それはずっと昔から決められていたことに違いない。ヤマトが光の子として生まれ、シュリが光の国の王子として生まれた」

 ジュペは感慨しきりに語った。

「そうだと思いますよ。剣士はあなたでなければいけません。そして勇者はシュリでなければならない」

 ジュペはうなずいた。自分の思っていたことに間違いないと確信したのだろう。


「ヤマト、お前は違う世界とつながっているというのは本当か?」

「唐突な質問ですね。しかし、その言い伝えも間違いではないのかもしれない。まだシュリにも話していないことですが、僕はよく夢を見ます。その夢には、異国の少年が必ず出てくるのです。彼はいつも僕に背を向けていて、顔は見たことがありません。何とかして彼を救ってあげたいのだけれど、夢ではしょうがないのです。けれど、もしかしたら、ただの夢ではないのかもしれない思うようになりました。あなたが言ったように、彼の世界は実在して、僕がその世界に影響を与えることが出来るのかもしれないと……」

 ヤマトは独り言のようにつぶやいた。

「きっとそうだよ。何とかその少年に話しかけてみたらどう? 届かないと思うから届かないんだ」

「そうしてみます。今日は僕も少し疲れました。休んでもいいでしょうか?」

「ああ、すまなかったね。シュリと同じくらい、お前も疲れているんだね。もう寝るといい。私も湯浴みをしたら寝るよ」

「はい。では、先に休ませていただきます」

 ヤマトは奥の部屋へ行き、ベッドに横になった。

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